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自殺ごっこはもう懲り懲り
しおりを挟むガチャリと鍵を回し、あまり馴染みのない自分の家に入る。
昼間だというのに玄関も廊下も、玄関からすぐの洗面所でさえ電気が付きっぱなしだった。
無言で靴を脱いでいると、リビングからパタパタと女が出てくる。
「達也っ!?」
「……なんだ、いたのか」
ため息をつきそうになるけれど、まぁいい。いてくれて良かったと今日ばかりは思う。
「どうして…やっと帰ってきてくれたの?」
何を勘違いしているのか、嬉しそうに近付いてくる目の前の女に嫌悪感しか感じない。
「帰る?俺が帰るところはいつだって、今も昔もあの人のところに決まってるだろ」
「っ…ふざけないで!!」
「早くに来たのは一々自殺ごっこに巻き込まれるのはもう懲り懲りだからだ。ほら」
鞄から離婚届けを出して相手に渡すと、すぐさまビリビリに破かれた。
「なによこれっ!!!」
「この際だからはっきり言うけど、お前のこと好きだと思ったことなんかない。むしろ嫌いだ、そもそもどうでもよかった。子供がどうのって言われたから仕方なく結婚しただけだ」
「やめて!それ以上言うなら死ぬわよ!!?」
ポケットに忍ばせていたのか、いつの間にか手のひらにカッターが乗っかっていた。
「…ふーん?」
達也はもう、どうでも良かった。煌を、愛する人をこの女のせいで傷付けてしまうことが、どうしても歯がゆかった。
「好きにすれば?」
「なっ、ほ、本気よ!?」
「俺はお前が死のうが生きようがどうでもいい。さっさとサインしろ」
こんなこともあろうかと予備に持って来ていた離婚届けの一枚を床に置く。
「っ…死ぬから…!」
一瞬だった。目の前の女が自分の手首を深く切ったのも、それに驚いたのも。
一瞬だけ驚いて、すぐに無関心になった。血がダラダラと流れているのを見てため息をつく。
「おい、せめてコレ書いてからやれよ、このメンヘラ女」
「や、うそ、いたい」
どうやらそこまで深く切るつもりは無かったらしい。見事にざっくりと切れたその手首を見て、達也は再度ため息をついた。
「あーあ、それ、病院行った方がいいんじゃねぇの?」
目に見えて分かるほどパックリと開いた傷口に、愛里は泣き叫んでいる。
「いやぁ!!病院連れて行ってぇ!!」
「はぁ?自分で行けよ」
勝手に自殺ごっこ始めたやつのために誰が、とは思ったけれど。ドクドクと流れる血は廊下に血だまりを作った。さすがにこれはヤバイかも、と考える。目の前で本当に死なれたら迷惑だ。
「達也ぁ、たすけてぇっ…!」
「…チッ、ぜってぇ後で書かせるからな」
車を出そうかと考えたけれど、煌とのために買った車にこんな女を乗せたくはない。
タクシーを呼ぶまでの間も愛里はずっと泣いていて、俺は冷静に、むしろどうでもいいほどの勢いでスマホでゲームをしていた。真っ赤な血が溜まったビニール袋を見たタクシー運転手が一番焦っていたのではないだろうか。と、今では思うけれど。
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