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第二十九話 グッさんを救え!①〜騒音問題〜
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近ごろ隣人の騒音に悩まされている。
私の住む部屋は二階建てアパート一階の102号室で、隣の103号室はこれまで何度か登場した犬を飼っているおじいさんである。反対側の101号室は長らく空き部屋だったのだが、最近住人が入ったようだ。
その住人がすこぶるうるさいのである。
何をやっているのかわからないが、まるで何かか爆発したような音が朝も夜もなく鳴り響き、私の睡眠不足は日を追うごとにひどくなっていった。
世界征服を目論むマッドサイエンティストでも入居したのだろうか? 私の脳裏にボサボサの白髪と白髭を生やし瓶底眼鏡をかけ白衣を羽織った初老男性の姿が浮かんだ。
急にドカン! と来るもんだから手にした茶碗を落っことすこともたびたびあり、睡眠時間に加えて栄養も不足していく次第である。飼っているマングースのグッさんも怯えて隅で丸くなっていて可哀想だ。
なすすべもなく過ごしているうちに頭が朦朧としてきて、挙句の果てには上司(男)を「おっかさん」、社長を「シャチョさん」と呼んでしまう始末。このままでは仕事にまで支障が出てしまう。ほとほと困り果てた私は、大家さんに相談することにした。
「待っててね、グッさん。ぐっすり眠れるようにしてあげるから!」
「キュイィ~ン」
グッさんの濡れたつぶらな瞳が私を見つめる。最愛のペットである彼のためにも、人見知りなんて言っていられないのだ。
大家さんの住む二階へ向かうと、ちょうど彼の部屋のドアが開いた。
「あ、おもしれー女じゃん。どうしたのおもしれー女」
顔を出した大家さんは私を見て言った。
ちなみに私はおもしれー女なんかではサラサラなく、これはチャラ男である大家さんのただの口癖である。彼は常々「おもしれー熟女」だとか「おもしれーメスエンマコオロギ」だとか「おもしれー女性名詞」だとか言っているのだから、つまりこの口癖は「いやぁめっきり寒くなりましたねぇ」くらいの意味と解釈して良いだろう。
私はさっそく隣人の騒音について相談してみた。
「実はかくかくしかじかで凄~く困ってまして、それとなく迷惑だと伝えてもらえませんかね?」
「てか爆発音とかパねぇっしょ。そういや彼マッドサイエンティストだし、何かの実験でもしてんじゃね?」
「マッドサイエンティストなんですか?!」
まさか本当にマッドサイエンティストだったとは。良く入居審査が通ったものである。
大家さんはハッとした顔になった。
「個人情報的なヤツだから今のは内密にシクヨロ! まぁ大丈夫っしょ、今度注意しとくから。泥舟に乗ったつもりで待ってろし!」
「……よろしくお願いします!」
一抹の不安を覚えたが、彼に頼るしかない。私は期待を込めた目で彼の背中を見送った。
結論を言うと大家さん効果は抜群だった。
大家さんに訴えた翌日に騒音はピタリとやんだのである。おかげで濃くなりつつあった目の下のクマや頭の中の霞はすっかり消え、栄養は充実し、仕事でのミスも激減した。
「いやぁ、思ったより話のわかるマッドサイエンティストでよかったねぇグッさん!」
「キュインッ!」
めっきり体重が減っていたグッさんの毛並みの艶も回復してきた。嬉しい限りだ。
そんなある日の仕事帰り、大家さんとすれ違った。
「あ、おかえり。おもしれー女」
「その節はありがとうございます! おかげで良く眠れるようになりました!」
「うんうん。これで解決、みたいな?」
大家さんも嬉しそうだ。
「101の方のリアクションはどんな感じでしたか?」
「笑ってた」
「そうですか!」
少しホッとする。私が大家さんに訴えたことで、下手すれば逆ギレされてこれまで以上のご近所トラブルに発展する事態も想定していたからだ。
しかし大家さんはこう続けたのである。
「白目剥いて引き笑いしながら『さては102号のやつか…………102号め……恨み晴らさでおくべきかーー!!』」とか絶叫してた」
「怒りの最終形態じゃないですか……!」
「ま、とりあえず丸く収まって良かったんじゃね?」
彼の中での「丸く収まる」の定義とは一体……。
バレている。考えてみれば101は角部屋なのだ。隣室は私の部屋しかないから、苦情を出すとしたら高確率で102の私であると推測できるのだ。
それからしばらくは怯えながら暮らしたが特に報復を受けることもなく騒音もない。しかし二週間が過ぎ安心しかけたところでそれは起きた。
グッさんがいなくなったのである。
仕事から帰ると必ず玄関まで迎えに出てくるグッさんが、部屋のどこにもいない。
「グッさん! グッさん! どこ行ったの?!」
隅から隅まで探すがやっぱりどこにもいない。
彼の代わりに目に入ったのは開けっ放しとなった窓……。グッさんは一体何処へ……?
「グッさーーーーーん!!」
私の叫びは1Kの狭い空間に虚しく響いた。
私の住む部屋は二階建てアパート一階の102号室で、隣の103号室はこれまで何度か登場した犬を飼っているおじいさんである。反対側の101号室は長らく空き部屋だったのだが、最近住人が入ったようだ。
その住人がすこぶるうるさいのである。
何をやっているのかわからないが、まるで何かか爆発したような音が朝も夜もなく鳴り響き、私の睡眠不足は日を追うごとにひどくなっていった。
世界征服を目論むマッドサイエンティストでも入居したのだろうか? 私の脳裏にボサボサの白髪と白髭を生やし瓶底眼鏡をかけ白衣を羽織った初老男性の姿が浮かんだ。
急にドカン! と来るもんだから手にした茶碗を落っことすこともたびたびあり、睡眠時間に加えて栄養も不足していく次第である。飼っているマングースのグッさんも怯えて隅で丸くなっていて可哀想だ。
なすすべもなく過ごしているうちに頭が朦朧としてきて、挙句の果てには上司(男)を「おっかさん」、社長を「シャチョさん」と呼んでしまう始末。このままでは仕事にまで支障が出てしまう。ほとほと困り果てた私は、大家さんに相談することにした。
「待っててね、グッさん。ぐっすり眠れるようにしてあげるから!」
「キュイィ~ン」
グッさんの濡れたつぶらな瞳が私を見つめる。最愛のペットである彼のためにも、人見知りなんて言っていられないのだ。
大家さんの住む二階へ向かうと、ちょうど彼の部屋のドアが開いた。
「あ、おもしれー女じゃん。どうしたのおもしれー女」
顔を出した大家さんは私を見て言った。
ちなみに私はおもしれー女なんかではサラサラなく、これはチャラ男である大家さんのただの口癖である。彼は常々「おもしれー熟女」だとか「おもしれーメスエンマコオロギ」だとか「おもしれー女性名詞」だとか言っているのだから、つまりこの口癖は「いやぁめっきり寒くなりましたねぇ」くらいの意味と解釈して良いだろう。
私はさっそく隣人の騒音について相談してみた。
「実はかくかくしかじかで凄~く困ってまして、それとなく迷惑だと伝えてもらえませんかね?」
「てか爆発音とかパねぇっしょ。そういや彼マッドサイエンティストだし、何かの実験でもしてんじゃね?」
「マッドサイエンティストなんですか?!」
まさか本当にマッドサイエンティストだったとは。良く入居審査が通ったものである。
大家さんはハッとした顔になった。
「個人情報的なヤツだから今のは内密にシクヨロ! まぁ大丈夫っしょ、今度注意しとくから。泥舟に乗ったつもりで待ってろし!」
「……よろしくお願いします!」
一抹の不安を覚えたが、彼に頼るしかない。私は期待を込めた目で彼の背中を見送った。
結論を言うと大家さん効果は抜群だった。
大家さんに訴えた翌日に騒音はピタリとやんだのである。おかげで濃くなりつつあった目の下のクマや頭の中の霞はすっかり消え、栄養は充実し、仕事でのミスも激減した。
「いやぁ、思ったより話のわかるマッドサイエンティストでよかったねぇグッさん!」
「キュインッ!」
めっきり体重が減っていたグッさんの毛並みの艶も回復してきた。嬉しい限りだ。
そんなある日の仕事帰り、大家さんとすれ違った。
「あ、おかえり。おもしれー女」
「その節はありがとうございます! おかげで良く眠れるようになりました!」
「うんうん。これで解決、みたいな?」
大家さんも嬉しそうだ。
「101の方のリアクションはどんな感じでしたか?」
「笑ってた」
「そうですか!」
少しホッとする。私が大家さんに訴えたことで、下手すれば逆ギレされてこれまで以上のご近所トラブルに発展する事態も想定していたからだ。
しかし大家さんはこう続けたのである。
「白目剥いて引き笑いしながら『さては102号のやつか…………102号め……恨み晴らさでおくべきかーー!!』」とか絶叫してた」
「怒りの最終形態じゃないですか……!」
「ま、とりあえず丸く収まって良かったんじゃね?」
彼の中での「丸く収まる」の定義とは一体……。
バレている。考えてみれば101は角部屋なのだ。隣室は私の部屋しかないから、苦情を出すとしたら高確率で102の私であると推測できるのだ。
それからしばらくは怯えながら暮らしたが特に報復を受けることもなく騒音もない。しかし二週間が過ぎ安心しかけたところでそれは起きた。
グッさんがいなくなったのである。
仕事から帰ると必ず玄関まで迎えに出てくるグッさんが、部屋のどこにもいない。
「グッさん! グッさん! どこ行ったの?!」
隅から隅まで探すがやっぱりどこにもいない。
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