金は天下で回らない

希京

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疑問~姉の本性

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いつまでも座り込んでいる美加を、角川は抱き上げてダイニングまで連れていく。
「どうぞ」
角川は美加が座ったテーブルの前に、紅茶とジャムが入って小さな小皿を置いた。
あれだけ酷い現場を見た後なのに、美衣は平気な顔でトーストをほうばっている。

病気のせいで感覚が鈍っているのか、元々そういう血の現場に強いのかよくわからない。

未知が人を殺した。それを警察に通報するかどうするか。
姉がいなくなれば、自分でお金を稼ぐことができない美加は詰む。まだ大学生の美衣は退学するしかない。

何もなかった事にしよう。今から貧困にあえぐ生活は想像できない。

血の臭いが充満している部屋の換気のため、未知と角川は窓を開けている。

「美衣さん、よく最後まで見てましたね」
角川が驚きの声をあげる。精神を病んでいるせいか現実感が薄かったのだろうか。
「未知姉さんがかっこよかった。どきどきした」
「あれをカッコイイなんて思ってはダメです。あの『仕事』はこれが最後です。これからは親が残してくれた遺産で生きていこうと思います」

ダイニングで立ったままエナジードリンクを飲みながら未知が答えた。
「遺産ってどんなものがあるの?」
スプーンですくったジャムを口に含んで、美加が紅茶をひとくち飲んでから質問する。
「マンションやアパート、現金や株券。私達のためのおこづかい。あと何があったかな…」
未知が首をかしげて思い出そうとしている。そんなにあるのか。人を不幸にして得たお金が。
「お母さんはどうなるの?」
「それは会計士や弁護士に頼んであるけど、少し時間がかかると思う。そのうちはっきりするわ」

母の話を出すと、未知は機嫌が悪くなる。ドリンクを飲み切って『缶』のゴミ箱に荒々しく投げ捨てた。
「もし…もし未知がやった事が警察にバレたら……」
「被害者は日陰の人間だし叩けば埃が出るチンピラばかり。そっちの捜査が進むだけよ。私は善意の第三者」

未知は肝心の所で話をぼかす。
美加は怯えているが美衣にはわからなかった。

「…ねえ」
テーブルの真ん中に置いてあるかごの中のパンに手をのばした未知に、美加が聞く。
「さっき本気で私を殺すつもりだったの?」

「もちろん」
そう言ってクロワッサンを2つに割った。

もちろん、何?
殺してた?はずしてた?

「殺すつもりだったの!?ねえ!!あんなの当たったら即死よ!!」
バン!とテーブルに手をついて立ち上がり、未知を詰めた。
美衣の目が上目づかいになり、ふたりの姉を見る。
煮えきらない答えに、美加の手が振り上げられた。
「!?」
その細い手首を掴んで角川が止めた。

「未知さんは全てを背負っているんです。感情的になっても意味がない」
「じゃあ未知は冷静にあの硬い金塊をなげつけてきたっての?」

今まで自分の家がどんな事をしていたのか知らされず、わがままいっぱいに育てられた結果こうなった。
美加の声は止まることがない。今度は未知が立ち上がる番だった。

ウェーブのかかった美加の髪を鷲掴みにして、空気を入れ替えるために開け放っている窓まで引きずっていった。
「痛い!いた…、離して!」
「謝れ」

上半身を外に出されて、未知は最後通告をする。
怖い。こんな人知らない。
いつも優しい姉しか、私は知らない。

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