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第1章
59 その手は誰の手?
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時間が少し進み、夏がやってきた。帝都と東京を何度か行き来し、仕事も勉強も順調である。
帝都のメイル学園の教室では、みんな暑さと戦いながら授業を聞いていた。
帝国にはまだクーラーがない。扇風機もない。暑さをしのぐ方法と言えば、窓を開けるか冷たい物を飲むか、海に行って泳ぐか、くらいしか方法がない。
帝国は日本ほど最高気温が高くなることはないが、夏には三十度くらいにはなる。メイル学園の制服は夏仕様に衣替えはしているものの、生地は薄くはないため、やはり熱い。家に充電式のコンパクトな扇風機があるので、持ってきたいとは思うものの、間違いなく目立つだろうから持ってくるわけにはいかない。そのため、私も素直に暑さと戦うしかない。
授業が終わり、冷たい飲み物を飲みに行こうと席を立った。そして、私は廊下に一旦出たものの、ゆっくりと後ずさりして教室に戻った。すると、背中に何かが当たる。
「ご、ごめんなさい」
慌てて振り返り謝ると、そこにいたのはアルベルト・ウォン・シラーだった。問題児ルーウェン・ウォン・リンケルトの部下である。そしてアルベルトの後ろにはルーウェンが立っていた。やばい、当たったのはルーウェンではなくアルベルトのはずだから、セーフだと思いたい。私、殴られたりしないよね?
「……その震え、私に当たったからではないですよね?」
アルベルトは、私の手を見て言った。胸の前で組んだ手が震えていた。
「い、いえ、これは、廊下に出た時に眩暈がして……後ずさりしたのは、そのせいです。当たってしまい、申し訳ありません」
眩暈は口から出まかせだけれど、そうやって誤魔化すしかなかった。
「ならいいですけれど。私が怖がられているのかと思いました」
まあ、私の中のブラックリストである問題児ルーウェンが怖いので、もれなくアルベルトも関わりたくない相手ではある。しかし、アルベルトはそれ以上気にしていないようで、ルーウェンと共に教室を出て行った。
私はほっと息をつく。よかった、殴られずにすんだ。これからは、後ろもちゃんと見て確認しなければ。
そう思いつつも、手がまだ震えていた。原因はルーウェンではなく、廊下に出た時に見た人物である。それは、私が逆行する前に私を階段から落とした人物、レベッカ・ウォン・ボルト公爵令嬢だった。
レベッカは隣のクラスでクラスが違う。しかし、私はレベッカもブラックリストに入れていた。
逆行から十年以上経過しているのに、いまだレベッカを見ると震えてしまう。階段から突き落とされた、狂ったような笑い声のレベッカが脳裏に浮かぶのだ。
今では手摺さえあれば登れる階段のように、少しずつレベッカのことも耐性を付けなければと思うのに、体が拒否してしまうのである。
私は震えが収まるまでじっとして、それからレベッカがいないのを確認し、そっと廊下へ出た。次の授業はサボろう。昨日も死神業で一人魂を回収したので、少し疲れているのかもしれない。
飲み物で喉を潤し、そして私は医務室へ向かった。医務室のベッドを借りて、眼鏡だけ外し、少しだけ眠りにつく。
その私が寝ているベッドの傍に人の気配があった。私は寝ているような起きているような半覚醒の状態で、誰かが私のウィッグの髪に触れている感覚はあった。長い前髪を上げて額に誰かの手が乗せられる。その手が冷たくて気持ちいい。
きっとユリウスだろう。私が医務室にいるかもしれないと、見に来てくれたに違いない。
それからどれくらい経ったのか、目が完全に覚めると、ちょうどユリウスがベッドを囲むカーテンを開けているところだった。
「姉様、起きましたか」
ユリウスが私の額に手を乗せた。さきほどと違い、手が温かい。
「熱はなさそうですね。体調はどうですか?」
「大丈夫……。ユリウスって、今来たばかり?」
「そうですよ」
あれ? では、先ほどの冷たい手は誰のだろう?
「……夢だったのかな」
「何がですか?」
「……ううん、何でもないの」
きっと夢だ。誰かがいたのだと私が勘違いしているだけに違いない。
私はユリウスと共に医務室を出るのだった。
帝都のメイル学園の教室では、みんな暑さと戦いながら授業を聞いていた。
帝国にはまだクーラーがない。扇風機もない。暑さをしのぐ方法と言えば、窓を開けるか冷たい物を飲むか、海に行って泳ぐか、くらいしか方法がない。
帝国は日本ほど最高気温が高くなることはないが、夏には三十度くらいにはなる。メイル学園の制服は夏仕様に衣替えはしているものの、生地は薄くはないため、やはり熱い。家に充電式のコンパクトな扇風機があるので、持ってきたいとは思うものの、間違いなく目立つだろうから持ってくるわけにはいかない。そのため、私も素直に暑さと戦うしかない。
授業が終わり、冷たい飲み物を飲みに行こうと席を立った。そして、私は廊下に一旦出たものの、ゆっくりと後ずさりして教室に戻った。すると、背中に何かが当たる。
「ご、ごめんなさい」
慌てて振り返り謝ると、そこにいたのはアルベルト・ウォン・シラーだった。問題児ルーウェン・ウォン・リンケルトの部下である。そしてアルベルトの後ろにはルーウェンが立っていた。やばい、当たったのはルーウェンではなくアルベルトのはずだから、セーフだと思いたい。私、殴られたりしないよね?
「……その震え、私に当たったからではないですよね?」
アルベルトは、私の手を見て言った。胸の前で組んだ手が震えていた。
「い、いえ、これは、廊下に出た時に眩暈がして……後ずさりしたのは、そのせいです。当たってしまい、申し訳ありません」
眩暈は口から出まかせだけれど、そうやって誤魔化すしかなかった。
「ならいいですけれど。私が怖がられているのかと思いました」
まあ、私の中のブラックリストである問題児ルーウェンが怖いので、もれなくアルベルトも関わりたくない相手ではある。しかし、アルベルトはそれ以上気にしていないようで、ルーウェンと共に教室を出て行った。
私はほっと息をつく。よかった、殴られずにすんだ。これからは、後ろもちゃんと見て確認しなければ。
そう思いつつも、手がまだ震えていた。原因はルーウェンではなく、廊下に出た時に見た人物である。それは、私が逆行する前に私を階段から落とした人物、レベッカ・ウォン・ボルト公爵令嬢だった。
レベッカは隣のクラスでクラスが違う。しかし、私はレベッカもブラックリストに入れていた。
逆行から十年以上経過しているのに、いまだレベッカを見ると震えてしまう。階段から突き落とされた、狂ったような笑い声のレベッカが脳裏に浮かぶのだ。
今では手摺さえあれば登れる階段のように、少しずつレベッカのことも耐性を付けなければと思うのに、体が拒否してしまうのである。
私は震えが収まるまでじっとして、それからレベッカがいないのを確認し、そっと廊下へ出た。次の授業はサボろう。昨日も死神業で一人魂を回収したので、少し疲れているのかもしれない。
飲み物で喉を潤し、そして私は医務室へ向かった。医務室のベッドを借りて、眼鏡だけ外し、少しだけ眠りにつく。
その私が寝ているベッドの傍に人の気配があった。私は寝ているような起きているような半覚醒の状態で、誰かが私のウィッグの髪に触れている感覚はあった。長い前髪を上げて額に誰かの手が乗せられる。その手が冷たくて気持ちいい。
きっとユリウスだろう。私が医務室にいるかもしれないと、見に来てくれたに違いない。
それからどれくらい経ったのか、目が完全に覚めると、ちょうどユリウスがベッドを囲むカーテンを開けているところだった。
「姉様、起きましたか」
ユリウスが私の額に手を乗せた。さきほどと違い、手が温かい。
「熱はなさそうですね。体調はどうですか?」
「大丈夫……。ユリウスって、今来たばかり?」
「そうですよ」
あれ? では、先ほどの冷たい手は誰のだろう?
「……夢だったのかな」
「何がですか?」
「……ううん、何でもないの」
きっと夢だ。誰かがいたのだと私が勘違いしているだけに違いない。
私はユリウスと共に医務室を出るのだった。
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