刷り込まれた記憶 ~性奴隷だった俺

希京

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恋心

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状況が理解出来ない。

黒部の暴走を止めるために戻ってきたのに遅かった。

佐伯の目の前に、目が窪んで赤い骸骨のような長谷川が横たわっている。そしてもうひとり、返り血を浴びてナイフを握りしめている黒部。

「もう自由です、佐伯さん。長谷川に支配される人生は終わりです」
人を殺したのに安堵感を漂わせている言い方が不思議で、佐伯はとっさに返答できない。
制服警官に手錠をかけられて外に連れ出される黒部をすり抜けて、ベテラン風の刑事が入ってきた。
「佐伯拓海さんですね、お話聞きたいのですが」
「……」
まるで全てを知っている風な刑事に、佐伯は少し疑惑を持ったが、逆らえば余計厄介になると判断して同意した。

場所を警察署に移して、佐伯と刑事がデスク越しに対面する。

「店長のあなたが部下に命令してやらせた…わけじゃないんですよね」
やはり何か知っているのか、聞くことはなくイエスかノーのみの回答が欲しそうだった。
「改めてあなたの口から全容を話してくれませんか」
「何を話せばいいんですか?俺もまだよくわかってないです」
「黒部佑は長谷川数博に恨みでもあったんですか?仕事でトラブルは起こしてないようだが」
「俺の気持ちを忖度したんだと思います。判断は自分がするから一人で動くなとは言ってたんですが、まさか…」

黒部の心は佐伯を崇拝する熱狂信者のようだった。自分を拾ってくれた事に恩を感じて、それが肥大していった。
「俺の身代わりになった。はじめはそれでよかったんですが、俺も考え方は変わる。そこで微妙に行動がズレていきました」
「……」

納得できない様子の刑事は、腕を組んで背もたれに重心を置く。
「ではあなたは関係ないと」
「いえ、俺のせいです。曖昧にしておきたかったんですが、黒部は白黒はっきりしたかったみたいなので」
「高校時代、長谷川たちに虐待を受けてましたね。あの時訴えてくれればこちらも動けたのに。そうしたら今頃」
「悪い人を好きになったらダメなんですか?」
「…え?」
「確かに長谷川さんは悪い人です。でも俺は恨んでいないし好きでした。黒部はそんな俺が優柔不断に見えて歯がゆくなって行動に出たのかもしれない」

事件に関係あるから聞いているが色恋沙汰は正直どうでもいい。
「ではあなたが直接指示を出したわけではなく、黒部佑の単独犯でいいんですね?この件に関しては」
「そうです」
佐伯はうつむいて感情のない言葉を吐く。
忠義を抱くのは自由だが、そこまでやってくれるなというふうに刑事は受け止めた。自分の保身だけで黒部をかばう言葉がないのが刑事の癇に障る。

「佐伯さんには長谷川しか見えていないって事ですか」
開き直りなのか、佐伯は深く頷く。
「わかりました。後日またご足労願うかと思いますが、今日はこれで結構です」
無表情で立ち上がり、すっと去っていった佐伯を見て、水森と比べる。
どいつもこいつも頭の病気だ。黒部の主観的な考えを聞いて納得するしかないと思って、刑事も立ち上がった。


「あーあ、上手くいかないもんだ」
長々と話していた通話を切って、後藤は自分も座っているソファにスマホを投げる。
「黒部くん欲しかったのに。若さかなあ、長谷川を殺してしまうなんてさ」
大袈裟に言うわりには口調が軽い。

「それよりあなたも重要参考人扱いになりますよ?」
真正面に座っている男が冷静に言う。黒いシャツにスラックス。少しやつれたが相変わらず綺麗な顔。
「俺?黒部くんのこと詳しく知らないからなあ」
「けしかけたの貴方でしょう」
「話をしただけだよ、水森。あんたと組ませて次の仕事まかせるつもりだったのに」

ふざけた口調で話す後藤をじっと見る。そんな話を黒部が了承するわけがない。
「佐伯が動かないと、彼も動かないと思うんですが」
「だからセットで勧誘した。佐伯くんは後々切ればいいと思ってたけど、黒部くんもちょっと面倒みてもらっただけですごい恩義を感じるんだね。佐伯くんを利用するの、長谷川もチョロかっただろうな」
「……」
「真似して俺も人に手を伸ばしてみたけど、水森は俺に恩なんか感じないだろう?利用してやるくらいの気持ちで来たじゃない?」

全てを捨てたくなって消えようと思った時、目の前に現れたのが後藤だった。
小泉翔を失った衝撃で冷静に判断できず、その手を掴んでしまった。
「助けてもらって感謝してます。消えたかったけど、行くあてはなかったので」
「最近はさ、いろんな事に興味が湧いてくるんだ。例えば自分にひどい仕打ちをした相手を好きになる心理とか」

綺麗な顔に笑みを浮かべて後藤は頭の後ろをかいている。
「それで行方不明な人間使って実験しようと思ったわけ」
「……?」
水森は眉をひそめる。ドアが開く音が聞こえなかった。油断したつもりはなかったのに何故だろう。
ぞろぞろとガラの悪い男たちが入ってきて自分を取り囲んだ時、後藤の考えに気がついた。

「水森は翔子ちゃんか黒部くん、どっちになるかな?」
立ち上がろうとした水森の体を背後から誰かの腕で押さえつけられた。
「まずは同じ仕打ちを受けて最初の衝撃を感じてみろ」
「冗談じゃない…!誰がそんなっ……」
「自分だけ逃げ切ろうなんて、そう上手くはいかない」

後藤はゆっくり立ち上がって、自ら寝室につながるドアを開けてふざけた仕草で部屋にエスコートしている。
両腕を掴まれて引きずられていく水森を面白そうに後藤は眺めている。それを水森は睨み返すが逃げられない。
「離せっ…!やめ…ろ!!」
「翔子ちゃんもそう言って叫んでたろうね、最初は」
「……!」
「後で感想聞かせろ」
後藤は好奇心を隠しきれない笑顔でドアを閉めた。
リビングに移動して後藤は煙草に火をつける。寝室から悲鳴が聞こえるが、それが調教の度合いを示している。
しばらくすると悲鳴は聞こえなくなり静かになった。





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