それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま

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 静かな部屋の中に扉を閉める音が響く。
 震えている足から力が抜けて、扉に背中を預け、体が床に崩れ落ちる。
 上下する肩とドクドクとしている鼓動が私の体を支配している。
 呼吸を何回か繰り返したら、彼の言葉が頭によぎった。

『君を抱くつもりはない』

 彼の声が頭から離れてくれない。
 わけがわからない。本当にわけがわからない。彼の意図も、先ほど私を支配する衝動も。

 喜べばいいのに。だって、好きでもない相手に体を差し出さなくてもいいから。
 安心すればいいのに。それでも彼は同盟を守ってくれると誓ったから。
 気にしなくてもいいのに。別に彼は私を冷遇するつもりはないから。

 別にいいじゃない、「私」には損がないんだから。でも、なんでこんなに胸の中がズキズキと痛いんだ。
 矛盾している。私の中にある何かが矛盾している。そして、その矛盾は私を苦しめている。

 「私」にとっては喜ばしいことなのだ。喜ばしいはずなのだ。

 でも。

 貴族として生まれた女性の一番重要な義務は、世継ぎを産むこと。
 世継ぎを産まない貴族の妻になんて、どんな価値があるのか? 世間からどう捉えられるのかを想像したら、背中に寒気が走る。その言葉がよぎった瞬間、体が震え出した。

 石女。

 そんな女性が社会ではどう見られるのかは知っている。
 父や母はそれを聞いてどう思うのだろうか。想像するだけで震えがさらに強まった。
 それだけではなく、「ロートネジュ家」の、「ゼベランの英雄」の世継ぎが期待されている。

 では、それを産めない私は? 産むことすら許されていない私は?

 私の価値は?

 この二ヵ月近く、絞りに絞ってかき集めた覚悟が虚しく感じる。向き合うための努力も、葛藤する時間も全部、無意味だった。
 勝手に「いらない」と言われて、そのまま使わずに捨てられた覚悟をどう扱えばいいんだ。

 馬鹿にされた気分だ。
 滑稽すぎる。手のひらの上で踊らされてるような気分になった。プライドも努力も何もかもが全部引き千切られた。

 目の奥から熱が溢れだした。さっきから耐えた涙がぽろぽろと青い花びらの上に落ちた。
 膝の上にあるあれを眺めれば、あの日の会話が頭の中によぎった。

『閣下は、リュゼラナがお好きですか?』
『ああ、好きだ。君は?』
『私は』

 リュゼラナなんて、昔から大嫌い。

 この甘すぎる香りも嫌い。
 フルメニア国を象徴するところも嫌い。
 妖精の青を象徴する色も嫌い。
 苦しめているだけのものを好きになれるわけがない。

 でも、好きでいないといけない。
 だって、私はフルメニア国の貴族であり、アルブル家の娘なんだから。
 国花が、妖精の花が嫌いなんて死んでも言えるはずがない。

 皆、それを求めていないから。

 頬に落ちた涙と同じ数、無言の「嫌い」という言葉を繰り返した。今まで心の奥に秘めた本心を何度も何度も繰り返した。
 自然と左手に力が入った。何かが潰れた感覚が伝わった。拳になったその手を開けば、正気に戻った。

『奥様が、幸せでありますように』

 そこには無様に握りつぶされたリュゼラナがあった。
 先ほどまであんなに美しく咲いていたのに、今はもう面影すら残らなかった。

 視線を上げたら、机の上に置いてある花瓶は空っぽだった。

『ルカ坊ちゃまが、奥様の寂しさを紛らわすために用意してこいって頼まれました』

 なんということだ。
 それを見て、絶望がさらに深まるばかりだ。
 貰った良心を、自分の手で壊してしまった。
 だけど、私に止めを刺したのが他でもないその良心の欠片をくれた相手だった。

 愛されなくてもいい。それでも子を産んで、貴族として役目を果たして、妻として彼を支える。
 今はまだ少し怖いけど、これからそうやって少しずつ夫婦としていい関係が築けたらいいなと思った。もしかすると、変哲もない会話を覚えてくれた彼とだったらできるかもと呑気に思った。

 彼の一握りの優しさはそうやって私を惑わす。

 勝手に期待して、勝手に裏切られて、勝手に怒りを抱いた。
 踊らされているのではなく、一人で勝手に踊っているだけではないか。
 そんな私は、明日からどんな顔で彼と向き合えばいいんだ。

 涙が止まらなかった。止められなかった。止まるどころか、激しくなる一方だった。
 両手でその残骸を自分の体ごと抱きしめ、嗚咽を噛み殺した。

 複雑に絡み合った感情が一つになって私の喉を絞める。そして、それが引き金となった。

 奥深く埋めたかったのに、また「あれ」を掘り起こしてしまった。
 溢れる、溢れてしまう。

 こういう時、隣に彼がいつもいたのに。私の頭を優しく撫でて、宥めてくれたのに。

「ファルク様」

 助けて。
 辛いの、苦しいの。

 でも、泣いても泣いても、胸が軽くならなかった。
 隣に彼がいない。彼の隣にはもういられない。

 その現実を知らしめられるだけだった。


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