刷り込まれた記憶 ~性奴隷だった俺

希京

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ペルソナ

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まだ暗いうちに後藤は目を覚ました。
早く起きる必要がない生活なので損をした気分になり、もう一度惰眠を貪ろうとした時、ふと隣に眠る水森が気になった。

白い顔。

もともと綺麗な顔の男だが、生気がない。
不安になって跡をつけた首筋に指を置くと脈を感じなかった。
「…おい」
揺さぶった身体が固い。眠っているだけに見える顔は、何の感情も表さないまま目を閉じている。

翔子チャンが水森を連れていったんだな。

自分には似合わない非科学的な事で納得する。この世でひとつくらい不思議なことが起きてもいいだろうと思いながら警察に連絡した。


「はい、鍵」
開店時間に佐伯は不動産会社を訪れて西田から新しい部屋の鍵を受け取り、彼の運転で家具を揃えるために店を回ることにした。
生活するための家電、食器、寝具、服。今までは長谷川が借りていた部屋に揃っていたが、自分のものは何も持っていない。
後藤の図らいで家賃も含めて全て西田が請け負う事になった。
大型家電販売店に二人で訪れてぐるりとまわりを見る。目を輝かせてきょろきょろしている佐伯を、西田は苦笑いでながめている。

「どれから行く?」
とりあえず近くに展示してあるものから見ていく。勤務時間中の西田はスーツ姿、今の所何も決まっていない佐伯はラフなジーンズ姿で、ちぐはぐな男ふたりを店員がチラチラ見ているのを感じるが、佐伯は気にせず奥に進んでいった。
テレビがずらりと並ぶ横のスペースで冷蔵庫と洗濯機を見る。人の金で買うのだから値段なんか気にしない。
好き勝手に身体を弄んだ西田が悪い。
商品を見ながらなんとなくテレビも横目で眺めていると、壁一面に並ぶテレビ画面に知っている顔と説明のテロップが映し出された。

「これ、後藤さん?」
後ろについてきていた西田が小声で呟く。

水森の死と、画面には警察に連行される後藤の姿があった。
殺人事件でもないのにどうしていきなり逮捕されるのか佐伯にはわからない。行方不明だった水森が後藤のマンションで死体で発見された事も意味がわからず、テレビ画面の前で動けなくなった。

「後藤さんの立場だと一発アウトだね」
「え?」
「微罪でも、何なら無実でも引っ張られる」
どうしてと佐伯が聞くと「ヤクザだから」と言って西田はその場を離れた。

だから辞めたくて焦っていたのか。ここにきてようやく後藤の葛藤を理解したが、感傷はない。
クズの末路だ。
前に風呂場で激しく犯されたことを思い出す。暴力と優しさを使い分けて生きている男。
自分で手を下さなくてもどんどん堕ちていく。黒部が仕掛けた罠もあるがだいたいは自滅していった。犯した人間はまだたくさんいるが数が多すぎて雑魚はどうでもよくなっている。生き方を改めない限りどうせロクな人生を歩まないだろう。

笑いをこらえているような佐伯の顔を、西田は不快に感じて眉をひそめる。
「そんな顔しなくてもいいだろ」
「…は?」
「少しでも知ってる人の不幸を喜んで眺めるのはどうかと思うけど」
「俺を犯して遊んでいた連中だ。嬉しいに決まってるだろう!」
たくさんの客がいるフロアで佐伯は叫んだ。
「お前だってそうだ。何綺麗事言ってんだよ。俺の体をさんざんしゃぶって善人気取りか!」
「ちょっと…佐伯くん落ち着いて」

まわりの視線に気がついて佐伯をなだめる。何もこんな所で鬱積を爆発させなくても後でいくらでも聞くから黙って欲しかった。

水森と後藤のニュースが流れたのはほんの一瞬で、すぐにどうでもいい情報番組が始まる。
「お前ら全員罪の意識がないからそんな事言うんだよ」
西田の何かが切れる。捨て台詞を残して移動しようとする佐伯の腕を掴んだ。

「だったら他人を利用しないで自分で復讐すればよかっただろう。お前だって他人の好意を利用して、使えなくなったら捨てた」
佐伯は西田の腕を振りほどく。
「なら今から自分で動く。手始めに被害届を出そうか。西田って男に暴行されましたって。あの部屋まだ体液の痕跡あるんじゃないか?」

西田の顔が硬直した。佐伯という男はこんなふてぶてしい人間だったか。
「これ」
指差す方向に、一番大きなテレビがあった。
「あんな狭い部屋にこんなのいらないだろう。ほかの家具入らなくなるよ?」
気を散り直して大人らしく冷静な意見を言うが、佐伯は指差したまま動かない。
「欲しくなった。それとこっち」
一人暮らしには似つかわしくない大きな冷蔵庫。

「だから、部屋に入らないって」
何考えてんだこいつ、そう思った時佐伯の思惑に気がついた。

自分の生活必需品を選んでいるのではなく、西田の金をむしり取る行為。
口止め料として断れないだろう、佐伯の顔がそう言っていた。
「加害者はさ、自分がしたことを覚えてないけど、やられたほうは忘れない。それが恨みになって憎悪が膨らんでいく」
「……」
「西田さんは俺を犯した事に心が痛んだことないだろう?それなのに後藤や水森には同情しろなんて言う。出来ると思う?何年もあいつらの性奴隷にされていた俺が」
佐伯の目が妙な光を宿して爛々としている。

「欲しいのはこれだけ?」
カードを取り出しながら、それ以上佐伯を諌める言葉を言わなかった。
「…冗談ですよ」
ふっと表情を緩めて佐伯は笑った。
人生の2年間を地獄に変えた連中だがひとこと謝ってくれればここまで恨まなかったのに、誰一人謝罪を口にした者は人間はいなかった。
長谷川がいつか「ごめん」と言ってくれるのを待っていたが、もし殺されなかったとしても未来の彼は変わらなかっただろう。
会った事のない小泉翔という先輩が羨ましい。長谷川と自分はそんな関係にはなれなかった。どうしていたら愛されたのか、答えはわからない。
苦い思いだけ残る、ただの片思いだった。

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