逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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第1章

37 前世1

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 逆行前の前世、ウィザー伯爵家は貧乏だった。帝都の隣に小さい領地を持ってはいたが、特出して産業になるものがなく、年々借金は膨らむばかり。ウィザー家は領地経営はうまくいっておらず、借金を補填する他の事業の才能もない。

 領地経営は表向き本業ではあるが、本当の本業は代々営んでいる死神業である。その死神業の仕事だけで普段から手一杯だった。

 仕事は効率よく。そういう言葉が先祖代々ウィザー家の辞書にはなかったのだろう。今思えば非効率極まりないが、死神業も領地経営も当主とその後継者が、地道に体力だけで行っていたと言っていいだろう。考えることが得意ではなかったのかもしれないが、死神業で疲れ果て、考える気力もなかったと言っていいのかもしれない。

 前世の私も効率的という言葉からは程遠く、とにかく歩いて死神業をさばく。そんな日々にいつも疲れていた。

 十五歳くらいからずっと婚約者候補を探していたが、誰も貧乏貴族の夫になりたいと言う奇特な人はおらず、なかなか婚約することもできなかった。時々興味本位で婚約を前提に一度会いませんかと連絡をもらうが、いざ会ってみると、相手は二度会うことは望まず、婚約にはいたらなかった。

 やっと婚約することができたのは十八歳の時。婚約相手はデニス・ウォン・アデルトンといい、アデルトン子爵家の三男だった。メイル学園で同学年ではあったが、学園で会話をしたこともない青年だった。しかしデニスは穏やかで優しい性格で、私と性格が合った。恋愛感情は互いになかったけれど、友達のような関係で、いい関係が築けていた。

 デニスとは婚約関係を続け、二十一歳の終わりに結婚する予定だった。

 そんな二十一歳の時、建国記念パーティーが帝都の宮殿で行われていて参加した。私は社交活動が得意ではないため、普段はあまりそういったパーティーには参加していなかったのだが、建国記念パーティーだけは帝室からの招待のため、毎年参加していた。

 帝室では、ルドルフが皇帝に即位して二年ほどが経過していた。ルドルフはメイル学園で同学年ではあったが、前世のルドルフはほとんど学園に来ていなかったので、顔を知らなかった。彼が即位してからも、遠目に数回見たことがある程度であったため、実際に皇帝がどんな顔をしているのかを知らなかった。

 その建国記念パーティーに、私は婚約者であるデニスと参加した。しかし人と会話することに疲れ、私はパーティー会場の脇にあるバルコニーに、デニスを置いて一人で休憩にやってきた。夜空を仰ぎ、そろそろ家に帰りたいと思っていた。

「星はどの世界でも綺麗なのね」

 前世は東京の兄や妹とは他人に近い関係であったし、だから東京には月に一度帰る程度。東京に思い入れもないけれど、星だけは東京でも帝国でもどの世界も綺麗なのだなと、そう独り言を呟いた時だった。

「星が好きなのか?」

 急に男性の声が聞こえ、ビクっとしてその声の主を探した。声の主は、私は皇帝だとまだ知らないルドルフだった。私がいたバルコニーの隣のバルコニーに、ルドルフはいた。こちらをじっと見つめ、人と会話をするのが苦手な私は、その視線に落ち着かなかった。目を逸らしたい、けれど目が逸らせない。

「……はい、好きです。……あ! 危ない!」

 返答をする私だが、ルドルフが隣のバルコニーからこちらへ跳んで来ようとしているのを見て驚いた。しかしルドルフは怪我をすることもなく平然とこちらのバルコニーに跳び、気づいたら私の目の前に立っていた。

「そうか、それは惜しいな。星は贈り物にはできないから」
「……? 贈り物ですか?」

 何の話なのか分からず、首をかしげる。ルドルフはそんな私をじっと見ていた。会話が途切れ、ルドルフの視線に耐えられなくなってルドルフから視線を外した。知らない人とこれ以上会話は厳しいので帰ろうと、私はバルコニーの扉へ足を向けた。

「待て」

 そんな私の腕をルドルフが引き留めた。

「お前、どこの者だ?」
「……名前を聞く時は、先に名乗るのが礼儀ではありませんか?」
「俺を知らないのか?」

 ルドルフの意外という表情に、私は内心動揺した。もしかして高位貴族だろうか。誰もが知っていて当たり前、というほどの。だとしたら私が失礼なことをしてはマズイ。私は慌ててカーテシーで挨拶をした。

「社交の付き合いが少なく、名を知らぬ失礼をお許しください。私はウィザー伯爵が長女サーヤでございます」
「ウィザー伯爵令嬢か。……ん? ……うるさいのが来たな」
「……え?」
「俺を探しているようだ。悪いが失礼する。また会おう」

 ルドルフはバルコニーから部屋の中へ戻り「こっちだ」と言いながら、誰かと一緒に去っていった。結局あれは誰だったんだ、この時まではルドルフが皇帝だとは知らず、バルコニーに取り残され、ただただぼーっとするだけだった。

 事件が起きたのは、その三日後。
 帝都の隣の我がウィザー伯爵領、その領主たる我が家に、皇帝が自らやってきた。社交が得意な母といえど、この時ばかりは動揺が顔に出ていた。そして部屋で死神業の準備をしていた私が呼ばれ、母の隣に座るも、私も動揺していた。
 先日のパーティーで会ったこの男性が皇帝ルドルフ。この時は、あの時の私が不敬だったと、そういう理由で連行されるのかとビクビクしていた。
 しかし、ルドルフが口にしたのは、それより驚きのある話であった。

「娘を、紗彩を第三皇妃に、ですか?」
「ああ。ウィザー伯爵家の負債は膨らんでいるだろう。それは俺が片付けるので心配しなくていい」

 ルドルフの説明は単純な話だった。ウィザー家の借金を肩代わりする代わりに、私を妻にしたい。そういう話だった。

「ま、待ってください! 私には婚約者がおります!」

 今年、婚約者のデニスと結婚するのだ。だからルドルフの妻にはなれない。しかしルドルフは大した話でもない、という表情で声を出した。

「ああ、アデルトン子爵家の三男だったか。悪いがすでに破談にさせてもらった。アデルトン子爵家には破談による補償も済んでいるので心配するな」

 いや、そんな勝手に何しているんだ。どうやら母も寝耳に水のようで、思考回路がストップしているように見える。皇帝とアデルトン子爵家の間で勝手に進められ、そんなのおかしいだろう、という気持ちはあっても、それをどうにかできる知識は私にはなかった。

 結局、いろいろとルドルフに押し切られる形で、パーティーから一週間後には、私はルドルフの妻、第三皇妃になっていた。
 何もかもが付いていけなかった。皇帝の婚姻なのに、たった一週間で準備ができるルドルフ。そんなルドルフの横暴に誰も異を唱えなかった。それはそうだ。ルドルフに異を唱えようものなら、自分の首が飛ぶ。

 しかし、私は当事者。いろいろと付いていけなさ過ぎて、心が折れかけていた。慌しく結婚式も行い、その日の夜。泣きながらルドルフに訴えた。

 一週間前に出会ったばかりで、もう結婚。しかも私の意思は無視。ウィザー家の借金を肩代わりしてもらえたのは助かるが、婚約者だったデニスにも悪いことをした気持ちが抜けない。急にルドルフに妻になれと言われ、何が目的なのか。帝室の後継者争いで血に染まった日のように、いつか私も殺そうとしているのか。
 かなり支離滅裂に泣き喚いたと思う。そんな私に怒ることもなく、ルドルフは座る私の前の床に両膝を立て、私の両手を握った。

「後継者争いの時の俺を弁解するつもりはない。事実だしな。だがサーヤを殺そうなど思っていない。サーヤには、いつまでも俺の傍にいてほしい。それ以外の思惑はない。……一目惚れだったんだ」
「………………一目惚れ?」

 一目惚れという言葉は知っている。そういう現象に合う男女がいるのも知っている。しかしそれは都市伝説くらいの、遠い話のことだと思っていた。私はなかなか婚約してもらえないくらいの人だった。デニスと婚約する前のパーティーで、男性陣が私の容姿を陰で笑っていたのを聞いたこともある。だから容姿に自信なんてない。ルドルフは『一目惚れ』という名称の、別の意味の話をしているのだと思ったくらいだった。

「建国記念のパーティーの日、バルコニーで会っただろう。その時に、サーヤを一目見て目が離せなくなった」

 あれ? 間違いなく『一目惚れ』の正しい意味で使われている気がする。そう思ったら、ぼぼぼっと顔が熱くなった。だから無意識に言い訳めいたことを口にした。

「あ、あの時、私はそんなに綺麗じゃなかったと思うのですが……。ドレスも旧式のものでしたし、容姿も帝国民とは違っていますし、一目惚れしていただけるほどのものは何も……」
「恰好などただの飾りだろう。旧式などどうでもいい。大きい目に可愛い唇に、全体的にサーヤは可愛い顔をしてると思うが」
「そ、そうでしょうか……」

 容姿を褒められたことがなく、この時はとにかく恥ずかしかった。

「俺は今まで欲しいと思ったものはない。今まで得てきたものは、いらないものを排除しただけの結果ばかりだ。サーヤだけだ、欲しいと思ったものは」
「私だけ?」
「そうだ。だからすぐにでも手に入れたかった。サーヤがまだ誰のものでもなくて良かった。もし誰かのものになっていたなら、俺は血が流れてでもサーヤを手に入れただろう」

 おっと。急に血なまぐさい話になった。確かに、もし私が結婚していたなら、他人の妻を横取りという、かなり大変なことをルドルフが仕出かすことになっていたかもしれない。

「それだけ俺に惚れられていると理解してくれ。だから俺を拒否するな。俺の愛を受け止めてほしい」
「……はい」

 誰かに愛される。それが初めてのことで、私はそれ以上ルドルフに何かを言えなくなり、そのままルドルフを受け入れることになった。
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