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第十八話 これがホントの異世界転生
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【0.07秒でわかる前回のあらすじ】
車にひかれた。
✴︎
衝撃と共に身体が宙に持ち上がる感覚があり、そこで私の意識は途絶えた。
……どれくらいの時間が経っただろうか。
気がつくと真っ白な空間にいた。見回しても360度何もない。頭上も足元も全てが白い。ここはどこだろう。確か車に轢かれたハズだが……。
私は考えても分からないことは無理して考えない質である。時間を無駄にしたくないので、とりあえず体操座りをして指のムダ毛を爪で挟んで抜くことにした。学生時代も退屈な授業や講義の間によくやったものだ。持っていた通勤カバンやスマートフォンが見当たらないので、これくらいしかやることがないのである。
集中して取り組んだために左手の指のムダ毛はすっかりなくなり、つるっつるのピッカピカになった。もう、指モデルとかも出来ちゃう勢いである。時間の感覚が無いのでさっきから何分経ったかわからないが、ふと顔を上げると小さな光が見えた。
世界が白いせいで遠近感もへったくれも無く光源までの距離がわからない。しかし光が徐々に大きくなってくるところを見ると、段々近づいて来ているようだ。怖っ。光ってるってことは、例えば井手ら◯きょの頭部とかかな?
光が気になるところだが、左手だけつるっつるだとすこぶるバランスが悪い。私は今度は右手の指のムダ毛処理を始めた。右利きなので時間がかかる。
しばらくして、下を向いていてもやけに眩しいと思い光の方を向くと、光が随分強くなっていた。さらにそちらから声が聞こえた。
──気がつきましたか。
私はまた視線を指に戻し、ムダ毛を抜き始めた。もう少しで右手もコンプリートできそうなのだ。
──無視しないで下さい。
すると声は懇願してきた。やはり私に話し掛けているようだ。また私は無視した。集中している時に邪魔が入ることほどストレスフルなことはない。
そしてついに両手の指のムダ毛処理に成功した。ノン指毛! すごい達成感!!
──終わりましたか。
声はなかなかしつこい。しかし指毛を滅するのが一段落するまで待ってくれていたのだから、問いに答える義務があるだろう。
「はい。お陰様でつるっつるになりました」
──この空間で指毛を抜くという行為を行ったのはあなたが初めてです。
「それよりここはどこですか?」
当然の質問をしたが、そこで重要なことに気が付いた。今朝は寝坊したせいでスッピンなのだ。この光に強い紫外線が含まれるとしたらお肌へのダメージがハンパないであろう。何しろ至近距離すぎる。日焼け止めで保護されていないお肌は無防備なのだ。お肌の曲がり角年齢をとっくに超えている私は光に背を向けた。
──どうして後ろを向くのですか?
光は質問を質問で返してきた。
「日焼け止めクリームを塗っていないからです。肌の老化によるシミシワソバカスを防ぐ為です」
──大丈夫、あなたの実体はここには無いのですから。日焼けなんかしません。あなたは中崎市の路上で車に轢かれました。その直後に時間を止めてます。そしてあなたの魂だけをここに呼んだのです。ここはどこでもない場所です。
なんか知らんけど抽象的な話をしている。いや、それよりも聞き捨てならないことを聞いてしまった。私は凄い勢いで振り向いて尋ねる。
「え……と言うことは、指毛を抜いたのは無駄になったんですか?!」
私は魂の指毛を抜いていたことになるのだろうか?
──そういうことになりますね。
「何で魂の指毛を抜いてる最中に教えてくれなかったんですか?!」
なんで勿体ぶるようにゆっくりゆっくり近づいて来たんだよ……。そもそも何なんだ、魂の指毛って。
──いや、無視したのはあなたでしょう。
それもそうなので、私は指毛に関するやるせなさを無理やり忘れることにした。
「まぁ、そうですけど……。というかあなたは誰なんですか?」
──わたしは異世界転生の女神です。あなたはこれから死ぬでしょう。わたしはあなたを異世界に転生させようと思ってここに呼んだのです。
異世界転生……。今流行りのアレか。良く知らんけど「ハーレムの私ツエー。アレ? 私またなんかやっちゃいました?」とかそういうアレなのだろう。しかし私は死ぬのか……スッピンなのに……まだ鬼滅の刃、一巻も読んでないのに……。
「私、死ぬんですね……」
思わず私は呟いた。
──まぁ、あれだけ吹っ飛んでたら死ぬんじゃないですかね?
「まだ確定してないんですか?!」
──いや、時間を一時停止するタイミングがちょっと早かったみたいで……。
女神が雑過ぎて嫌だ。
「仮に私が確実に死ぬとして、私を何故選んだんですか?」
私は選ばれし存在なのだろうか。だとしたらちょっと鼻が高い。
──実は今日、私は非番なんですけど、フワフワ散歩してたらいきなりあなたが轢かれるから、職業病なんですかね、つい時間を止めてしまったんです。うわ、轢かれたよマジで、私の目の前で! うわーっ!! って興奮しましたね。だから非番なのに仕事する気になっちゃいましたよ。あと三人で今月のノルマ達成なんですから!
「女神ってシフト制なんですか?」
しかもノルマ制……。
──そうです。聞いてくださいよ私、非正規から正規雇用になったばっかりなんですよ。すごいでしょ! これでやっと実家から出られます! 親からも「孫の顔も見せてくれんし、仕事も中途半端だし、死んでも死に切れない」って事あるごとに言われてたから居心地が悪くて……
「私の中の女神のイメージを壊さないで下さい」
正社員になった喜びをここで弾けさせないで欲しい。
──話を戻しましょうか。はい、これ。
これ、と言われても光が眩しくて何も見えない。
「眩しくて見えません、サングラスか何かないですか?」
──そうでした。でも今日は非番だからこれしかないんです。
渡されたのは日蝕なんかを観察する際に使う黒い下敷きだった。下敷き越しに見ると、前方に伊勢エビ、カイガラムシ、天ぷら(サツマイモ)、正露丸が並べてあった。女神自身の姿は見えない。なんか抽象的な存在なのだろう。知らんけど。
──非番だから今はこれしか無いのです。
「意味がわかりません」
全くわからない。並べられたもの達の共通点を探したが、見つけることが出来ない。
──あなたにはこの4つのうちのどれかを選択して頂きます。つまり、伊勢エビ、カイガラムシ、天ぷら(サツマイモ)、正露丸のどれかになって異世界へ転生するのです。
半分は生き物ですら無い。
「この4つのチョイスはどうやってなされたんですかね?」
──伊勢エビ、カイガラムシ、天ぷら(サツマイモ)、正露丸の頭を取ってみて下さい。異世界転生になるでしょ。
「だから何なんですか」
──今夜異世界転生部で、私が正規雇用されたお祝いをしてくれる予定なんですけど、その飲み会で一発芸をしなきゃいけないんです。面白いでしょ? 「これがホントのイセカイテンセイ!!」って。
「すっごく面白いですね……ハハッ……」
私の中の女神のイメージは完全に崩壊した。
──さっきも言いましたが今日は非番なので異世界転生セットを持ち合わせていないのです。これで我慢して下さいね。いつもならボンキュッボンの女子力満点美女とかクルーザーを多数所有する大富豪とか、あなたの人生には全く無縁だった人々を多数取り揃えておりましたのですけど。
「聞きたくなかったです……」
何かさりげなくディスられた気がする。そもそもプライベートと仕事ははっきりと分けるべきなのだ。何というプロ意識のなさ。女神の異世界転生部の正社員登用試験がユルいのだろうか。
私は並べられた4つの選択肢から何を選ぼうか真剣に考えることにした。次の人生が懸かっているのだ。
伊勢エビとして、高級食材として捕獲されることに怯えながらも浅瀬でのスロー・ライフをエンジョイするか。
カイガラムシとして、植物の天敵と罵られながら固着生活を送るか。
天ぷら(サツマイモ)として、塩をまぶされ又は天つゆにつけられ又はそのまま食されるか。
正露丸として、腸に対して有効作用を発揮するか。
……数分後、私は決意と共に叫んだ。
「はらたいらに全部!! ……じゃなくて、伊勢エビに決めました! 消去法で!!」
寿命が一番長そうだし、自由に動けるのはこれだけだ。こうなったら伊勢エビになって腰が曲がるまで天寿を全うしてやろう。
──分かりました。では、いきますよ……
すると私の姿は伊勢エビへと変化した。
「ギイィィ。ギイィィ」
当たり前だが話せない。だが関節を曲げる事で音を発することが出来るようだ。
──検討を祈ります。異世界へと送りますね。
「ギイィィ。ギイィィ」
そう言われても心の準備が……。抵抗しようとして関節をやたら動かしていたら前方に思いっきり跳ねてしまった。前方には光る女神が! ぶつかる!! 私が光の中へ飛び込むと、
──ぎゃあぁあぁあぁぁぁ!!!
女神の断末魔のような悲鳴が白い世界に響き渡った。
──私、重度の甲殻類アレルギーなんです!!
「ギイィィ。ギイィィ(抽象的な存在のクセに何で甲殻類アレルギーなんだよ!!)」
私は関節を軋らせ突っ込んだ。
……次の瞬間、私は宙に浮いていた。動いてもさっきの関節ギィギィが鳴らないので人間に戻ったのだろう、つまり中崎市の路上で轢かれた瞬間に戻ったのだろうと一瞬で判断した私は、数秒間伊勢エビだった経験を活かしてピチピチと跳ねた。
すると素晴らしいひねりや旋回と共に歩道に着地する事が出来た。出ましたウルトラC!! 体にはどこも異常は無いようだ!!
私を轢いた車からおばちゃんが降りてきた。
「大丈夫ですか?!」
「はい。それより見ました? 私のウルトラC」
「そんな死語使うってことは頭を強く打ったんですね!?」
「そんな冗談はヨシオ君! ホント、大丈Vですんで!」
「やっぱり頭を打ったんですね! 救急車! 救急車!」
「いやいや奥さん! ホント大丈夫ですんで!」
「いやいやいや」
「いやいや奥さん、ここは私が払いますって!」
「いやいやいや、ここは私が!!」
「あらダメよ! 私が払います!」
「いやいやいやいや!」
警察とか救急車を呼ばれそうになったが、元伊勢エビの私は無傷を証明するために、おばちゃんの車の周りを欽ちゃん走りで一周して事なきを得た。
そして私はおばちゃんに側のコンビニでコーヒー牛乳を奢ってもらい連絡先を交換して職場に向かった。
コーヒー牛乳を職場について一気飲みしたら、指毛に目が留まり少し悲しい気持ちになった。が、コーヒー牛乳の美味しさによりその感情は打ち消された。
あの女神のアレルギー症状はあの後どうなったかな、飲み会の前に悪い事しちゃったなと考えていたら仕事でミスをして上司に叱られた。だから異世界転生はもうこりごりなのである。
車にひかれた。
✴︎
衝撃と共に身体が宙に持ち上がる感覚があり、そこで私の意識は途絶えた。
……どれくらいの時間が経っただろうか。
気がつくと真っ白な空間にいた。見回しても360度何もない。頭上も足元も全てが白い。ここはどこだろう。確か車に轢かれたハズだが……。
私は考えても分からないことは無理して考えない質である。時間を無駄にしたくないので、とりあえず体操座りをして指のムダ毛を爪で挟んで抜くことにした。学生時代も退屈な授業や講義の間によくやったものだ。持っていた通勤カバンやスマートフォンが見当たらないので、これくらいしかやることがないのである。
集中して取り組んだために左手の指のムダ毛はすっかりなくなり、つるっつるのピッカピカになった。もう、指モデルとかも出来ちゃう勢いである。時間の感覚が無いのでさっきから何分経ったかわからないが、ふと顔を上げると小さな光が見えた。
世界が白いせいで遠近感もへったくれも無く光源までの距離がわからない。しかし光が徐々に大きくなってくるところを見ると、段々近づいて来ているようだ。怖っ。光ってるってことは、例えば井手ら◯きょの頭部とかかな?
光が気になるところだが、左手だけつるっつるだとすこぶるバランスが悪い。私は今度は右手の指のムダ毛処理を始めた。右利きなので時間がかかる。
しばらくして、下を向いていてもやけに眩しいと思い光の方を向くと、光が随分強くなっていた。さらにそちらから声が聞こえた。
──気がつきましたか。
私はまた視線を指に戻し、ムダ毛を抜き始めた。もう少しで右手もコンプリートできそうなのだ。
──無視しないで下さい。
すると声は懇願してきた。やはり私に話し掛けているようだ。また私は無視した。集中している時に邪魔が入ることほどストレスフルなことはない。
そしてついに両手の指のムダ毛処理に成功した。ノン指毛! すごい達成感!!
──終わりましたか。
声はなかなかしつこい。しかし指毛を滅するのが一段落するまで待ってくれていたのだから、問いに答える義務があるだろう。
「はい。お陰様でつるっつるになりました」
──この空間で指毛を抜くという行為を行ったのはあなたが初めてです。
「それよりここはどこですか?」
当然の質問をしたが、そこで重要なことに気が付いた。今朝は寝坊したせいでスッピンなのだ。この光に強い紫外線が含まれるとしたらお肌へのダメージがハンパないであろう。何しろ至近距離すぎる。日焼け止めで保護されていないお肌は無防備なのだ。お肌の曲がり角年齢をとっくに超えている私は光に背を向けた。
──どうして後ろを向くのですか?
光は質問を質問で返してきた。
「日焼け止めクリームを塗っていないからです。肌の老化によるシミシワソバカスを防ぐ為です」
──大丈夫、あなたの実体はここには無いのですから。日焼けなんかしません。あなたは中崎市の路上で車に轢かれました。その直後に時間を止めてます。そしてあなたの魂だけをここに呼んだのです。ここはどこでもない場所です。
なんか知らんけど抽象的な話をしている。いや、それよりも聞き捨てならないことを聞いてしまった。私は凄い勢いで振り向いて尋ねる。
「え……と言うことは、指毛を抜いたのは無駄になったんですか?!」
私は魂の指毛を抜いていたことになるのだろうか?
──そういうことになりますね。
「何で魂の指毛を抜いてる最中に教えてくれなかったんですか?!」
なんで勿体ぶるようにゆっくりゆっくり近づいて来たんだよ……。そもそも何なんだ、魂の指毛って。
──いや、無視したのはあなたでしょう。
それもそうなので、私は指毛に関するやるせなさを無理やり忘れることにした。
「まぁ、そうですけど……。というかあなたは誰なんですか?」
──わたしは異世界転生の女神です。あなたはこれから死ぬでしょう。わたしはあなたを異世界に転生させようと思ってここに呼んだのです。
異世界転生……。今流行りのアレか。良く知らんけど「ハーレムの私ツエー。アレ? 私またなんかやっちゃいました?」とかそういうアレなのだろう。しかし私は死ぬのか……スッピンなのに……まだ鬼滅の刃、一巻も読んでないのに……。
「私、死ぬんですね……」
思わず私は呟いた。
──まぁ、あれだけ吹っ飛んでたら死ぬんじゃないですかね?
「まだ確定してないんですか?!」
──いや、時間を一時停止するタイミングがちょっと早かったみたいで……。
女神が雑過ぎて嫌だ。
「仮に私が確実に死ぬとして、私を何故選んだんですか?」
私は選ばれし存在なのだろうか。だとしたらちょっと鼻が高い。
──実は今日、私は非番なんですけど、フワフワ散歩してたらいきなりあなたが轢かれるから、職業病なんですかね、つい時間を止めてしまったんです。うわ、轢かれたよマジで、私の目の前で! うわーっ!! って興奮しましたね。だから非番なのに仕事する気になっちゃいましたよ。あと三人で今月のノルマ達成なんですから!
「女神ってシフト制なんですか?」
しかもノルマ制……。
──そうです。聞いてくださいよ私、非正規から正規雇用になったばっかりなんですよ。すごいでしょ! これでやっと実家から出られます! 親からも「孫の顔も見せてくれんし、仕事も中途半端だし、死んでも死に切れない」って事あるごとに言われてたから居心地が悪くて……
「私の中の女神のイメージを壊さないで下さい」
正社員になった喜びをここで弾けさせないで欲しい。
──話を戻しましょうか。はい、これ。
これ、と言われても光が眩しくて何も見えない。
「眩しくて見えません、サングラスか何かないですか?」
──そうでした。でも今日は非番だからこれしかないんです。
渡されたのは日蝕なんかを観察する際に使う黒い下敷きだった。下敷き越しに見ると、前方に伊勢エビ、カイガラムシ、天ぷら(サツマイモ)、正露丸が並べてあった。女神自身の姿は見えない。なんか抽象的な存在なのだろう。知らんけど。
──非番だから今はこれしか無いのです。
「意味がわかりません」
全くわからない。並べられたもの達の共通点を探したが、見つけることが出来ない。
──あなたにはこの4つのうちのどれかを選択して頂きます。つまり、伊勢エビ、カイガラムシ、天ぷら(サツマイモ)、正露丸のどれかになって異世界へ転生するのです。
半分は生き物ですら無い。
「この4つのチョイスはどうやってなされたんですかね?」
──伊勢エビ、カイガラムシ、天ぷら(サツマイモ)、正露丸の頭を取ってみて下さい。異世界転生になるでしょ。
「だから何なんですか」
──今夜異世界転生部で、私が正規雇用されたお祝いをしてくれる予定なんですけど、その飲み会で一発芸をしなきゃいけないんです。面白いでしょ? 「これがホントのイセカイテンセイ!!」って。
「すっごく面白いですね……ハハッ……」
私の中の女神のイメージは完全に崩壊した。
──さっきも言いましたが今日は非番なので異世界転生セットを持ち合わせていないのです。これで我慢して下さいね。いつもならボンキュッボンの女子力満点美女とかクルーザーを多数所有する大富豪とか、あなたの人生には全く無縁だった人々を多数取り揃えておりましたのですけど。
「聞きたくなかったです……」
何かさりげなくディスられた気がする。そもそもプライベートと仕事ははっきりと分けるべきなのだ。何というプロ意識のなさ。女神の異世界転生部の正社員登用試験がユルいのだろうか。
私は並べられた4つの選択肢から何を選ぼうか真剣に考えることにした。次の人生が懸かっているのだ。
伊勢エビとして、高級食材として捕獲されることに怯えながらも浅瀬でのスロー・ライフをエンジョイするか。
カイガラムシとして、植物の天敵と罵られながら固着生活を送るか。
天ぷら(サツマイモ)として、塩をまぶされ又は天つゆにつけられ又はそのまま食されるか。
正露丸として、腸に対して有効作用を発揮するか。
……数分後、私は決意と共に叫んだ。
「はらたいらに全部!! ……じゃなくて、伊勢エビに決めました! 消去法で!!」
寿命が一番長そうだし、自由に動けるのはこれだけだ。こうなったら伊勢エビになって腰が曲がるまで天寿を全うしてやろう。
──分かりました。では、いきますよ……
すると私の姿は伊勢エビへと変化した。
「ギイィィ。ギイィィ」
当たり前だが話せない。だが関節を曲げる事で音を発することが出来るようだ。
──検討を祈ります。異世界へと送りますね。
「ギイィィ。ギイィィ」
そう言われても心の準備が……。抵抗しようとして関節をやたら動かしていたら前方に思いっきり跳ねてしまった。前方には光る女神が! ぶつかる!! 私が光の中へ飛び込むと、
──ぎゃあぁあぁあぁぁぁ!!!
女神の断末魔のような悲鳴が白い世界に響き渡った。
──私、重度の甲殻類アレルギーなんです!!
「ギイィィ。ギイィィ(抽象的な存在のクセに何で甲殻類アレルギーなんだよ!!)」
私は関節を軋らせ突っ込んだ。
……次の瞬間、私は宙に浮いていた。動いてもさっきの関節ギィギィが鳴らないので人間に戻ったのだろう、つまり中崎市の路上で轢かれた瞬間に戻ったのだろうと一瞬で判断した私は、数秒間伊勢エビだった経験を活かしてピチピチと跳ねた。
すると素晴らしいひねりや旋回と共に歩道に着地する事が出来た。出ましたウルトラC!! 体にはどこも異常は無いようだ!!
私を轢いた車からおばちゃんが降りてきた。
「大丈夫ですか?!」
「はい。それより見ました? 私のウルトラC」
「そんな死語使うってことは頭を強く打ったんですね!?」
「そんな冗談はヨシオ君! ホント、大丈Vですんで!」
「やっぱり頭を打ったんですね! 救急車! 救急車!」
「いやいや奥さん! ホント大丈夫ですんで!」
「いやいやいや」
「いやいや奥さん、ここは私が払いますって!」
「いやいやいや、ここは私が!!」
「あらダメよ! 私が払います!」
「いやいやいやいや!」
警察とか救急車を呼ばれそうになったが、元伊勢エビの私は無傷を証明するために、おばちゃんの車の周りを欽ちゃん走りで一周して事なきを得た。
そして私はおばちゃんに側のコンビニでコーヒー牛乳を奢ってもらい連絡先を交換して職場に向かった。
コーヒー牛乳を職場について一気飲みしたら、指毛に目が留まり少し悲しい気持ちになった。が、コーヒー牛乳の美味しさによりその感情は打ち消された。
あの女神のアレルギー症状はあの後どうなったかな、飲み会の前に悪い事しちゃったなと考えていたら仕事でミスをして上司に叱られた。だから異世界転生はもうこりごりなのである。
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