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第三話
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しおりを挟むティアリーゼが旅立ってから次の日にはもう、シュクルは元気をなくしていた。
そんなシュクルにトトが話しかける。
「本当にあの人間とつがうつもりですか?」
「いかにも」
机の上にぺたりと顔を押し付けながら、シュクルは横に立つトトを見上げる。
「……都合のいい人間ならば他にもいるはずです。それこそ、次代の魔王の胎となるためだけの人間が」
「私はあれがいい。他の人間はいらない」
「ですが、あの女は王を殺すために送り込まれてきたのですよ」
目だけでトトを見上げていたシュクルが顔を上げる。
それは言われなくてもわかっていたことだった。
「心変わりしたように見えますが、あれも人間の作戦のうちかもしれません」
「わからない」
「王もそうお考えだから、いまだにあのことを告げずにいるのではないですか?」
「……トト」
「言えば、あなたは本当に殺される。人間とはそういう生き物です」
シュクルはほんの一瞬目を伏せた。
胸の奥がちりちり痛むのは、自身の秘密をまだティアリーゼに伝えられないせい。
それを明らかにすればどうなるのか、考えるのをやめているせい――。
「…………触れてもらえなくなるのは困る」
「……ああ、もう」
今までそうしてきたようにトトは頭を抱える。
シュクルはもう、お気に入りを見つけてしまった。
「やはりお心は変わりませんか?」
「いかにも」
「……そうだろうと、こちらから『金鷹(きんよう)の魔王』に連絡させていただきました」
「金鷹の?」
「そうです」
す、とトトがシュクルに差し出したのは、端に行くにつれ金色を帯びた鷹の羽根だった。
それはシュクルと同じく大陸の一部を治める魔王のもの。
「……叱られそうだ」
「それで王のお心が変わるのなら願ってもないことです」
しゅん、とシュクルの尾が床にへたる。
気乗りしていないのは火を見るよりも明らかだった。
そうして、シュクルは自ら治めるレセントの、最も高く険しい山に向かった。
人間では決して到達できないその山の頂上に、誰が建てたか白亜の城がある。
そこは五つの大陸を治める魔王たちが集う城。
百年振りに会うこともあれば、昨日振りに会うこともある。
今回は実に数年振りの再会となった。
「よう、シュシュ」
「クゥクゥ」
歌うようにシュクルへと声をかけたのは、金鷹の魔王、キッカ・クゥクゥ。
寒暖差の激しい西の広大な砂漠地帯を治める王であり、身に宿す獣性は名の通り鷹。
明るく気のいい男だが、常に顔を隠しているくちばし付きの面のせいで本心は読み取れない。本人曰く、「くちばしのない顔なんぞ恥ずかしくて晒せるか」という理由らしい。
シュクルの次に若い王ということもあり、なにかと気にかけてくる兄貴分だが。
「お前聞いたぞ? 勇者っつーのが来たんだって?」
「いかにも」
「しかも嫁にする気らしいじゃん。すげー」
「……なにを考えている、白蜥」
壁際にもたれていた男が唸るように言う。
他者を寄せ付けないその空気は同じ魔王に対しても発せられていた。
名をグウェンと言い、人間嫌いをこじらせた『藍狼(あいろう)の魔王』である。
人間を寄せ付けぬ神秘に満ちた東の大陸を治めており、魔王たちの集まりにも滅多に姿を現さない。
「人間などに媚びを売るつもりか。奴らが我々に与えるのは憎しみと苦痛だけだというのに」
「否定はしねぇけどよ、シュシュに言ってもわかんねぇって返されるだけだぜ。まだそういう経験がねぇからさ」
「いかにも」
「お前そればっかだなー」
「……笑いごとか」
声を上げて笑ったキッカをグウェンが睨みつける。
仮面の向こうから覗く金の瞳が、グウェンの紺青のそれを見返した。
「笑いごとさ。俺のことじゃねぇもん」
「だから世代交代には反対だったんだ。お前たちのようななにも知らぬ子供ばかりで、どうしろと――」
「そのぐらいにしておきなさい、グウェン」
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