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元禄編
10.不敗vs神速
しおりを挟む千戦不敗の剣聖・真里谷円四郎と神速将軍キュリアス・モローの戦いが遂に始まろうとしていた。
円四郎が立ち上がった瞬間、緊迫した空気が更に引き締まった感じがした。そして、凄まじいオーラを放ちながら道場の中央に向かって歩み出す。それとは対照的に、歩む足取りは水面を行く白鳥のようにゆったりと穏やかで優雅なものであった。
円四郎
「遊びをせんとや生まれけん、戯れせんとや生れけん」
「・・・さて、遊んでやるとするかぁ」
円四郎は独り呟くようにして、ゆるりと歩み寄る。
ヘティス
(不思議な雰囲気の人ね。多分、スゴく強い人なんだろうけど、とても柔らかさを感じさせる・・・)
ヘティスはこれまで色々な人のオーラを見て来た。強いオーラの人は強いオーラとして、柔らかいオーラの人は柔らかいオーラとしてのみ感じて来たが、このように強烈なのに柔和な、両義的な、ある意味矛盾したかのオーラをはじめて感じた。そして、その両義・矛盾を包括するような雄大さを感じた。
ヘティス
(強さと柔らかって同居するのね。そして、スゴく雄大だわ。この雄大な何かが、この矛盾したオーラを包み込んで、矛盾を矛盾のまま成立させているのね)
ヘティスはヘティスなりに、この真里谷円四郎から感じる神秘的で不思議なオーラを、胸の赤い薔薇に手をかけながら見ていた。その時、一瞬、ヘティスと円四郎の目が合った。
円四郎
(赤い薔薇・・・)
ヘティス
(あれ、さっきもだけど、また今一瞬、こっち見た気がしたけど・・・)
今度は鋭い眼光で高弟の川村秀東(かわむらひではる)に目を向ける。
円四郎
「川村ぁぁぁ!」
川村
「はい、先生!」
円四郎
「審判をやれ」
川村
「かしこまりました」
円四郎が道場の中央まで来て、モローと向き合う。
モロー
(何と言う眼光だ。しかも、単なる鋭さだけではない、何か雄大さを感じる・・・)
円四郎
「遊んでやるよ、せいぜい、俺を楽しませてくれよぉ、モローとやら」
モロー
「ふっ・・・、十数える間に俺を倒すと言ったな・・・」
「・・・その大きな口を叩けなくしてやるぜ!」
円四郎
「それは面白い、楽しみにしているぜぃ!」
川村が両者の間に立ち、両者の準備の確認をする。
川村
「・・・はじめぃ!」
モローはいつも通り下段変則に構え、今度は最初からオーラを全開で放つ。
円四郎は片手剣で上段にて眉間の前で構え、モローのオーラに対しては何の反応も示さない静寂な状態であった。そして、顔には余裕の笑みを浮かべていた。
円四郎
「ひとーつ」
モロー
「何?」
円四郎
「ふたーつ」
モロー
「なるほど、十数えると言うわけだな」
円四郎
「みっつ」
モロー
(今までのこの流派の感じでは、こちらが先に出ると、その動きに対応されて負ける。ならば相手が出て来たところを、その相手のスピードを超えて神速カウンターで撃つ!)
円四郎
「よっつ」
モロー
「さあ、こい!円四郎よ!」
円四郎
「いつつ」
その時、円四郎から発するオーラが変化した。
円四郎
「無住心剣術流奥義・陽気発動!」
それまで穏やかだった円四郎のオーラが急に解放された。そのオーラ、陽気は、大地から足裏の湧泉・脊椎を通り、眉間の上の泥丸(でいがん)・アジュナーチャクラに達した。そのオーラの発し方は、まるで昇る朝日を見るかの如くである。
円四郎
「むっつ」
モロー
「くぅ!」
モローは、円四郎から発せられる強烈なオーラによって全く正面に立つことが出来ない。
そのため、気づくとモローは横へ、横へと動かされ、その円四郎のオーラが当たらぬように逃げていた。オーラに当たると、即打たれることをひしひしと身体で感じていたからである。
円四郎
「ななつ」
モロー
(これは・・・!)
(ならばこちらは、相手の反応速度を超える神速で動くまで!)
円四郎
「やっつ」
「神速走行・・・発動!」
モローは自身の最大レベルの神速走行を用い、円四郎の放つ強烈なオーラに対抗する。モローの速度はまさに神の領域に達しており、人間のスピードの限界を遥かに超えていた。そして、そのスピードで円四郎の周囲をグルグルと回り出した。その動きを見て、審判の川村は一瞬驚きの表情を見せたが、円四郎は眉一つ動かさず、余裕の笑みを浮かべている。
川村
(この異人、また例の妙な術を・・・。しかし、何と言う速度だ・・・)
円四郎
「ここのつ」
モロー
(よし、いくぞ!)
「神速走行・・・全解放!」
円四郎
「無住心剣術流奥義・神気感応、谷神玄妙!」
モロー
(何?構えが変化した・・・しかし、こちらの方が速いぜ!)
「神速斬!」
モローも円四郎も心理学的にはフローという至高状態となっている。そのため、ほんの一瞬が長く感じられた。その中で両者の様々な駆け引きが行われている。
モローは円四郎の脇腹目掛け、下から上の太刀を跳ね上げる。その超高速のモローの斬撃に円四郎はついていけずに遅れている、と思われた。
円四郎
「とう」
円四郎が数え終わった瞬間、なぜかモローの脇腹に円四郎の斬りが決まっていた。そいて円四郎はモローの後方へとスルリと抜けて行った。モローは、その場で崩れ落ち、片膝をついた。
川村
「勝負あり!」
円四郎
「ふっ、妙な術を使うが、まあまあ楽しかったぜ!」
モローは唖然とした。自分の方が、確かに一瞬速く斬り込んだと思ったが、そうはならなかったからである。それと、モローが意外に思ったのは、この無住心剣術流は、剣を引き上げて下ろす、正面打ちのみのシンプルな剣術であると思い込んでいた。しかし、円四郎から放たれた太刀は、自分の太刀筋と同じく斜め下から入って来たのだ。
そう思いながらモローは蓮也たちの方へと帰って行った。
蓮也は既に太刀も持って立ち上がっており、モローと対面する。
モロー
「蓮也様、すみません・・・」
蓮也
「いや、いい」
「それより・・・、相手に合わされ、動かされたな」
モロー
「・・・」
モローは動かされ、後手に回され、攻撃パターンとタイミングを制限されてしまった。そして、打ち込む瞬間、相手の気と同調し、相手のよいように動きを支配されてしまった。これではモローがどれだけ高速で動けたとしても勝てるわけがない。それを蓮也は一瞬で見抜いた。
蓮也
「そこで見ていろ、俺が勝ってやる」
「アイツが不敗なら俺も不敗だからな」
モロー
(さすが蓮也様だ。この一回の戦いで、相手の動きを見抜き、既に勝ちを確信しておられる)
蓮也は円四郎に目を向ける。円四郎も軽く反応する。
円四郎
「ほぉ~」
「お前は、強いな!」
円四郎は蓮也が只者ではないことを一瞬で見抜く。
川村
(先生が相手の強さを認めるような発言をはじめて聞いた・・・。あの先生をして“強い”と言わしめる銀髪の異人は何者なのだ・・・)
蓮也
「悪いが勝たせてもらう」
円四郎
「それは面白い」
「遊んでやるぜ、真剣になぁ!」
【解説】
<千戦不敗>
川村秀東著『前集』に「先生他流と試合千度有し、終に障るものなし」とある。中村権内の手紙の記載より、『前集』の説を本作では採用している。この時は、まだ円四郎は千戦もしていないだろうが、既に師の一雲を破っていることから、若くして無敵の強さであったと思われる。
<神気感応>
この流派は変性意識状態となり、相手の状態と感応同調し、その相手を合気にかけるようにして倒す、もしくはその歪みを感じて合気を外して勝つ、という形で描いてみようと思った。ここでは円四郎はモローに同調させている。その後は、同調のままか外しているかは読者の想像に任せるようにしてある。
<陽気発動>
昇る朝日に向かっては目が眩んで誰も正視できない、というような円四郎の表現が伝書にある。恐らく、円四郎の発する凄まじい気によって、相手は正面に立てなくなるのであろう。そのため、相手を円四郎の太刀筋や正中線からずれて動きたくなるのではないだろうか。そこで本作では、モローは円四郎の周囲をグルグルと回りだすのだ。この場合、モローは動かされているので、主導権は円四郎にある。活人剣的に描いてみた。
<谷神玄妙(こくしんげんみょう)>
無住心剣術にこのような記載はない、本作品独自の設定。
ただ、無住心剣術の伝書は老荘思想や禅の用語が用いられているので「谷神(こくしん)」という言葉を用いてみた。ここでは谷神とは重力によって丹田や股関節が円環的に無限の働きを行っていくと言う設定としている。そうなると、太刀は正面斬りだけではない切り方となると考えるのである。通常、無住心剣術流は、眉間に上げて感じるところに只落とすのみというシンプルな剣術である。しかし、自由な考え方を持つ本作品の円四郎は、自由自在に太刀を操る存在として描いてみた。本作品の円四郎は「太刀を真っ直ぐにしか下ろさないと誰が決めた?」と言う師への反発心がある、という設定である。
<遊びをせんとや生まれけん、遊びをせんとや生まれけん>
梁塵秘抄の有名な一説を円四郎流に表現してみた(本作品のみの設定である)。以下は原文・訳文・解説である。
原文「遊びをせむとや生まれけむ戯(たはぶ)れせむとや生まれけむ遊ぶ子供の声聞けば我が身さへこそゆるがるれ」
[訳] 遊びをしようとして生まれてきたのであろうか。あるいは、戯(たわむ)れをしようとして生まれてきたのであろうか。無邪気に遊んでいる子供のはしゃぐ声を聞くと、大人である私の身体までもが、それにつられて自然と動き出してしまいそうだ。
[鑑賞]無心に戯れ、喜々として声をあげる子供の姿に、忘れていた童心を呼び覚まされた大人の感懐を詠んだ歌。「るれ」は自発の助動詞「る」の已然形で、係助詞「こそ」の結び。
出典:weblio古語辞典『学研全訳古語辞典』
https://kobun.weblio.jp/content/%E3%81%82%E3%81%9D%E3%81%B3%E3%82%92%E3%81%9B%E3%82%80%E3%81%A8%E3%82%84
この歌は遊女が歌っているため、解釈は多元的であるかもしれないが、本作では上記の解釈にとどめる。
この梁塵秘抄の一説と、無住心剣術流の特徴である「嬰児、戯れの如く」という部分をリンクさせ、円四郎にその一節を歌わせてみた。つまり、この流派の特徴は、子供が遊び戯れているように見えるのが外見の姿であるが、その内面の境地を梁塵秘抄の今様歌で表現してみたのである。
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