逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

文字の大きさ
59 / 132
第1章

59 その手は誰の手?

しおりを挟む
 時間が少し進み、夏がやってきた。帝都と東京を何度か行き来し、仕事も勉強も順調である。

 帝都のメイル学園の教室では、みんな暑さと戦いながら授業を聞いていた。
 帝国にはまだクーラーがない。扇風機もない。暑さをしのぐ方法と言えば、窓を開けるか冷たい物を飲むか、海に行って泳ぐか、くらいしか方法がない。

 帝国は日本ほど最高気温が高くなることはないが、夏には三十度くらいにはなる。メイル学園の制服は夏仕様に衣替えはしているものの、生地は薄くはないため、やはり熱い。家に充電式のコンパクトな扇風機があるので、持ってきたいとは思うものの、間違いなく目立つだろうから持ってくるわけにはいかない。そのため、私も素直に暑さと戦うしかない。

 授業が終わり、冷たい飲み物を飲みに行こうと席を立った。そして、私は廊下に一旦出たものの、ゆっくりと後ずさりして教室に戻った。すると、背中に何かが当たる。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて振り返り謝ると、そこにいたのはアルベルト・ウォン・シラーだった。問題児ルーウェン・ウォン・リンケルトの部下である。そしてアルベルトの後ろにはルーウェンが立っていた。やばい、当たったのはルーウェンではなくアルベルトのはずだから、セーフだと思いたい。私、殴られたりしないよね?

「……その震え、私に当たったからではないですよね?」

 アルベルトは、私の手を見て言った。胸の前で組んだ手が震えていた。

「い、いえ、これは、廊下に出た時に眩暈がして……後ずさりしたのは、そのせいです。当たってしまい、申し訳ありません」

 眩暈は口から出まかせだけれど、そうやって誤魔化すしかなかった。

「ならいいですけれど。私が怖がられているのかと思いました」

 まあ、私の中のブラックリストである問題児ルーウェンが怖いので、もれなくアルベルトも関わりたくない相手ではある。しかし、アルベルトはそれ以上気にしていないようで、ルーウェンと共に教室を出て行った。

 私はほっと息をつく。よかった、殴られずにすんだ。これからは、後ろもちゃんと見て確認しなければ。
 そう思いつつも、手がまだ震えていた。原因はルーウェンではなく、廊下に出た時に見た人物である。それは、私が逆行する前に私を階段から落とした人物、レベッカ・ウォン・ボルト公爵令嬢だった。

 レベッカは隣のクラスでクラスが違う。しかし、私はレベッカもブラックリストに入れていた。
 逆行から十年以上経過しているのに、いまだレベッカを見ると震えてしまう。階段から突き落とされた、狂ったような笑い声のレベッカが脳裏に浮かぶのだ。

 今では手摺さえあれば登れる階段のように、少しずつレベッカのことも耐性を付けなければと思うのに、体が拒否してしまうのである。

 私は震えが収まるまでじっとして、それからレベッカがいないのを確認し、そっと廊下へ出た。次の授業はサボろう。昨日も死神業で一人魂を回収したので、少し疲れているのかもしれない。

 飲み物で喉を潤し、そして私は医務室へ向かった。医務室のベッドを借りて、眼鏡だけ外し、少しだけ眠りにつく。

 その私が寝ているベッドの傍に人の気配があった。私は寝ているような起きているような半覚醒の状態で、誰かが私のウィッグの髪に触れている感覚はあった。長い前髪を上げて額に誰かの手が乗せられる。その手が冷たくて気持ちいい。

 きっとユリウスだろう。私が医務室にいるかもしれないと、見に来てくれたに違いない。
 それからどれくらい経ったのか、目が完全に覚めると、ちょうどユリウスがベッドを囲むカーテンを開けているところだった。

「姉様、起きましたか」

 ユリウスが私の額に手を乗せた。さきほどと違い、手が温かい。

「熱はなさそうですね。体調はどうですか?」
「大丈夫……。ユリウスって、今来たばかり?」
「そうですよ」

 あれ? では、先ほどの冷たい手は誰のだろう?

「……夢だったのかな」
「何がですか?」
「……ううん、何でもないの」

 きっと夢だ。誰かがいたのだと私が勘違いしているだけに違いない。
 私はユリウスと共に医務室を出るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

処理中です...