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第4話 空の決意
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『これウチの住所! マップ送るね』
『ありがとう』
『迎えに行かなくて大丈夫?』
『兄さんが送ってくれるから大丈夫!』
夏休み前の最後の土曜日、美蘭はメッセージアプリから自宅住所のマップを共有した。送信した相手は空だ。
美蘭は母に空を家に招待するように言われた翌日、病院帰りの彼にメッセージで連絡をした。一人で悩んでも全く答えが出なかったので正直に話して相談することにしたのだ。
それに対し空は『嬉しい! ぜひ遊びに行かせて』と快諾した。そして、昼休みを使ってふたりで話の辻褄を合わせ、今日を迎えた。
——ピーンポーン!
インターホンから明るい電子音が聞こえる。母がボタンを押し「はーい!」と家族と話すときより少し高い声で応答し、振り返った。
「美蘭! 空ちゃん来たから出て!」
「わかった」
母に急かされた美蘭が玄関のドアを開けると、そこには空が立っていた。いつもの人懐っこい笑顔で、いつもと違うことと言ったら私服を着ていることだった。大きめのTシャツにデニムのパンツ姿は今日の美蘭の服装とかぶっていたが、空の方がずいぶん輝いて見えたのは不思議だった。
「こんにちは。お邪魔します!」
「どうぞ」
美蘭がスリッパを用意しリビングへ案内すると、母が飲み物を用意しながら空のことを待っていた。
「初めまして。青柳空です。いつも玉子焼きありがとうございます」
「初めまして。美蘭の母です。会えて嬉しいわ!」
空が挨拶すると、美蘭の母は笑顔で答えた。彼女は高校に入って初めて連れてきた娘の友人に、学校生活が順調なのだろうと喜んでいるようだった。美蘭の胸が若干痛む。
空は「あ、あのこれ、良かったら食べてください」と少しだけ緊張した様子で持っていた白い箱を差し出した。箱には以前話していた、彼の家の近所にある美味しい洋菓子店のシールが貼ってある。
「ありがとう。空ちゃんて可愛いし気がきくいい子なのね。思った通り!」
「お母さん、可愛いはやめようよ」
美蘭はまるで空を女の子のように扱う母を嗜めた。すると、彼女は不服そうに息を巻いて反論する。
「だって可愛いじゃない! こんな美少女なかなかいないわよ」
母の言葉に、美蘭と空は目を丸くして固まった。どうりで話が噛み合わないはずだ。
「男子だから」と美蘭がつぶやくと、母は「え?」と口ではなく頭の上から出したような甲高い声で返事をした。眉をあげ目を見開き、口は半開きだ。それはまるでお笑い芸人のボケるときのお約束のような表情だった。
「あ、あの……僕、男です」
申し訳なさそうに眉を下げ、空が苦笑いで返事をする。美蘭の母は見開いた目をさらに大きく見開き、口を開け、腹の底から「ええええ!!」と叫びに近い声で精一杯の驚きを表現していた。美蘭は恥ずかしさと空への申し訳なさでそっと顔を伏せた。
その後、空が持ってきてくれたアップルパイを三人で食べてから、美蘭は空を自分の部屋へ案内した。二人は折り畳みのテーブルに向かって並んで座る。いつもは向かい合わせなので隣同士の距離感が思っていたよりも近く、美蘭は胸がソワソワするような不思議な感覚に陥った。
「ごめんね空。最初に男の子って言った気がするんだけど、勘違いしたみたい」
美蘭が気を取り直して母のことを謝罪すると、空は「ううん、気にしてないよ。よく間違われるしね」と笑っていた。ちょうど窓から差した光が彼を照らしていて、初めて保健室で出会った時のように輝いて見える。
「まあ、初めて見たときは私も一瞬混乱はした」
「ええ! そうだったの?」
「うん。制服着てなかったらずっと気づかなかったかも」
「それはショック!」
当時の話に空は口を尖らせ、拗ねているような表情を見せた。美蘭が苦笑いで平謝りし、話を逸らす。
「ごめんごめん。あ、そうだ、この前の病院はどうだったの?」
「あ、うん。やっぱり手術の話だった」
美蘭は自分の話のせいで、空と病院の話ができていなかったので気がかりに思っていた。難しいことはわからないが、持病が二つもあると大変なのではと心配もしていた。しかし、安易に手術をすすめるのも無神経ではないかと思い、なんと声をかけていいのか悩んだ結果「そっか……」とだけ呟いた。
「受けてみようと思うんだ」
「え?」
「夏休みなら学校もないし。美蘭、応援してくれる?」
意外にも前向きな空の言葉。彼は膝を抱え首を傾げ、上目遣いで美蘭を見つめていた。美蘭は力一杯頷く。
「もちろん! ねえ空。本当に簡単なものなんだよね?」
「うん。本当だよ。退院したらまた遊ぼう?」
「うん」
「約束ね! あと、この前はいいって言ったけど、もし都合がついたら入院中会いに来てくれる?」
美蘭は少し照れくさそうに自分の顔を覗き込んでくる空の頭に、そっと手を乗せ優しく微笑んだ。
「うん。会いにいくよ」
空が両手を小さく握って「やった!」と言い、満面の笑みを見せた。美蘭は今度は自分の胸がふわりと温まるような感覚に包まれるが、なぜそうなるかまではわからなかった。
『ありがとう』
『迎えに行かなくて大丈夫?』
『兄さんが送ってくれるから大丈夫!』
夏休み前の最後の土曜日、美蘭はメッセージアプリから自宅住所のマップを共有した。送信した相手は空だ。
美蘭は母に空を家に招待するように言われた翌日、病院帰りの彼にメッセージで連絡をした。一人で悩んでも全く答えが出なかったので正直に話して相談することにしたのだ。
それに対し空は『嬉しい! ぜひ遊びに行かせて』と快諾した。そして、昼休みを使ってふたりで話の辻褄を合わせ、今日を迎えた。
——ピーンポーン!
インターホンから明るい電子音が聞こえる。母がボタンを押し「はーい!」と家族と話すときより少し高い声で応答し、振り返った。
「美蘭! 空ちゃん来たから出て!」
「わかった」
母に急かされた美蘭が玄関のドアを開けると、そこには空が立っていた。いつもの人懐っこい笑顔で、いつもと違うことと言ったら私服を着ていることだった。大きめのTシャツにデニムのパンツ姿は今日の美蘭の服装とかぶっていたが、空の方がずいぶん輝いて見えたのは不思議だった。
「こんにちは。お邪魔します!」
「どうぞ」
美蘭がスリッパを用意しリビングへ案内すると、母が飲み物を用意しながら空のことを待っていた。
「初めまして。青柳空です。いつも玉子焼きありがとうございます」
「初めまして。美蘭の母です。会えて嬉しいわ!」
空が挨拶すると、美蘭の母は笑顔で答えた。彼女は高校に入って初めて連れてきた娘の友人に、学校生活が順調なのだろうと喜んでいるようだった。美蘭の胸が若干痛む。
空は「あ、あのこれ、良かったら食べてください」と少しだけ緊張した様子で持っていた白い箱を差し出した。箱には以前話していた、彼の家の近所にある美味しい洋菓子店のシールが貼ってある。
「ありがとう。空ちゃんて可愛いし気がきくいい子なのね。思った通り!」
「お母さん、可愛いはやめようよ」
美蘭はまるで空を女の子のように扱う母を嗜めた。すると、彼女は不服そうに息を巻いて反論する。
「だって可愛いじゃない! こんな美少女なかなかいないわよ」
母の言葉に、美蘭と空は目を丸くして固まった。どうりで話が噛み合わないはずだ。
「男子だから」と美蘭がつぶやくと、母は「え?」と口ではなく頭の上から出したような甲高い声で返事をした。眉をあげ目を見開き、口は半開きだ。それはまるでお笑い芸人のボケるときのお約束のような表情だった。
「あ、あの……僕、男です」
申し訳なさそうに眉を下げ、空が苦笑いで返事をする。美蘭の母は見開いた目をさらに大きく見開き、口を開け、腹の底から「ええええ!!」と叫びに近い声で精一杯の驚きを表現していた。美蘭は恥ずかしさと空への申し訳なさでそっと顔を伏せた。
その後、空が持ってきてくれたアップルパイを三人で食べてから、美蘭は空を自分の部屋へ案内した。二人は折り畳みのテーブルに向かって並んで座る。いつもは向かい合わせなので隣同士の距離感が思っていたよりも近く、美蘭は胸がソワソワするような不思議な感覚に陥った。
「ごめんね空。最初に男の子って言った気がするんだけど、勘違いしたみたい」
美蘭が気を取り直して母のことを謝罪すると、空は「ううん、気にしてないよ。よく間違われるしね」と笑っていた。ちょうど窓から差した光が彼を照らしていて、初めて保健室で出会った時のように輝いて見える。
「まあ、初めて見たときは私も一瞬混乱はした」
「ええ! そうだったの?」
「うん。制服着てなかったらずっと気づかなかったかも」
「それはショック!」
当時の話に空は口を尖らせ、拗ねているような表情を見せた。美蘭が苦笑いで平謝りし、話を逸らす。
「ごめんごめん。あ、そうだ、この前の病院はどうだったの?」
「あ、うん。やっぱり手術の話だった」
美蘭は自分の話のせいで、空と病院の話ができていなかったので気がかりに思っていた。難しいことはわからないが、持病が二つもあると大変なのではと心配もしていた。しかし、安易に手術をすすめるのも無神経ではないかと思い、なんと声をかけていいのか悩んだ結果「そっか……」とだけ呟いた。
「受けてみようと思うんだ」
「え?」
「夏休みなら学校もないし。美蘭、応援してくれる?」
意外にも前向きな空の言葉。彼は膝を抱え首を傾げ、上目遣いで美蘭を見つめていた。美蘭は力一杯頷く。
「もちろん! ねえ空。本当に簡単なものなんだよね?」
「うん。本当だよ。退院したらまた遊ぼう?」
「うん」
「約束ね! あと、この前はいいって言ったけど、もし都合がついたら入院中会いに来てくれる?」
美蘭は少し照れくさそうに自分の顔を覗き込んでくる空の頭に、そっと手を乗せ優しく微笑んだ。
「うん。会いにいくよ」
空が両手を小さく握って「やった!」と言い、満面の笑みを見せた。美蘭は今度は自分の胸がふわりと温まるような感覚に包まれるが、なぜそうなるかまではわからなかった。
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