刷り込まれた記憶 ~性奴隷だった俺

希京

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上書きの愛

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「店長」
いつものように店に顔を出した佐伯の後ろから、バイトの女の子が声をかけてきた。
「お客様です。えっと後藤さんてお名前の…。店長と黒部さんに」
「俺?」
顔色を伺うようにおずおずと言うウエイトレスに「ありがとう」といって佐伯は事務室のドアを開けた。
「お疲れさまです」
パソコンの向こうから黒部が立ち上がって挨拶する。

「双竜会の後藤が乗り込んできて俺達をご指名だ。今出れるか?」
不信感を隠さない表情で黒部が無言でうなずいた。

店内に行くと、奥の席にひとりでぽつんと座っている後藤がいる。
言わないとこの男が極道者とはわからないんじゃないかというくらい、明るめのシャツに黒いズボン姿でアイスティーを前にしてふたりを待っていた。
「いきなり来て悪いな」
佐伯と黒部に気がついて愛想よい笑みを浮かべる。
電話で話せない危ない内容なのか、緊張しながらふたりは椅子に座った。

「この前話していた水森の件なんだけど」
長めの黒髪を片方だけ耳にかけながら後藤は口を開いた。
「確認させたんだが一緒にいた女は女じゃなかった」
「え?」
佐伯は黒部を見る。彼も写真は撮ったが相手の身元までは掴んでいなかったのか首を横に振った。

アイスティーを一口飲んで後藤は腕を組む。
「小泉翔。正真正銘男性だ。水森たちと同学年で佐伯くんの先輩にあたる」
2年と1年で学年に差があるが、同じ学校ならいくら大人が事件をもみ消しても噂が広まりそうなのに、見たことも聞いたこともない人だった。
「…女装してたって事ですか?」
淡い色のスーツ姿の佐伯と、事務室にジャケットをかけたままの黒シャツ姿の黒部。
話の内容がすぐ理解できないままふたりは次の言葉を待った。

「長谷川たちは1年生の時から常習犯だったようだな。男を輪姦して精神崩壊させた噂は聞いたことがあったが、詳しく調べたら小泉翔だった」
黒部の前でそんな話題を出されて自分の秘密を暴露されたらどうしようと、佐伯は後藤の無神経さに苛立ちを覚えたが、黒部は素知らぬ顔で黙っている。

「なぜか女になって帰ってきたよ」
長谷川の所に戻ってきた佐伯と重なって見えるのか後藤は複雑な表情をしていた。
「…女って、体も手術して…その…」
「アタマの中だけ翔子ちゃんになって水森の所へ来たらしい」
情報量が多すぎて理解するのに時間を要した。

「どうしてそんな話をしに来たんですか?」
電話で佐伯に伝えればいい程度の内容だと思ったのか、今まで沈黙を保っていた黒部が口を開いた。
「続きがある。水森はその辺りからうちと折り合いが悪い清水組の母体団体と付き合い始めた。このあたりを仕切るのは俺達双竜会だ。ここで揉めるとお互い火傷する。上に掛け合ってみるからしばらく水森に手を出すな」
もし水森が身の危険を感じたとしたら何も余計危ない連中に助けを求めず民間の警備会社を使えばいい。そうしていれば今こんなにややこしい外野が騒ぐことはなかったし黒部も足止めを食らうことはなかった。ただ小泉翔を拉致監禁していると身内に訴えられると弱い。
「それって俺と関係あります?」
佐伯がテーブルに腕を乗せて前のめりになった。黒部は黙っている。

「小泉翔が戻ってきたタイミングで何故水森がうちより強い組に泣きついたのか考えてみたんだ。この街の事なら充分うちで面倒みれたのに」
何十年前の話だと思う。この時代に裏と表の社会がどうのと話し合うことになるとは思わなかった。
「おたくの組が弱くて頼りなかったんでしょう」
黒部は怖いもの知らずなのか大胆な発言をする。さすがに佐伯は引いたが後藤は挑発には乗ってこなかった。

「写真出せる?」
後藤にうながされて黒部はズボンのポケットからスマホを取り出して画像を表示した。
夜に撮影したわりに鮮明な画質に写る小泉翔の幸せそうな顔。

「一歩間違えたら佐伯くんもこうなっていたかもしれない」
「…!」
「君は現実を受け入れて耐えきった。たいした根性だ。だが彼は違う人格を作り出して自分を守ったんだろうな。かわいそうな話だ」
「…一体何が言いたいんですか?」
わざわざ自分を笑いに来たんだろうか。だとしたら悪趣味にも程がある。

「精神崩壊して女になってしまったってオチなら俺も関心は沸かなかったんだが」
あいかわらず話の長い後藤は、前置きも長くて早く次を聞きたくなってしまう。
「たくさんいる中で小泉翔は水森の前に現れた。そして奴は彼…、彼女を守るために清水組の力を利用している」
あの水森がそんな危険な橋を渡って、かつて弄んだ人間を守ろうとするだろうか。
「何か思惑があるとしか思えないです。その、えっと彼を利用して…なんだろう」
「アタマの壊れた男をどうやって利用する?俺だったら過去の悪事をバラされないように消す」
ヤクザらしい発想に、黒部は真剣な目でじっと後藤を見ている。

「ややこしいだろう?感情が絡むと」
複雑にしているのはそっちの都合だろう。佐伯はだんだん苛立ってきたが辛抱強く話の続きを待った。
「水森は彼女を溺愛してるんだよ」
今まで見たことのない慈愛の笑顔を浮かべて後藤は言った。
外から見れば犯罪だ。彼の理屈を通すには裏の力を借りるしかなかったと納得したが、佐伯が知る水森はそんな事をする人間ではない。

「清水組にばれないように、双竜会と戦争にならないように水森を潰すとしたら、黒部くんならどう動く?」
「彼女を誘拐して水森を詰めます」
表情を一切変えず即答する黒部に、後藤も佐伯も言葉を失った。
「…たいしたもんだな。うちにスカウトしたいくらいだ」
本心から言ったのか後藤の顔から笑顔が消えた。

「佐伯くんはどうしたい?」
後藤はスマホ画面を指差した。
そこには幸せそうに写る小泉翔の笑顔。

「先に長谷川を攻めないか?君たちの雇用主だから不安なのはわかるが生活の保証はする。バイトも含めて店は全部こちらが引き取る」
これなら誰にも損はない。いつもどおり黒部に汚れ仕事を押し付けて、おいしい所だけ受け取って高みの見物を決め込む。
「……」
黒部は沈黙している佐伯を見た。
「長谷川さんは…最後にしたい」
予想どおりの答えだったのか、後藤は氷をストローでかき回しながら憐れみの表情を浮かべる。
「な。感情が絡むとややこしいだろう?」
うつむく佐伯と、その態度を不思議そうに見る黒部。
「何か変化があるまで水森の事は保留にしておけ。真実を押しつけるのが正しいとは限らない。彼女を見てそう思っただけだ。邪魔したな」
伝票を取って後藤は席を立った。










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