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聖女の目覚め編
聖女の霊廟・1
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カレンは毎日教会に通い、聖女について司祭から学んでいる。指導役を務める今日の司祭は、朗らかで話好きな女だ。
「だいぶ聖女についての理解が進んだみたいですね。カレン様は随分聖女様らしくなられました」
「……そうですか? あまり変わらないと思いますけど……」
「カレン様のことは、既に騎士様の間でも噂になっているようですよ。カレン様がどんな騎士様と結婚されるのか、今から楽しみですね」
「……結婚?」
カレンは思ってもいない言葉に耳を疑った。
「ええ。素晴らしい聖女様を妻にできるのは、素晴らしい騎士様だけです。聖女は騎士と結婚するものです。どんな方がカレン様に結婚を申し込まれるのでしょうね。エリック殿下は未だ独身ですし、やはり彼でしょうか」
司祭はうっとりと両手を胸の前で組み、早口でまくし立てる。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、まだ結婚なんて考えられません」
「あら、ですがカレン様はもう成人されてますし、いつでも結婚できますでしょう? カレン様は何といっても『聖なる炎』を持つお方ですからね、いずれ立派な騎士様から結婚の申し込みがあると思いますよ」
「……私が珍しい聖女だから、騎士は私を妻にしたいってことですか?」
恐る恐る尋ねると、司祭は当然ですと言った顔で頷いた。
「騎士様にとって、力の強い聖女様を妻にできることは最高の名誉なのです。カレン様は名乗り出た騎士様から、最も素晴らしい方を選べばいいのですよ」
「はあ……」
カレンは引きつったような顔で笑みを浮かべた。
勉強会が終わった後、司祭と入れ替わるように聖女が入って来た。
「あ! リディア様! お久しぶりです」
部屋に入って来たのは、以前セリーナを訪ね教会で迷子になった時、助けてくれた聖女リディアだった。
「お久しぶりね、カレン」
リディアは目を細めて微笑む。クールで大人っぽい雰囲気のリディアは、見た目だけなら少し近づきがたいが、道に迷ったカレンに親切にしてくれた優しい女性である。
「今日はこの後私と『聖女の霊廟』へ参りましょう」
「聖女の霊廟……」
カレンがこの世界に現れた時、教会の敷地内にある「聖女の霊廟」で倒れていたと聞いている。気が付いた時には、既にカレンは教会に運ばれていたので、聖女の霊廟を見た記憶はない。
「聖女ならば、一度訪ねておくべきだとオズウィン司教が仰ったの。あなたの案内役として、私が同行するよう彼に頼まれました」
「分かりました……よろしくお願いします。リディア様」
「……カレン、あなたもとうとう『教会に囚われた』のね」
リディアは感情が読めない笑顔を浮かべていた。カレンはなんと答えていいか迷っている。
「色々と戸惑うことも多いでしょう。でも、私達はただ流れる水の上で惑う木の葉のようなものよ。私達には運命をどうすることもできない」
カレンはごくりと唾を飲んだ。
「ふふ、聖女になったばかりのあなたにする話じゃなかったわね……さあ、行きましょうか」
リディアは穏やかに微笑み、カレンと一緒に教会の外に出た。
♢♢♢
二人は教会の裏側に回り、林の中にある一本の細い道を進む。
(教会の裏側って、こんなに広いんだ)
教会の表側しか知らないカレンは、敷地の広さに改めて驚く。騎士団の館もそうだが、教会も恐ろしく広い。騎士団の館と同じく、こちらにも畑や家畜小屋があるようだ。
騎士団の館と違うのは、ここが圧倒的な静寂に包まれていることだ。館では訓練場で騎士が訓練に励んでいたり、鍛冶場で作業をしていたりと外はそれなりに賑やかである。だが教会は裏側に回ると全く人の気配もなく、ただひたすらに静かな空間が続いている。
細い道をどんどん進むと、やがて扉しかない小さな建物のようなものが見えてきた。こんな小さな建物が霊廟なのかとカレンは不思議に思う。
「入りましょう」
リディアは扉に手をかざした。すると石の扉がぱあっと光り、ゴゴゴゴと音を立てながら扉が下がり、やがて完全に開いた。
「凄い……自動ドアなんだ」
思わずカレンは呟く。
「この扉は聖女がいなければ開かないの。さあ、中へ」
カレンはドキドキしながら、リディアに続いて中に入る。中は入ってすぐ地下へ向かう階段になっていて、壁に松明が掛けられている。その灯りは普通の炎とは違い、聖なる青い炎が使われていた。
階段を下りると更にもう一つ扉があった。リディアはそこにも手をかざし、同じように扉を開けた。扉の中に入ると長い廊下があり、二人の靴音だけがそこに響く。
廊下の奥には広い部屋があった。中央に台座があり、石の棺のようなものが置かれている。棺の後ろには、それを見守るように女性の彫像が立っていた。
「これが『聖女エリザベータ』のお墓よ」
リディアの声が広間に響く。カレンはエリザベータの石棺をじっと見つめた。霊廟の中は寒く、埃のような匂いがした。
「……でも、実はここにあるのは、エリザベータ様の頭だけなの」
「え? 頭だけって……」
「エリザベータ様の遺骨を砕いて粉にしたものを飲むと、どんな病気も治るという伝説があって……王都の教会がエリザベータ様の遺骨を持ちだそうとしたの。アウリス教会は抵抗したらしいけれど……残ったのは頭骨だけだそうよ。エリザベータ様はここアウリスで生まれ、アウリスで亡くなった方だから、アウリス教会は渡したくなかったでしょうね」
カレンは空の石棺を見ながら呟く。
「そうですか……。死んでからも利用されるなんて、かわいそうな人ですね」
「あら……私と同じことを思っている聖女と会うのは初めてよ」
リディアはカレンの言葉に驚いたような顔をした。
「だいぶ聖女についての理解が進んだみたいですね。カレン様は随分聖女様らしくなられました」
「……そうですか? あまり変わらないと思いますけど……」
「カレン様のことは、既に騎士様の間でも噂になっているようですよ。カレン様がどんな騎士様と結婚されるのか、今から楽しみですね」
「……結婚?」
カレンは思ってもいない言葉に耳を疑った。
「ええ。素晴らしい聖女様を妻にできるのは、素晴らしい騎士様だけです。聖女は騎士と結婚するものです。どんな方がカレン様に結婚を申し込まれるのでしょうね。エリック殿下は未だ独身ですし、やはり彼でしょうか」
司祭はうっとりと両手を胸の前で組み、早口でまくし立てる。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、まだ結婚なんて考えられません」
「あら、ですがカレン様はもう成人されてますし、いつでも結婚できますでしょう? カレン様は何といっても『聖なる炎』を持つお方ですからね、いずれ立派な騎士様から結婚の申し込みがあると思いますよ」
「……私が珍しい聖女だから、騎士は私を妻にしたいってことですか?」
恐る恐る尋ねると、司祭は当然ですと言った顔で頷いた。
「騎士様にとって、力の強い聖女様を妻にできることは最高の名誉なのです。カレン様は名乗り出た騎士様から、最も素晴らしい方を選べばいいのですよ」
「はあ……」
カレンは引きつったような顔で笑みを浮かべた。
勉強会が終わった後、司祭と入れ替わるように聖女が入って来た。
「あ! リディア様! お久しぶりです」
部屋に入って来たのは、以前セリーナを訪ね教会で迷子になった時、助けてくれた聖女リディアだった。
「お久しぶりね、カレン」
リディアは目を細めて微笑む。クールで大人っぽい雰囲気のリディアは、見た目だけなら少し近づきがたいが、道に迷ったカレンに親切にしてくれた優しい女性である。
「今日はこの後私と『聖女の霊廟』へ参りましょう」
「聖女の霊廟……」
カレンがこの世界に現れた時、教会の敷地内にある「聖女の霊廟」で倒れていたと聞いている。気が付いた時には、既にカレンは教会に運ばれていたので、聖女の霊廟を見た記憶はない。
「聖女ならば、一度訪ねておくべきだとオズウィン司教が仰ったの。あなたの案内役として、私が同行するよう彼に頼まれました」
「分かりました……よろしくお願いします。リディア様」
「……カレン、あなたもとうとう『教会に囚われた』のね」
リディアは感情が読めない笑顔を浮かべていた。カレンはなんと答えていいか迷っている。
「色々と戸惑うことも多いでしょう。でも、私達はただ流れる水の上で惑う木の葉のようなものよ。私達には運命をどうすることもできない」
カレンはごくりと唾を飲んだ。
「ふふ、聖女になったばかりのあなたにする話じゃなかったわね……さあ、行きましょうか」
リディアは穏やかに微笑み、カレンと一緒に教会の外に出た。
♢♢♢
二人は教会の裏側に回り、林の中にある一本の細い道を進む。
(教会の裏側って、こんなに広いんだ)
教会の表側しか知らないカレンは、敷地の広さに改めて驚く。騎士団の館もそうだが、教会も恐ろしく広い。騎士団の館と同じく、こちらにも畑や家畜小屋があるようだ。
騎士団の館と違うのは、ここが圧倒的な静寂に包まれていることだ。館では訓練場で騎士が訓練に励んでいたり、鍛冶場で作業をしていたりと外はそれなりに賑やかである。だが教会は裏側に回ると全く人の気配もなく、ただひたすらに静かな空間が続いている。
細い道をどんどん進むと、やがて扉しかない小さな建物のようなものが見えてきた。こんな小さな建物が霊廟なのかとカレンは不思議に思う。
「入りましょう」
リディアは扉に手をかざした。すると石の扉がぱあっと光り、ゴゴゴゴと音を立てながら扉が下がり、やがて完全に開いた。
「凄い……自動ドアなんだ」
思わずカレンは呟く。
「この扉は聖女がいなければ開かないの。さあ、中へ」
カレンはドキドキしながら、リディアに続いて中に入る。中は入ってすぐ地下へ向かう階段になっていて、壁に松明が掛けられている。その灯りは普通の炎とは違い、聖なる青い炎が使われていた。
階段を下りると更にもう一つ扉があった。リディアはそこにも手をかざし、同じように扉を開けた。扉の中に入ると長い廊下があり、二人の靴音だけがそこに響く。
廊下の奥には広い部屋があった。中央に台座があり、石の棺のようなものが置かれている。棺の後ろには、それを見守るように女性の彫像が立っていた。
「これが『聖女エリザベータ』のお墓よ」
リディアの声が広間に響く。カレンはエリザベータの石棺をじっと見つめた。霊廟の中は寒く、埃のような匂いがした。
「……でも、実はここにあるのは、エリザベータ様の頭だけなの」
「え? 頭だけって……」
「エリザベータ様の遺骨を砕いて粉にしたものを飲むと、どんな病気も治るという伝説があって……王都の教会がエリザベータ様の遺骨を持ちだそうとしたの。アウリス教会は抵抗したらしいけれど……残ったのは頭骨だけだそうよ。エリザベータ様はここアウリスで生まれ、アウリスで亡くなった方だから、アウリス教会は渡したくなかったでしょうね」
カレンは空の石棺を見ながら呟く。
「そうですか……。死んでからも利用されるなんて、かわいそうな人ですね」
「あら……私と同じことを思っている聖女と会うのは初めてよ」
リディアはカレンの言葉に驚いたような顔をした。
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