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後編
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しおりを挟む「こんにちは。下駄屋のご主人ですよね?」
「ええ、そうですよ」
「僕は倉科といいます。師範学校の学生です。それからこの人は絵描きをしてるんです」
僕は正直に橋で芙美さんらしき姿をみかけ、絵に描きたいのだと主人につげた。
主人はすぐに皮肉めいた怒り顔になった。
あなたたちは私をからかってるのかと。
僕がなにか言い訳しようとすると、横から石動氏が割り込んだ。
「ご主人。芙美さんは亡くなった日に芙蓉柄の鼻緒の赤い下駄をはいてませんでしたか?」
「なぜそれを?」
「見たのです。信じてもらえないかも知れませんが。そして僕は画家としてあのかたの姿をどうしても絵にうつしとりたいのです。芙美さんの心を」
「…………」
僕の言い訳まじりの尋問より石動氏の嘘偽りない一言は響いた。
下駄屋の主人はまもなく、それできみたちはなにが聞きたいのだと僕たちにたずねた。
下駄屋のご主人の語ったことは以下になる。
40年前ご主人と芙美さんはたしかに恋仲だった。
ひとめをしのんで日曜の晩だけこの橋のむこうにある池のほとりで逢瀬をかわしていた。
ところが誰が告げ口したのかふたりの仲は明らかになり、ご主人の親によって裂かれた。
芙美さんが亡くなったのは雨の降る日曜の宵だった。
「あの晩を最後の逢瀬にしようといっていたのです。わたしは彼女を待ったけどついには現れなかった。翌日彼女の遺体が川から上がったと聞いたのです。きっとわたしを恨んであてつけに身を投げて……」
どうせああなるなら駆け落ちでもすればよかったという。
死ぬほど憎まれたすえ永遠に別れることになってしまうくらいだったらと。
主人は今年60歳になるがいまだ独身だ。
後継は妹の息子に決めている。芙美さんを亡くしてから誰も好きにはならなかった。
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