70 / 80
聖女の矜持編
決別
しおりを挟む
翌日、聖女セリーナの部屋を訪ねてきたブラッドを、セリーナはいつものように出迎えた。
「ブラッド、今日はいつもより遅かったわね」
「すみません。ちょっとオズウィン司教と話していたもので」
部屋の奥に見える池には、もう水は張られていない。水を入れ替えてもまた濁ってしまうので、池に水を張らないことにしたのだ。
セリーナの部屋にある池は、彼女の癒しの力のおかげで、常に綺麗な澄んだ水で満たされていた。水の上にはセリーナの好きな花を浮かべ、その光景をソファに腰かけて眺めるのが彼女の楽しみでもあった。
だが突然、水が濁り花が腐った。セリーナが部屋に閉じこもる間も池はずっと美しい姿のままだったが、とうとう彼女の癒しの力が届かなくなったのだ。
「ねえブラッド、今夜は私と一緒に夕食をどうかしら? 教会の食事は、男性のあなたには物足りないかもしれないけれど」
「セリーナ様」
セリーナの言葉を遮るようにブラッドは口を開く。
「どうしたの? 何だか怖い顔ね……」
いつもと違うブラッドの様子に、セリーナは怪訝な表情を浮かべている。
「セリーナ様にお話があります。とても大切な話です」
セリーナは何か嫌な予感を感じ取ったように首を振った。
「……聞きたくない」
「聞いてください。俺がここに来るのは、今日限りです。セリーナ様の護衛騎士を辞めることになりました。オズウィン司教にも許可はもらっています」
「……え? どうして……?」
「セリーナ様には、今まで良くしていただきました。感謝しています」
「……何故なの?」
セリーナはすっと真顔になり、ブラッドが今まで聞いたことがないような低い声を出した。
「俺は、カレンを愛しています。あなたと一緒にはなれません。このまま俺が護衛騎士を務めていても、お互いに気まずいだけです。俺が辞めるのが一番……」
「勝手に決めないで。護衛騎士を選ぶのは、この私よ。あなたじゃないわ」
ますます低い声のセリーナに、ブラッドは少し怯んだ。
「……セリーナ様には申し訳ないと思ってます。あなたに期待させたのなら、それは俺の責任です」
「どうして? あなたは私のことを愛していたはずでしょう? あんなに私に尽くしてくれたのに、私を裏切るの?」
ブラッドはぐっと唇を噛んだ。
「申し訳ありません。それは……昔の話です」
「ひどい!」
セリーナは顔を歪めて叫んだ。
「あなたはちょっとよそ見をしているだけなの。異国から来た珍しい女が現れたから……だけど、あなたと私の絆はそんなことでは揺らがないわ。いつも私のそばにいてくれたでしょう? 私が微笑むと、あなたはいつも照れたような顔をして……」
「セリーナ様。あなたは少し外の空気を吸って、気分を変えた方がいい。オズウィン司教があなたの実家に一時帰宅できるよう、手紙を書いてくれるそうです」
「嫌よ」
セリーナは震える声で言い、一歩後ろに下がった。
「お願いします。セリーナ様には元気になってもらいたいんです」
「私を、教会から追い出すの……? 筆頭聖女として相応しくないから……? カレンを筆頭聖女にするつもりなのね。私の居場所を奪って」
「違います」
ブラッドはため息をつき、セリーナに近づこうと一歩前に出た。セリーナは更に一歩下がる。
「あなたは私から、新しい筆頭聖女に乗り換えるのね。私が役に立たない聖女だから……」
「違う。俺はカレンが使用人の頃から好きでした。彼女が聖女だから好きになったんじゃない。カレンが聖女かどうかなんて、俺にはどうでもいいんです」
セリーナは更に後ろに下がり、ぐっと拳を握りしめた。
「……分かったわ。もう行って」
そう言うとセリーナはぷいと背中を向けた。
まだ何か言おうとしていたブラッドは、思い直して「……失礼します」と言い残し、部屋を出て行った。
扉が閉まる音がして、セリーナは振り返る。ブラッドが去った後の扉を、セリーナは呆然と見つめていた。
「ブラッド、今日はいつもより遅かったわね」
「すみません。ちょっとオズウィン司教と話していたもので」
部屋の奥に見える池には、もう水は張られていない。水を入れ替えてもまた濁ってしまうので、池に水を張らないことにしたのだ。
セリーナの部屋にある池は、彼女の癒しの力のおかげで、常に綺麗な澄んだ水で満たされていた。水の上にはセリーナの好きな花を浮かべ、その光景をソファに腰かけて眺めるのが彼女の楽しみでもあった。
だが突然、水が濁り花が腐った。セリーナが部屋に閉じこもる間も池はずっと美しい姿のままだったが、とうとう彼女の癒しの力が届かなくなったのだ。
「ねえブラッド、今夜は私と一緒に夕食をどうかしら? 教会の食事は、男性のあなたには物足りないかもしれないけれど」
「セリーナ様」
セリーナの言葉を遮るようにブラッドは口を開く。
「どうしたの? 何だか怖い顔ね……」
いつもと違うブラッドの様子に、セリーナは怪訝な表情を浮かべている。
「セリーナ様にお話があります。とても大切な話です」
セリーナは何か嫌な予感を感じ取ったように首を振った。
「……聞きたくない」
「聞いてください。俺がここに来るのは、今日限りです。セリーナ様の護衛騎士を辞めることになりました。オズウィン司教にも許可はもらっています」
「……え? どうして……?」
「セリーナ様には、今まで良くしていただきました。感謝しています」
「……何故なの?」
セリーナはすっと真顔になり、ブラッドが今まで聞いたことがないような低い声を出した。
「俺は、カレンを愛しています。あなたと一緒にはなれません。このまま俺が護衛騎士を務めていても、お互いに気まずいだけです。俺が辞めるのが一番……」
「勝手に決めないで。護衛騎士を選ぶのは、この私よ。あなたじゃないわ」
ますます低い声のセリーナに、ブラッドは少し怯んだ。
「……セリーナ様には申し訳ないと思ってます。あなたに期待させたのなら、それは俺の責任です」
「どうして? あなたは私のことを愛していたはずでしょう? あんなに私に尽くしてくれたのに、私を裏切るの?」
ブラッドはぐっと唇を噛んだ。
「申し訳ありません。それは……昔の話です」
「ひどい!」
セリーナは顔を歪めて叫んだ。
「あなたはちょっとよそ見をしているだけなの。異国から来た珍しい女が現れたから……だけど、あなたと私の絆はそんなことでは揺らがないわ。いつも私のそばにいてくれたでしょう? 私が微笑むと、あなたはいつも照れたような顔をして……」
「セリーナ様。あなたは少し外の空気を吸って、気分を変えた方がいい。オズウィン司教があなたの実家に一時帰宅できるよう、手紙を書いてくれるそうです」
「嫌よ」
セリーナは震える声で言い、一歩後ろに下がった。
「お願いします。セリーナ様には元気になってもらいたいんです」
「私を、教会から追い出すの……? 筆頭聖女として相応しくないから……? カレンを筆頭聖女にするつもりなのね。私の居場所を奪って」
「違います」
ブラッドはため息をつき、セリーナに近づこうと一歩前に出た。セリーナは更に一歩下がる。
「あなたは私から、新しい筆頭聖女に乗り換えるのね。私が役に立たない聖女だから……」
「違う。俺はカレンが使用人の頃から好きでした。彼女が聖女だから好きになったんじゃない。カレンが聖女かどうかなんて、俺にはどうでもいいんです」
セリーナは更に後ろに下がり、ぐっと拳を握りしめた。
「……分かったわ。もう行って」
そう言うとセリーナはぷいと背中を向けた。
まだ何か言おうとしていたブラッドは、思い直して「……失礼します」と言い残し、部屋を出て行った。
扉が閉まる音がして、セリーナは振り返る。ブラッドが去った後の扉を、セリーナは呆然と見つめていた。
24
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです
籠の中のうさぎ
恋愛
日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。
「はー、何もかも投げだしたぁい……」
直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。
十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。
王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。
聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。
そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。
「では、私の愛人はいかがでしょう」
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる