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しおりを挟む……——「ええ、そう。お食事のお相手をしたらすぐに帰るわ」
「そうですか……でも、男のかたなんですよね?」
「例のカーリンの旦那さまだから大丈夫」
そうなんですね、と電話のむこうでメイドのマーヤは少し安心した声を出した。
ノア氏に夕飯に誘われたのだ。
断り方を知らないから素直に従った。レストランの電話を借りて一応屋敷に連絡をした。
席に戻ると料理が運ばれてきた。コースではなく、ここは一品料理をだす店らしい。
市民がくる店なのだ。今日は軽装でよかった。
「はじめて来ました。こういうところ」
「そう?にしては落ち着いてる」
「ノアさんはよく来るんですか?」
「来るよ。好きだから」
ノア氏は下町を歩くのが趣味なのだという。
街で文筆家や画家や俳優などの文化人とふれあったり、平民の文化に触れるのが好きなのだと。
「めずらしい趣味ですね」
「よく変人だって言われる。でもきみも変わってるよね?」
「……そうでしょうか」
「つまらなそうな顔してるよね」
「劇の話ですか? 話が難しくてよくわからなかったので……」
「そうじゃなくて」
手元も見ずにナイフとフォークが食器の上をすべる。
彼だけ食事の作法が周囲とちがう。兄やカーリンと同じ生まれついての貴族だ。街の探索が趣味だというけど、彼はきっと自分が思う以上に異邦人だ。
「ナナはカーリンとちがうと思う。他の上流のお嬢さまとも」
「……バレてますか。私の母は貧民です」
「ちかう、ごめん、そういう意味で言ったんじゃない」
じゃあどういう意味なのだ。私は早とちりで口を滑らせた。
カーリンの夫に出自を知られた。勘づかれたと思ったから明かしたけど、バレないままならそのほうがよかった。
庶子の分際でカーリンに近づくなと思われただろうか。ノア氏は温和そうな人だから態度に出さないだけで。
部不相応な友人付き合いをしていると自分が一番わかってる。
「でも、そうか……お母上はハレノ前伯爵夫人じゃないんだね」
「はい。でも小さい頃に亡くなったので、どういう人か私もくわしくは分かりません」
「そう」
大体の予想はつくけど。私にもわかることは彼にもわかるだろう。だから余計なことはいわない。
「きっと綺麗な人だったんだろうね」
「えっ?」
「きみとエミル伯爵はあまり似てない。だからきっときみはお母さん似だね」
「それはたしかにそうかもしれません」
「あはは、生真面目な所は兄妹で似てるよね。口説いてるんだけど伝わってる……?」
おどろいて彼の顔を見た。カーリンの屋敷ではじめて会った時と変わらず、柔らかい笑顔で彼は笑っていた。
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