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月色の獣
馳せる想い1
そして無事に加世の嫁入りは決まった。
嫁ぎ先は実家より山二つ超えた人の足では遠い地に。
花嫁衣裳に美しく着飾った加世に皆は感嘆の声を、そして祝いの言葉をかけていく。
祝福が幾重にも与えられ、余計に衣装が重く感じるそんな中で、加世は心許無く供牙の姿を探していた。
「さすがに輿入れの場に、供牙を同行させる訳にはいかないだろう? 直ぐにあとからやらせるからどうか堪えておくれ」
加世はそんな父親の言葉を信じた。
彼女が嫁ぎ先の屋敷に着いた日も。
加世を娶った裕福な札差の主人が出迎え、その若い花嫁の美しさを喜んだ。
加世は待っていた。
生涯大切にすると言われ主人に破瓜を散らされた初夜も。
その屋敷では歳若すぎて周囲と馴染めなかった日々も。
そんな加世が周囲から冷遇され始めた毎日も。
ただ供牙を待っていた。
***
「……また供牙は騒いでいるのか」
「他の家畜達も、もうすっかりと怯えております。 なにせ供牙はあの体の大きさですから」
「あんなに賢く分別のある犬だったのに」
中庭へと続く障子を開け放した途端、犬の吠え声が耳に障って我慢がならない。
供牙のいる納屋を管理している庭師をその日も呼び出し、主人はどうにかならないものかと話をしていた。
「けれど旦那様。 供牙は加世様に会いたいのではないでしょうか? そもそも加世様が縁談を了承したのは、供牙を共に連れて行くという約束のはずでした。 供牙はいつも一緒にいた加世様が、心配なのではないでしょうか」
「私とて、約束を違える気は無かったのだ。 先方の主人が大の犬嫌いだと分かったのは輿入れの直前。 今更詮の無い事だ」
家柄も向こうの方がずっと上。
下手に機嫌でも損ねるのは、嫁に行った加世のためにも良くないのだ。
「……こんな理屈は所詮畜生には解らない事なのかも知れぬな」
そう思われても仕様が無い。
離れた屋敷での主人の声が供牙の耳には届く。
決して主人は悪意があった訳では無い。
それらを理解した上でも尚、供牙は抗っていた。
声の続く限りに吠えて不満を訴え、夜は遠吠えで加世の居る筈の方向へと咆哮を振り絞る。
なぜ自分がそんな事をするのか、供牙には解らなかった。
それらの疑問がある満月の夜に突然明かされる。
月の光のもとに縄に繋がれた自分の目が見下ろしている人の手と、それから人の足。
月下に透ける毛先が肩に落ちていた。
ああ、どうやら私は犬ではないらしい。
狂おしい程のこの激情も犬のものではないらしい。
供牙はそう理解した。
それなら私がする事は決まっている。
きつく結ばれた縄を指先で外し、納屋を出た供牙は自分が長年住んでいた家を振り返る。
入口の門戸に、薄紫の花をたたえた鉢植えがあるのに視線を止めた。
『わたくしは可哀想な事をしたのかしらね?』
自分が決めた主に忠誠心を捧げる事。
それは絶対と言っていいはずだった。
それでもこの血は、従うよりも護る事を選ぶ。
「ご主人様。 今まで世話になりました」
そんな彼の小さなひと言に気付く者は誰も居ない。
それはその言葉が終わるか終わらないかののちにまた元の姿。
狼に戻って闇の中を躍る様に走り始めた供牙の吼え声と混ざりあった為なのかもしれない。
嫁ぎ先は実家より山二つ超えた人の足では遠い地に。
花嫁衣裳に美しく着飾った加世に皆は感嘆の声を、そして祝いの言葉をかけていく。
祝福が幾重にも与えられ、余計に衣装が重く感じるそんな中で、加世は心許無く供牙の姿を探していた。
「さすがに輿入れの場に、供牙を同行させる訳にはいかないだろう? 直ぐにあとからやらせるからどうか堪えておくれ」
加世はそんな父親の言葉を信じた。
彼女が嫁ぎ先の屋敷に着いた日も。
加世を娶った裕福な札差の主人が出迎え、その若い花嫁の美しさを喜んだ。
加世は待っていた。
生涯大切にすると言われ主人に破瓜を散らされた初夜も。
その屋敷では歳若すぎて周囲と馴染めなかった日々も。
そんな加世が周囲から冷遇され始めた毎日も。
ただ供牙を待っていた。
***
「……また供牙は騒いでいるのか」
「他の家畜達も、もうすっかりと怯えております。 なにせ供牙はあの体の大きさですから」
「あんなに賢く分別のある犬だったのに」
中庭へと続く障子を開け放した途端、犬の吠え声が耳に障って我慢がならない。
供牙のいる納屋を管理している庭師をその日も呼び出し、主人はどうにかならないものかと話をしていた。
「けれど旦那様。 供牙は加世様に会いたいのではないでしょうか? そもそも加世様が縁談を了承したのは、供牙を共に連れて行くという約束のはずでした。 供牙はいつも一緒にいた加世様が、心配なのではないでしょうか」
「私とて、約束を違える気は無かったのだ。 先方の主人が大の犬嫌いだと分かったのは輿入れの直前。 今更詮の無い事だ」
家柄も向こうの方がずっと上。
下手に機嫌でも損ねるのは、嫁に行った加世のためにも良くないのだ。
「……こんな理屈は所詮畜生には解らない事なのかも知れぬな」
そう思われても仕様が無い。
離れた屋敷での主人の声が供牙の耳には届く。
決して主人は悪意があった訳では無い。
それらを理解した上でも尚、供牙は抗っていた。
声の続く限りに吠えて不満を訴え、夜は遠吠えで加世の居る筈の方向へと咆哮を振り絞る。
なぜ自分がそんな事をするのか、供牙には解らなかった。
それらの疑問がある満月の夜に突然明かされる。
月の光のもとに縄に繋がれた自分の目が見下ろしている人の手と、それから人の足。
月下に透ける毛先が肩に落ちていた。
ああ、どうやら私は犬ではないらしい。
狂おしい程のこの激情も犬のものではないらしい。
供牙はそう理解した。
それなら私がする事は決まっている。
きつく結ばれた縄を指先で外し、納屋を出た供牙は自分が長年住んでいた家を振り返る。
入口の門戸に、薄紫の花をたたえた鉢植えがあるのに視線を止めた。
『わたくしは可哀想な事をしたのかしらね?』
自分が決めた主に忠誠心を捧げる事。
それは絶対と言っていいはずだった。
それでもこの血は、従うよりも護る事を選ぶ。
「ご主人様。 今まで世話になりました」
そんな彼の小さなひと言に気付く者は誰も居ない。
それはその言葉が終わるか終わらないかののちにまた元の姿。
狼に戻って闇の中を躍る様に走り始めた供牙の吼え声と混ざりあった為なのかもしれない。
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