ヘタレαにつかまりまして

三日月

文字の大きさ
21 / 1,039
3 お花畑

2

しおりを挟む
ビルが建ち並ぶ大通りを車が進んでいくと、ガラリと景色の変わる区画に入る。
片側にはビルが続いているのに、こちら側には二メートルを超える白い塀と黒のフェンスが暫く途切れなくなるのだ。
やっと変化が見えてきたと感じるのは、その視線の先に黒のフェンスと同じ意匠で作られた門が現れたとき。
近づくにつれ、それが三メートルを超える大きな門だと確認するのにも時間がかかる。

門や塀自体は古いものだが、セキュリティは日々最新に更新されている俺の家だ。
事前に登録されているこの車を感知すると、その門はゆっくりと開いて敷地内に導く。
そして、門の脇を抜ければ目の前に連なるのは新緑の桜並木。

『桜宮御殿』

そんな風に俺の家は呼ばれているらしい。
敷地内に入ってから滑らかな石畳の上を走り続けた車は、外観に歴史をにじませる屋敷の前に到着。
運転手に荷物は任せ、単身車の外に出た。

車を出てからの一歩一歩がやけに重く感じてしまう。
もうここに、当たり前のように帰ってくることはないのだ。

この幅広の大理石で出来た階段。
何度、雨の日に転びそうになってヒヤリとさせられたことか。
屋敷のあちこちに残る思い出のおかげで、少し緊張がほどけてきた。

階段の途中で、玄関の扉が開かれ人が出てくる気配がした。
足を止め、見上げる。
使用人が出迎えてくれるにしては、足音が⋯


「お帰り、奏」


開いた扉の内側から出迎えてくれたのは、桜宮家32代目当主、桜宮 湊(さくらみや みなと)。
俺の父親であり、桜宮財閥のトップ。
すらりと伸びた長身と鼻筋の通った顔立ち。
仕事中は容赦なく毒舌を吐く唇も、家に帰れば家族想いの甘い言葉で埋め尽くされる。
俺を映す翡翠色の瞳がすでに潤んでいて。
父親が初めて見せる表情を前に、貰い泣きしそうになりグッと奥歯を噛みしめ笑顔を作る。


「ただいま、父さん」


けれど、堪らず残りの階段を一気に駆け上がり、その勢いのままぶつかるようにその胸に飛び込んでしまった。
ふらつくことなく優しく抱きとめてくれる父さん。
背中に腕を回すと、同じように腕を回してトントンと背中を優しく叩いてくれる。


「お、お帰りぃ⋯」


震える声の主を探し、父さんの腕の中で首を動かすとすぐ隣でボロボロと涙をこぼす、俺と同じ淡い水色の瞳とぶつかった。
父さんよりも頭一つ小さな身体は、小刻みに震え嗚咽が止まらない。

俺を産んでくれた、桜宮 美咲(さくらみや みさき)。
引く手数多の優生α女性なのに⋯父さんに一目ぼれして、何年もかかって口説き落とした情熱の人。
俺がΩと分かってから、ずっとずっと自分を責めていた人。
出会ってすぐの父さんに褒められてから、手入れに余念がなかった自慢のストレートの黒髪。
なのに、今日は艶もなく手入れがおざなりになっている。

「もう、母さんは泣き過ぎだよ!」


α同士の親からでさえ、稀に生まれてしまうΩ。
α至上主義の家なら里子や離縁が定着している中で、バース性は関係なく自分達の子どもだと俺を愛しみ桜宮の子どもとして生きていけるように育ててくれた。
後ろから母さんに抱きしめられ、サンドイッチのように両親に挟まれる。

屋敷の外に出るときは、常に俺を守ってくれた暖かくて優しい二人のフェロモン。
抱き締められ、更にそれが増えていくのが伝わってくる。
次に屋敷を出るときは、取り払われてしまう温もりと優しさ。
俺も、ついに泣き出していた。
しおりを挟む
感想 205

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

処理中です...