1 / 8
ビッチ(処女)、行く宛がない
しおりを挟む
青空が忌々しい。見上げるだけで胸の奥がムカムカした。どんなに小川のせせらぎが穏やかでも、そよぐ春風が芳しくても、俺の心はそんなものを心地好く思える余裕などなかった。
ただどんよりとした曇天のように、心はずっしりと重い。
それは魔王様が勇者に倒されてから、ずっと続いている。
俺は魔王軍幹部だった。悪知恵と魔法で成り上がった悪魔族の美少年。可愛い上に強いアシュリー様……それが俺だった。
いつまでも魔王様の世が続くと思っていた矢先、意気揚々とやって来た勇者一行に魔王様は討たれた。
あいつら、マジで最低だ。魔王様一人相手に七人仲間引き連れて、パーティ変更しながら戦うとか、卑怯だろ。
駄目だろ、それは。そりゃいくら魔王様でもしんどいわ。
まぁ、そんなことがあって魔王軍は壊滅。幹部だった俺は行き場を無くして小川の畔で途方に暮れている。
正直、本気で困っている。進学を勧めた両親に反発して魔王軍に入ると啖呵切って実家を飛び出した手前、実家には帰れない。父ちゃんとは何十年も話してないし、たまに野菜とか送ってくれてた母ちゃんにも「俺、無職になった」なんて言えない。
「アキャアキャっ! あちゅりー、おやちゅ! おやちゅ欲しい!」
小川や近くの草花に夢中になっていた、俺の使い魔たちがごちゃごちゃ言いながらまとわりついて来た、
おむつ一丁の一歳児か二歳児くらいのクソ赤ちゃんどもだ。背中に小さなコウモリ羽、おむつを破って振っている悪魔の尻尾。見た目こそ可愛いが食費もおむつ代もかかる。おまけに夜泣きはするしうるさい。
わらわらと何人も俺の方へと寄ってくる。一人座り込んで泣いてるのがいる。どうせおむつがたぷたぷなんだろう。おやつをせがむ使い魔たちに薄味のビスケットを放り投げ、座り込んでる奴のおむつを替える。鞄の中を見たら、もうビスケットは残り少なかった。俺の手持ちの金も僅か……そして俺は空腹だった。
盛大に鳴る腹の虫に、俺はすべての鬱憤を吐き出すような溜め息を吐き出して頭を抱えた。
実家には帰れない……でも行く宛はない……でも使い魔たちを養わなければいけない……そして俺も空腹だ。
どうしよう、どうすればいい。チクショウ、忌々しい勇者どもめ。あいつらのせいだ。仕方ない、体でも売るか。俺は誰よりも可愛くて色っぽいから、かなり稼げるだろう。
でも処女は好きな人に……魔王様は相手にしてくれなかったけど、やっぱそういう人に捧げたいし。
頭の中がぐるぐるする。今は残り少ない魔力で凌いでいるけど、それも長くは持たない。このまま俺は餓えて死ぬのかな……クソ喧しい使い魔赤ちゃんに囲まれて。そう思うと、なんだかイライラしてきた。
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。反射的に顔がそちらへと向く。冒険者か……いや、たかが冒険者が馬に乗ってるはずがない。では、誰だろう。
音が近付くにつれて見えてきた姿に、俺は目を丸くした。
それは輝くばかりの白銀の鎧に身を固めた、凛々しい美丈夫だった。
二十代後半くらいだろうか。きりりと形の良い眉にアーモンド型の双眸。空のような綺麗な瞳は、遠くからでもよく見える。しっかりとした顎は、彼の男らしさをより強固なものにしていた。
鎧の上からでも分かる逞しい肉体は、俺にはないもので、なんとも雄らしい美しさがあった。
部下を数名引き連れる様は、物語のナイト様そのものだ。
悪魔族の俺が人間に見惚れるなんて……初めてのことだった。ぼうっと白馬に跨がった騎士を眺めていると、彼は馬の歩みを止めて俺に声をかけた。
「このようなところに少年と赤子とは……珍しいこともあるものだ」
低く響きのある声だった。つまり、すごく良い声だった。良い男は声までカッコいいのか。
下馬した彼は颯爽と俺へと近付く。後退りしても近付いて来やがる。クソ……金髪青目の美男子、しかも人間にこの俺がドキドキしてるなんて。
「君は、悪魔族なのか?」
「そ、そうだよ……。なんだよ、討伐でもするってぇのか?」
「生憎、私は仕事の帰りでここを通ったにすぎない。赤子を連れた少年に、そんなことはしないよ」
俺に目線を合わせるように、騎士は身を屈ませた。微笑みが眩しい。闇属性の俺には眩しすぎる。
「ここはモンスターも出る危険な場所だ。こんなところにいては危ない」
「んなこたぁ分かってるよ! でも、他に行くとこねぇし……」
「なるほど。君は赤子を抱えて路頭に迷っているのか」
なんかその言い方やめてほしい。まるで俺が、夫の暴力に耐えかねて逃げてきた子連れの人妻みたいじゃないか。
「そういうことなら、私と共に来なさい。ここに置いておくわけにはいかない」
「はあぁ? いや、何言ってんだよ……俺は悪魔族だぞ?」
「だからと言って、君のような可愛い人を危険なところに捨て置くことはできない。騎士として、私がしっかり君を保護しよう。もちろん、赤子も」
俺の手を強く両手で包み込み、騎士ははっきりと口にした。大きくて、力強い手だ。俺はこういうのに弱い。本当に弱い。真っ直ぐに見つめてくる凛々しい眼差しに、くらくらとした酩酊感を覚えた。
「で、でもそんな……! この俺様が人間ごときに……!」
ぐうぅ、と腹の虫が鳴る。場の空気を読まない俺の腹は、二人の間にやたら大きく音を響かせた。
さすがに、これは恥ずかしい。言いたいことは山程あったはずなのに、それがすべて吹き飛んでしまうほど、俺は頭を真っ白にし、顔も真っ赤にした。自分の顔を確認することはできないが、これだけ熱かったら赤いだろう、多分。
俺が沈黙すると、騎士は柔らかく微笑んで抱き上げた。
「ははは! 可愛い腹の虫だ。来たまえ。まずは腹ごしらえをしなければな」
「は、はひ……おねがいします……」
「私はセオドアという者だ。君の名は?」
「ア……アシュリー」
「アシュリーか。素敵な名だ」
白い歯を見せて微笑む白馬の騎士様に、お姫様のように抱えられたまま馬に乗り、俺は人間の街へと連れて行かれたのだった。
妙な胸の高鳴りを感じていたが、腹の虫とくっついて来る使い魔赤ちゃんたちの癇癪が、それをぶち壊していた。
ただどんよりとした曇天のように、心はずっしりと重い。
それは魔王様が勇者に倒されてから、ずっと続いている。
俺は魔王軍幹部だった。悪知恵と魔法で成り上がった悪魔族の美少年。可愛い上に強いアシュリー様……それが俺だった。
いつまでも魔王様の世が続くと思っていた矢先、意気揚々とやって来た勇者一行に魔王様は討たれた。
あいつら、マジで最低だ。魔王様一人相手に七人仲間引き連れて、パーティ変更しながら戦うとか、卑怯だろ。
駄目だろ、それは。そりゃいくら魔王様でもしんどいわ。
まぁ、そんなことがあって魔王軍は壊滅。幹部だった俺は行き場を無くして小川の畔で途方に暮れている。
正直、本気で困っている。進学を勧めた両親に反発して魔王軍に入ると啖呵切って実家を飛び出した手前、実家には帰れない。父ちゃんとは何十年も話してないし、たまに野菜とか送ってくれてた母ちゃんにも「俺、無職になった」なんて言えない。
「アキャアキャっ! あちゅりー、おやちゅ! おやちゅ欲しい!」
小川や近くの草花に夢中になっていた、俺の使い魔たちがごちゃごちゃ言いながらまとわりついて来た、
おむつ一丁の一歳児か二歳児くらいのクソ赤ちゃんどもだ。背中に小さなコウモリ羽、おむつを破って振っている悪魔の尻尾。見た目こそ可愛いが食費もおむつ代もかかる。おまけに夜泣きはするしうるさい。
わらわらと何人も俺の方へと寄ってくる。一人座り込んで泣いてるのがいる。どうせおむつがたぷたぷなんだろう。おやつをせがむ使い魔たちに薄味のビスケットを放り投げ、座り込んでる奴のおむつを替える。鞄の中を見たら、もうビスケットは残り少なかった。俺の手持ちの金も僅か……そして俺は空腹だった。
盛大に鳴る腹の虫に、俺はすべての鬱憤を吐き出すような溜め息を吐き出して頭を抱えた。
実家には帰れない……でも行く宛はない……でも使い魔たちを養わなければいけない……そして俺も空腹だ。
どうしよう、どうすればいい。チクショウ、忌々しい勇者どもめ。あいつらのせいだ。仕方ない、体でも売るか。俺は誰よりも可愛くて色っぽいから、かなり稼げるだろう。
でも処女は好きな人に……魔王様は相手にしてくれなかったけど、やっぱそういう人に捧げたいし。
頭の中がぐるぐるする。今は残り少ない魔力で凌いでいるけど、それも長くは持たない。このまま俺は餓えて死ぬのかな……クソ喧しい使い魔赤ちゃんに囲まれて。そう思うと、なんだかイライラしてきた。
その時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。反射的に顔がそちらへと向く。冒険者か……いや、たかが冒険者が馬に乗ってるはずがない。では、誰だろう。
音が近付くにつれて見えてきた姿に、俺は目を丸くした。
それは輝くばかりの白銀の鎧に身を固めた、凛々しい美丈夫だった。
二十代後半くらいだろうか。きりりと形の良い眉にアーモンド型の双眸。空のような綺麗な瞳は、遠くからでもよく見える。しっかりとした顎は、彼の男らしさをより強固なものにしていた。
鎧の上からでも分かる逞しい肉体は、俺にはないもので、なんとも雄らしい美しさがあった。
部下を数名引き連れる様は、物語のナイト様そのものだ。
悪魔族の俺が人間に見惚れるなんて……初めてのことだった。ぼうっと白馬に跨がった騎士を眺めていると、彼は馬の歩みを止めて俺に声をかけた。
「このようなところに少年と赤子とは……珍しいこともあるものだ」
低く響きのある声だった。つまり、すごく良い声だった。良い男は声までカッコいいのか。
下馬した彼は颯爽と俺へと近付く。後退りしても近付いて来やがる。クソ……金髪青目の美男子、しかも人間にこの俺がドキドキしてるなんて。
「君は、悪魔族なのか?」
「そ、そうだよ……。なんだよ、討伐でもするってぇのか?」
「生憎、私は仕事の帰りでここを通ったにすぎない。赤子を連れた少年に、そんなことはしないよ」
俺に目線を合わせるように、騎士は身を屈ませた。微笑みが眩しい。闇属性の俺には眩しすぎる。
「ここはモンスターも出る危険な場所だ。こんなところにいては危ない」
「んなこたぁ分かってるよ! でも、他に行くとこねぇし……」
「なるほど。君は赤子を抱えて路頭に迷っているのか」
なんかその言い方やめてほしい。まるで俺が、夫の暴力に耐えかねて逃げてきた子連れの人妻みたいじゃないか。
「そういうことなら、私と共に来なさい。ここに置いておくわけにはいかない」
「はあぁ? いや、何言ってんだよ……俺は悪魔族だぞ?」
「だからと言って、君のような可愛い人を危険なところに捨て置くことはできない。騎士として、私がしっかり君を保護しよう。もちろん、赤子も」
俺の手を強く両手で包み込み、騎士ははっきりと口にした。大きくて、力強い手だ。俺はこういうのに弱い。本当に弱い。真っ直ぐに見つめてくる凛々しい眼差しに、くらくらとした酩酊感を覚えた。
「で、でもそんな……! この俺様が人間ごときに……!」
ぐうぅ、と腹の虫が鳴る。場の空気を読まない俺の腹は、二人の間にやたら大きく音を響かせた。
さすがに、これは恥ずかしい。言いたいことは山程あったはずなのに、それがすべて吹き飛んでしまうほど、俺は頭を真っ白にし、顔も真っ赤にした。自分の顔を確認することはできないが、これだけ熱かったら赤いだろう、多分。
俺が沈黙すると、騎士は柔らかく微笑んで抱き上げた。
「ははは! 可愛い腹の虫だ。来たまえ。まずは腹ごしらえをしなければな」
「は、はひ……おねがいします……」
「私はセオドアという者だ。君の名は?」
「ア……アシュリー」
「アシュリーか。素敵な名だ」
白い歯を見せて微笑む白馬の騎士様に、お姫様のように抱えられたまま馬に乗り、俺は人間の街へと連れて行かれたのだった。
妙な胸の高鳴りを感じていたが、腹の虫とくっついて来る使い魔赤ちゃんたちの癇癪が、それをぶち壊していた。
0
あなたにおすすめの小説
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
悲報、転生したらギャルゲーの主人公だったのに、悪友も一緒に転生してきたせいで開幕即終了のお知らせ
椿谷あずる
BL
平凡な高校生だった俺は、ある日事故で命を落としギャルゲーの世界に主人公としてに転生した――はずだった。薔薇色のハーレムライフを望んだ俺の前に、なぜか一緒に事故に巻き込まれた悪友・野里レンまで転生してきて!?「お前だけハーレムなんて、絶対ズルいだろ?」っておい、俺のハーレム計画はどうなるんだ?ヒロインじゃなく、男とばかりフラグが立ってしまうギャルゲー世界。俺のハーレム計画、開幕十分で即終了のお知らせ……!
転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが
松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。
ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。
あの日までは。
気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。
(無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!)
その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。
元日本人女性の異世界生活は如何に?
※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。
5月23日から毎日、昼12時更新します。
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる