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本編

本心・トゥルーマインド

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庵の一室が暗くなったと同時に、突如として色とりどりの光が広がった。妖精アルテーニアが現れたのだ。彼女は手に銀色のトレイを持ち、その上には一見すると普通の料理に見えるが、よく見ると何かが違う不思議な妖精料理が並んでいた。

アルテーニア:「ふるるるる~、皆さん、どうぞ。これは妖精界特有の料理よ~」

イザヤたちは食卓につき、皿に盛られたものに興味津々で手を伸ばした。一口食べると、口の中で料理が一瞬で様々な味に変わる。甘くて酸っぱくて、その後に辛くなり、最後は何とも言えない芳醇な風味が口の中に広がった。

イザヤ:「これは...何とも言えない味だ。一つの料理でこれだけの味を感じるなんて。」

ナミ:「本当に不思議。でも美味しい、何だか心地よい。」

タカヒコ:「うんうん、なんだか元気が出てくるような気がするよ!」

その時、マドカスが妖精酒を一口飲んだ。彼の顔がほんのりと赤くなる。

マドカス:「ふっ、これはいい酒だ。」

アルテーニア:「ふるるるる~、それは妖精酒、『月光露』。飲むと心が穏やかになるの。ふるるるる~」

マドカス:「月光露か。これはいい酔い方ができそうだぜぃ」



しかし、料理に手をつけないセリフィナの様子に、ナミが心から心配そうに問いかけた。

ナミ:「セリフィナさん、どうしたの?どこか具合が悪いのですか?」

セリフィナ:「いえ、大丈夫ですわ。」

そう言って、セリフィナは一口、妖精料理を口に運ぶ。

セリフィナ:「これは美味しいわ。いや、美味しすぎて、紳士淑女としての振る舞いが難しくなるくらいです。(笑)」

ナミはほっと一安心し、セリフィナに優しい微笑みを送った。セリフィナのその言葉に、皆も笑顔で呼応した。

アルテーニアの持ってきた妖精料理と妖精酒は、イザヤたちにとって新たな体験と感動を与えてくれた。その不思議な味と香りは、彼らがこれまで経験したことのない、新しい世界の扉を少しだけ開かせてくれたのだった。

その時、タカヒコが料理を溢してしまった。

アルテーニア:「ふるるるる~、おおっと、こぼしてしまったわね。」

タカヒコ:「あ、ごめんなさい、ちょっと手が滑って…」

アルテーニアは微笑みながらテーブルクロスで料理を拭き取り、もう一枚の布でタカヒコの身体を丁寧に拭いた。

アルテーニア:「ふるるるる~、大丈夫よ、事故は誰にでも起こるもの。ただ、次からは気をつけてね。」

タカヒコ:「う、うん…ありがとう、アルテーニア。」

アルテーニアの優しさとそのふるるるるが、タカヒコの緊張を解きほぐした。そんな小さな出来事も、一行がアルテーニアとともに過ごす中でのひとつの温かい瞬間であった。

アルテーニア:「ふるるるる~、お風呂の時間が来たわね。姫君たちは室内のお風呂でくつろいでいただければ。ふるるるる~。」

セリフィナとナミはアルテーニアの指示に従い、室内のお風呂に向かった。

アルテーニア:「ふるるるる~、殿方は自然の恵みを感じられる外の露天風呂へどうぞ。ふるるるる~。」

イザヤ、タカヒコ、ウレアトス、そしてマドカスは露天風呂に誘われるように外へと歩いた。

露天風呂は、月明かりが湯面に優しく反射する幻想的な場所であった。青白い石で囲まれ、その周囲には高くそびえ立つ古木が織りなす独特のシルエットが広がっている。水面から立ち上る蒸気が、月光と交じり合い、神秘的な雰囲気を生んでいた。

イザヤ:「すごいな、幻想世界の露天風呂ってところか!」

タカヒコ:「うん、本当に素晴らしいよ。こんな風呂、初めてだ~。」

ウレアトス:「まさに、ここは別世界でさぁ。」

三人は感嘆の声を漏らしながら湯につかり、その美しい風景に目を奪われていた。

その中で、マドカスはひと際リラックスした様子で、小さな瓶から注がれた妖精酒を一口飲みながら湯に浸かっていた。

マドカス:「ふっ、面白いところに来たもんだ。」

彼の目は半開きで、酒と美しい自然、そしてこの神秘的な場所に心から満足しているようだった。露天風呂での時間は、彼らにとってあたかも時間が止まったかのような、特別な瞬間となっていた。

タカヒコは月明かりの下で、イザヤに何か言いたそうに近づいてきた。

タカヒコ:「イザヤくん、あのさ・・・」
イザヤ:「どうした、タカヒコ?」

タカヒコの顔は真剣で、少し照れくさそうに見えた。

タカヒコ:「ボク、アルテーニアのことを好きになったみたい・・・」
イザヤ:「な、なんだって~、マジか~?タカヒコ!」

タカヒコは料理をこぼした際にアルテーニアに身体を拭かれたことを思い出していた。その優しさが心に残り、何か新しい感情が芽生えたようだ。

タカヒコ:「う、うん。あんな風に女の子に優しくされたのは初めてだもん。」

イザヤは少し考えた後、小声でタカヒコに忠告した。

イザヤ:「いいけどよ。相手は妖精だぜ?しかも、仮想空間の住人だぜ?」
タカヒコ:「わかってるよ~。わかってるけど、好きになっちゃったんだよ~。」
イザヤ:「まぁ、好きになっちゃったものはしょうがないか!本心・トゥルーマインドで行けばいいぜ、タカヒコ!」

タカヒコ:「う、うん!」

イザヤは内心で思った。人間がAIや仮想空間の存在に恋をすることもあるのだろうか。特に、アルテーニアのような非人間の妖精に。恋の感情は果たしてどこまで普遍なのか、と考えながら、月明かりに照らされる神秘的な露天風呂を再び眺めた。

一方、セリフィナは何か特別な理由で瑞龍に会いたいと思い、アルテーニアに案内してもらうことにした。

瑞龍は月明かりに照らされた庭園で静かに座っていた。

瑞龍:「おゃ、お嬢さん、何かご用でしょうか?」

セリフィナ:「仙人様、アルテーニアさんがおっしゃっていました。貴方は多くのことを悟っていると。それで、お聞きしたいことがあります。」

瑞龍:「さてはて、わしに何がわかるかどうかは別として、何を知りたいのですかね?」

セリフィナ:「私、イザヤさんを見ると何だか変なのです。胸が高鳴ったり、頬が赤くなったり。特に食事の際、彼が目の前にいると、目が合うだけで変になりそうです。」

瑞龍:「ほぉ」

セリフィナ:「仙人様のドラゴンに襲われたとき、イザヤさんに抱き寄せられました。その瞬間から何かが変わったような気がして……。」

瑞龍:「ほっほっほ、それは恋というものですな。」

セリフィナ:「恋…?それって何なのでしょう?」

瑞龍:「恋とは人間の持つ惹かれ合う感情、愛の最初の形態じゃの。簡単に言うと、お嬢さんは相手の男性を好きになったということじゃ。」

セリフィナ:「下界の人々はしばしば悪と欲望に溺れると言いますが、そのような汚らわしい存在の感情を、私が持ってしまったというのでしょうか?」

瑞龍:「お嬢さん、そのように考えるならそれが貴女の"本心・トゥルーマインド"なのかもしれません。しかし、恋愛感情が必ずしも悪や欲望と一緒になるわけではありませんよ。ほっほっほ。」

瑞龍の目は遠くの空間に思いを馳せるような表情で、突然、何かを思い出したように話し始めた。

瑞龍:「まあ、実を言うとわしもかつては恋に落ちたことがあるのぅ。」

セリフィナ:「仙人様が恋をされたとは!お相手はどなたですの?」

瑞龍:「さあ、今となっては何処にいるのか、何をしているのかもわからん。ただ、それは遠い過去のことじゃわい。」

セリフィナは瑞龍の言葉に心の中で驚いた。仙人である彼がかつて恋をしたなんて、それは彼女にとって想像もつかないことだった。

月明かりの下、セリフィナは瑞龍の言葉に少し安堵し、同時に新たな疑問を抱く。恋という感情が、本当に悪と欲望の塊であるのか。それとも、何かもっと純粋なものがあるのか。この夜の会話が、セリフィナの心の中で新たな思索の扉を開いた。



セリフィナが室内の浴場へ足を踏み入れると、ナミが既に湯船につかっていた。セリフィナも服を脱ぎ、湯船に身を沈めた。

ナミ:「セリフィナさん、どこに行っていたのですか?」

セリフィナ:「仙人様と話すために少し庭へ行っていました。」

ナミ:「それで、何か参考になるようなお話を聞けたのですか?」

セリフィナ:「・・・あ、はい」

セリフィナの様子が明らかに変わっていた。

ナミ:「何か悩みごとがあるなら、私にも話してくれていいわよ。」

セリフィナ:「本当にそう思ってくれますか?もしこれを話したら、私は不浄だと思われてしまうかもしれませんが…」

ナミ:「大丈夫。あなたがそのような人でないことくらい、私にもわかる。私たちは仲間でしょう?」

セリフィナ:「仲間…」

セリフィナは一瞬の沈黙の後、口を開いた。

セリフィナ:「それならば話します。実は、私、イザヤさんのことが好きで、恋をしてしまいました。」

ナミ:「えっ!!」

ナミは言葉を失った。なぜこんなに驚いているのか、自分自身でもわからなかった。しかし、この仮想空間、AIが生み出した世界でキャラクターが人間に恋をしたという事実が、彼女を驚かせたのかもしれない。

湯船の中で、二人の間に新たな緊張と理解が生まれた。そしてその瞬間、仮想空間と現実、AIと人間の境界が、少しだけ曖昧になったような気がした。

セリフィナ:「それが、仙人様からのアドバイスでした。」

ナミ:「そ、そんなことを話していたの…」

セリフィナ:「ナミさんは、イザヤさんのことが好きなんですか?もしかして、恋していますか?」

ナミ:「…えっ!!」

ナミの驚きの声が浴場内に響く。

ナミ:「こ、恋なんてしていないわよ…」

セリフィナ:「ああ、よかった!私がイザヤさんに恋していることをナミさんに話しても大丈夫かと心配していました!」

ナミ:「え、ええ…」

セリフィナ:「それで、もし好きになって恋をしたら、どうすればいいのですか?」

ナミ:「まずは告白することかしら。」

セリフィナ:「告白って、何ですか?」

ナミ:「好きになった相手に『好きです』と言うのよ。」

セリフィナ:「そ、そんなこと言ったら、恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうです…」

ナミ:「そして、もし相手も好きだと言ってくれたら、それが『両想い』ね。」

セリフィナ:「両想いになったら、何をするのですか?」

ナミ:「おつきあいを始めるわ。」

セリフィナ:「おつきあいって、具体的には何をするんですか?」

ナミ:「デートすることね。ロマンチックな場所で手をつないだり、お互いの気持ちを共有したりするの。」

セリフィナ:「手をつなぐ、ですって!それは少々…はしたないと感じますが、その次はどうするんですの?」

ナミ:「その次は、ええと…キスをするのかもしれない。」

セリフィナ:「キスって、何ですの?」

ナミ:「お互いの唇を合わせて…」

セリフィナ:「きゃー!」

その瞬間、セリフィナの声に反応してアルテーニアが浴場に飛び込んできた。

アルテーニア:「何が起きたのですか?大丈夫ですか?」

ナミ:「あ、大丈夫ですよ(笑)」

アルテーニア:「ふるるるる~、何かあったかと思ってきたわ!ごゆっくり!」

アルテーニアは微笑んで去っていった。

湯船につかる二人の間には、新たな紫色の緊張と同時に、何か新しい理解も芽生えていた。そしてその瞬間、仮想空間と現実、AIと人間の境界が、少しだけ曖昧になったような気がした。

セリフィナ:「キスの次は、何をするのですか?」

ナミ:「それは、えーと、まあ、特定の状況によるわね。」

セリフィナ:「特定の状況、とは?」

ナミ:「まあ、その、アレよ、アレ。」

セリフィナ:「ああ、わかりました!本心・トゥルーマインドのことですね!本心・トゥルーマインドに身を任せるということなのでしょう!素敵です!」

ナミ:「ええ、まあ、そういうことにしましょう(笑)」

セリフィナ:「本当にありがとうございます!心の中で抱えていたので、打ち明けられてよかったわ。」

ナミ:「うん、それはいいけど、私のことは“ナミさん”じゃなくて、“ナミ”でいいからね。」

セリフィナ:「それなら、私のことも“セリフィナ”と呼んで。」

ナミ:「いいわ、じゃあ、これからはそう呼び合いましょう。」

セリフィナ:「はい。でも、ナミ、気になることがあるの。ナミは、タカヒコさんのことを“タカヒコくん”と呼ぶけど、イザヤさんのことは“イザヤ”と呼んでいるのは、なぜ?」

ナミ:「え、それは…。うーん、特に考えたことはないけど、なんとなく・・・」

この対話を通じて、セリフィナとナミの間の距離は一層縮まった。言葉を超えた何かが二人の間で通じ合い、その結果として、彼女たちはさらに深い理解を共有できるようになった。そして、この瞬間から、本心・トゥルーマインドという共通の理念が、彼女たちの友情をさらに強固なものにしたのであった。

そして、アイリディアというこの仮想空間では、何か革新的でありながらも混迷する現象が静かに生まれつつあった。リアル世界の男性が仮想の妖精に心を奪われ、仮想の女性プリーストはそのリアルの男性に恋をする。この複雑な心の交錯は、まるで新しい次元の「本心・トゥルーマインド」を呼び起こしているかのようだった。

これがどれほど物語に影響を及ぼすかは、この瞬間、誰にもわからない。しかし、その不確定性、その未知の可能性こそが、アイリディアとその住人たち、そして現実世界との関わり合いをこれからも緻密に、そして劇的に織り成していくのであろう。
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