テリトリー

三日月

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黒作務衣の初老の男が、Ωの伝承を語り始めた。
他の信者が有り難くその話を聞いているところを見ると、コイツが代表者か。

男の前に棒立ちになっている少女に、他の信者は床に額がつくほどに頭を垂れる。
つられて、池内さん、いや、今回の偽名は弥永だったか。
咄嗟に間違えないよう、弥永 勝治という名前を上書き⋯つられて、弥永さんの両隣に正座していた主婦と女子大学生も、頭を垂れたので俺も弥永さんもそれに合わせた。

原書を読んでいる三谷にとっては、ツッコミどころ満載な説法だったが、白作務衣と主婦と女子大学生はいたく感動した様子で聞き入っている。
弥永も興味深そうに頷いていた。
三谷もそれに習い相槌を打つ。

説法の後、黒作務衣の一人が少女の耳元で囁きこちらに目配せ。
候補の四人が慌てて姿勢を正すと、囁いた黒作務衣の手につられるように少女がこちらに近付いてくる。

こんなに簡単に教祖に近付けるとは思っていなかった。
感動したやら、お縋りさせて欲しいやら、興奮した信者候補から伸ばされた手を躊躇なく自分の細くて枯れた枝のような両手で包み微笑む少女。
感情が乗っていないアルカイックスマイル。
相変わらず焦点は定まっていない。

感動しましたと大袈裟に鼻をすすり、鼻に仕込んでいた塗り薬の大半を親指の腹で拭き取る。
犬並みの嗅覚だと親戚から揶揄され、叔父から実の息子の次に扱き使われる俺の鼻の出番だ。

少女の手を取り、感動と感謝を大げさに述べながら、意識して、けれど気取られないようにゆっくりと肺深くまで空気を吸い込む。

⋯⋯⋯はい、ココはクロ、真っ黒だ。

ただの性ドラッグでは出せない、頭にずっしりと伸し掛かりなかなか鼻から抜けない甘ったるい残り香が少女から漂ってくる。
量の多少に限らず、この匂いを間違うことがない。
特徴が強すぎて、似せようがない。
Ωの発情期のようによがり狂うことから、性ドラッグをΩと呼び出すより遥か以前。
Ω性を無理やり固定させるために開発された薬『オメガバース』の匂いだ。
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