ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和

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第2章 魔術師アレイスの望み

第80話 私にできること

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 討伐者たちはミルデンの街を探し回ってくれているけれど、夜になってもフローレさんが見つかったという知らせはなかった。私は仕事が終わったあとも家に帰る気になれず、ギルドにずっと残っていた。

 日が落ちてしばらくした頃、ようやくアメリアさんが飛行船でギルドに戻ってきた。

「遅くなってしまって悪かったわ。それで、状況は?」
「は、それがですね……」

 飛行船を降り、中庭の渡り廊下を歩くアメリアさんの周りをベケット副長とバルドさんが取り囲み、経緯を説明しているのが見えた。私はアメリアさんがこちらにやってくるのを待っていた。

「エルナ、出迎えありがとう。フローレのことでは迷惑をかけたわね」
「いえ、お帰りなさいませ」

 アメリアさんは私の姿を見つけると、困ったような顔をしながら話しかけてきた。

「フローレに成りすました女が入り込んだなんて。私がいない隙を狙ったのね。アレイスが男を捕まえてくれたみたいで助かったわ。フローレには逃げられたようだけど」

 そう言いながらアメリアさんはベケット副長をじろりと睨んだ。副長は直立姿勢で、その顔は真っ青だ。自分がついていながらフローレさんに逃げられたのだから、彼の焦りは相当なものだろう。

「そもそも、みなさんがついていたのにどうしてフローレさんに逃げられたんですか?」
「……いやあ、本当に申し訳ない。ギルドに到着して裏口に回り、あと少しで中に入ろうとしたその時……急に目の前にいたはずのフローレが姿を消したんだ」

 ベケット副長は自分でもわけが分からない、という顔をしながら話した。聞いていた私はもっとわけが分からない。

「目の前で消えたということですか? そんな馬鹿な」
「いえ、あり得ない話ではないわ」

 アメリアさんは真剣な顔で呟いた。私も、その場にいた全員も驚いてアメリアさんに視線を集中させた。

「魔物から隠れるための薬があるでしょう? 『姿隠し薬』が。一瞬だけなら薬を使えば、自分の姿を消すことは可能よ」

 私はあっと声を上げそうになった。確かに姿隠し薬なら目くらましにはなる。だけど薬の効果は長続きするものではない。薬を飲んだあと、息を止めている間だけ自分の姿を消すものなので、ほんの一瞬しか使えないのだ。

「なるほど……姿隠し薬ならば、確かに姿を消せますな! しかし、あの薬は一つで小金貨五枚はする高級品だ。気軽に使える代物ではありませんよ」

 ベケット副長は眉をひそめた。小金貨五枚は高すぎるので、討伐者でも姿隠し薬を使う人は少ないだろう。薬代を払っても元が取れるほど、異端討伐者から得られる報酬が大きいのだろう。

「フローレにとっては安いもの、ということなのでしょうね。それで、まだ彼女は見つかっていないというわけなの?」
「は……はい。本当に申し訳ありません」
「謝罪はあとで聞きます、ベケット副長。彼女が街を出てしまったらやっかいよ。もう日は落ちてしまった。夜の闇に紛れてミルデンの外へ出てしまうわ。彼女は報酬を受け取るために、依頼者とどこかで落ち合うはず」
「はい、支団長。アレイスが男を見つけた場所の周囲に、既に衛兵を向かわせております」
「同じ場所で落ち合うとは限らないわ。ミルデンと外を繋ぐ道を通る全ての通行者を調べるよう、衛兵に伝えなさい。今すぐに!」

 ベケット副長はアメリアさんに睨まれ、背筋をピンと伸ばすと「かしこまりました!」と言って駆け出して行った。

 アメリアさんは副長の背中を見送り、ため息をついた。ミルデンと街の外を繋ぐ道すべてを塞いだとしても、もう遅すぎる。フローレさんはとっくに街の外へ出てしまったかもしれない。

「……で、バルド。フローレはどこまで我々の情報を見たのかしら」
「は、はい。監視班にある、ドラゴンに関する資料は盗まれてはいないようです」
「そう。ではまだあの部屋には入られていないのかしら」
「恐らく。男の話では、今日中に街を去る予定だったとのこと。フローレは今日、資料を丸ごと持ち出して消えるつもりだったのかもしれませんね」

 アメリアさんは天を仰いで息を吐いた。あと一日遅ければ、フローレさんはドラゴンに関する資料をすべて持ち出して逃げるつもりだったのだ。姿隠し薬を使えば、鍵を盗んで深夜の無人のときに『監視班』の部屋に入り込める。

「他にもなくなっているものがないか、もう一度ギルド内をすべて確認した方がいいわね。調査班の倉庫もよ」
「……すぐに伝えます!」

 バルドさんは大慌てで倉庫へ走っていった。倉庫には貴重な魔物素材がたくさんある。倉庫の警備員はのんびりした人だから、フローレさんが入り込める隙は十分にある。

 話が一段落したところで帰ろうかと思ったら、アメリアさんは「エルナ」と私を引き留めた。

「はい、アメリアさん」
「今話したとおり、フローレは逃げ出してからもう長い時間が経っているわ。討伐者も協力して探してくれているけれど、このままだと見つからないかもしれない」
「……はい」

 私はごくりと息を飲んだ。

「そこでエルナ、一つお願いがあるのだけど。あなたに、フローレの似顔絵を描いてもらいたいの」

「……え? 私が、絵を?」
「前にラウロが受注書を盗んだとき、あなたが似顔絵を描いてくれたおかげで彼が見つかったでしょう? 今回もあなたに絵を描いてもらって、街の広場に貼りだそうと思うの」
「ちょ、ちょっと待ってください。私の絵を広場に!?」

 私はアメリアさんの提案に驚いたけれど、アメリアさんは当然のように頷いている。

「討伐者でも彼女の顔を知らない人もいるし、街の人たちにも広く情報を募りたいのよ。彼女の容姿がよく分かる絵があれば、それを見た人が何か気づくかもしれない。あなたの絵は特徴をよく掴んでいたと、ジェマも褒めていたのよ。ぜひあなたにお願いしたいの」
「そ、それは……母は身内びいきで言っているだけで……」
「ジェマはお世辞を言う人ではないわ。お願い、エルナ。彼女を一刻も早く捕まえるために、協力してほしいのよ」

 戸惑ったけれど、私に断る理由はなかった。私の似顔絵があれば、確かにフローレさんを探しやすくなる。私の絵が役に立つのなら、やるしかない。

「分かりました。すぐに取り掛かります」

 私はアメリアさんの目を見て、頷いた。
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