逆行死神令嬢の二重生活 ~兄(仮)の甘やかしはシスコンではなく溺愛でした~

猪本夜

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最終章

124 戴冠式2

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「サーヤ嬢、一曲いかがかな?」
「……喜んでお受けします、陛下」

 皇帝に誘われて、簡単には断れない。内心苦笑気味に、ヴェルナーの手を取る。曲が始まり、私とヴェルナーは踊りだす。顔面に笑みを貼り付けたヴェルナーは、小さく声を出した。

「君が近くにいてくれてよかった。ちょうど休憩したかったんだ」
「私を休憩扱いとはひどいですね。いいですけれど」
「令嬢たちに気を使う会話が疲れてきてね。令嬢たちって、時々目がギラギラしてるんだ。怖いよ」

 そう言いつつ、ヴェルナーはまったく怖いとは思っていなさそうである。

「君は良い婚約者に巡り合えて良かったね。君たちを見ていると、互いが本当に好きなんだとはこういうことかと、理解できたよ」
「ありがとうございます」
「時々……」

 ヴェルナーが私の耳元に口を近づけた。

「僕は君を選んでいたら良かったなと思うこともある」

 ヴェルナーが顔を元に戻した。

「……陛下?」
「君といると、楽だからね。時には、自分の表向きの仮面を脱ぎたいと思うこともあるだろう?」
「……いつものような愚痴であれば、お聞きいたしますよ」
「はは、そうだね。必要な時は頼もうかな。まあ、僕と君じゃ恋愛は無理だ。同士であり友人だから。引き続き、今までの関係を望むよ」

 ヴェルナーの言う『同士』とは、ルドルフを帝位に付けたくなく、ヴェルナーに帝位についてほしかった、という意味だろうか。ルドルフを帝位に付けたくないと私は一言も言ったことはないけれど、ヴェルナーを推すとは昔から言っていた。それとも他に何かあるのだろうか。

 曲が終わり、私たちは礼をするとそこで分かれた。私とヴェルナーを、じっと見ているユリアには気づかなかった。

 そして、もう一人、私を見ていた人がいた。流雨を探そうとキョロキョロしていると、後ろから流雨に声をかけられた。

「紗彩」
「あ、るー君、ちょうど今、探していたところ……」

 流雨を見て、流雨の機嫌が悪いのを私は速攻で感じ取った。そして一歩後ろへ下がる。

「……どうして、今下がったの?」
「うぇ!? んっと、何だろう、後ろから引っ張られたのかな!?」
「ふーん?」

 流雨が一歩近づくので、私は一歩後ろへ下がった。なぜか汗が噴き出る。

「……紗彩、もう帰ろうか。ちょっと話を聞きたいしね」
「ははは、話!? 何の!?」
「馬車の中で聞くよ」

 流雨は有無を言わさず、私の腰へ手をやり、そのまま馬車乗り場まで連行された。その間、流雨が無言で、すごく怖い。私ってば、何かやってしまったのだろう。ヴェルナーと踊ったことがダメだったのだろうか。

 リンケルト家の馬車に乗り、流雨と隣同士に座る。馬車が動き出すが、私は流雨と目を合わせられなくて、窓を向いていると、急に流雨が私を抱き上げて膝に乗せた。

「どどど、どうして今膝に乗せるの!? 馬車が揺れたら危ないでしょ!?」
「大丈夫、足で支えているから」

 後ろを振り返ると、流雨の長い足が向かい側の椅子の角に乗せられ、動かないようがっちり固定していた。

「紗彩の視線が合わないから、強制膝の上は仕方ないよね?」
「うぐっ……だ、だって……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「……陛下と踊ったから?」
「確かにそれも気に食わないけれど、それに関しては仕方ないと思ってる。今日は舞踏会だし、誘いを断れない相手だっているのも分かる。だから、陛下と踊ったことは問題ないよ」
「あれ? そうなの?」

 ヴェルナーと踊ったのが不問なら、流雨の機嫌が悪いのは何なのだろう。

「陛下が紗彩の耳にこそこそと話をしていたでしょう」
「……? うん、そうだね?」
「……そこは慌てないんだ。陛下は何の話をしていたの?」
「ずっと友達でいてねって話」
「……それだけ?」
「うん」

 流雨が呆れた顔をした。信じていない顔である。本当なのに。

「そんなわけない」
「本当だよ。陛下は今まで通りでいてね、みたいなこと言ってたよ」
「……よし、分かった。順を追って会話を説明してみて」
「うん」

 ヴェルナーとの会話を全て話した。別に大した話はしていないのだから問題ない。しかし流雨の機嫌はますます悪くなるばかりである。なんで。

「やっぱり、そんなわけなかった! 『紗彩を選んでいたら良かった』とか言われてるじゃないか!」
「……? そうだね? でも、冗談だって分かっているし。きっと陛下の事だから、婚約者探しが面倒になっているのよ。適当に私と婚約していれば、今頃楽だったのに、みたいなことだと思う。ただの冗談だよ」
「………………紗彩のその鈍感さは、自分の魅力が低いと思い込んでいることが原因だと思う。紗彩は可愛いんだからね」
「えへへ、るー君、ありがとう」
「今のは事実を言っただけで、褒めたわけじゃないんだけれど? ……でも、もう可愛いからいいや……」

 流雨は苦笑し、私の唇にキスを落とす。いまだ恥ずかしいけれど、キスされるのは嬉しい。照れ笑いしながら、流雨に抱き付くと、流雨が抱きしめ返してくれる。

「あーあ、もう。どうしてこんなに可愛いのかな……俺以外がこれから紗彩の魅力に気づくのかと思うと、ハラハラする」
「るー君以外好きじゃないもん。他の人はどうでもいいの」
「……そういうことか。俺にしか興味がないから、俺以外の好意には気づかないっていう仕組かな」
「……? たぶん、そう」
「ハテナ飛ばしながら返事されてもなぁ……まあ、俺が気を付けていればいい話だから、もういいよ」

 苦笑する流雨から体を離す。流雨がニコっと笑った。

「今度の陛下への納品は、俺も付いて行く」
「……え!?」
「一応、けん制はしておかないとね。俺ってやきもち焼きだから、そこのところ陛下にも理解しておいてもらわないと」

 なんだか流雨が黒い笑顔である。怖いが、どうやらその矛先はヴェルナーのようなので、私はあっさりヴェルナーを売ることにした。いまいち分からないけれど、流雨を怒らせたのはヴェルナーなのだから、責任を取ってもらおう。

「わ、分かった! 次回の納品は、るー君も一緒に行こうね!」

 後日、流雨を同行してヴェルナーのところへ納品に向かい、それから数年間ヴェルナーは私をダンスに誘わなくなり、仕事で会った時にさえプライベートな会話も減るというのは、別の話である。
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