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プロローグ 紗倉奏太の一目惚れ
しおりを挟む――ああ、彼女が欲しい。
そんなことを考えるようになったのは、いつ頃のことだっただろうか。
ある時は女の子と一緒に下校する友達を。
またある時はバレンタインに女の子からチョコレートを受け取る同級生を。
またまたある時はクリスマスに女の子と遊ぶ約束をしているクラスの人気者を……。
そんな彼らを妬ましく、そして羨ましく感じるようになったのは、一体いつからだったか。
それらと比較し、まるでその手の話題と縁のない自分。
しかしモテない事実を認められるほど、当時の俺は大人ではなかった。
男同士で遊ぶ方が楽しいから……とか。
彼女が出来ないのではなく作らないだけ……とか。
あくまでモテないのではなくモテようとしないだけだと、口ではそんな強がりを言うものの、それはやはり強がりに過ぎなくて。
クールぶって『モテることに興味なんかないぜ』というありがちな虚勢をはってはみたものの、妬ましさも羨ましさも消えるどころか増す一方であった。
どんなに言い訳や負け惜しみを言ったところで、結局のところモテたいと思うのが揺るがぬ本心だったのだ。
モテたい。でもモテない。でも彼女が欲しい。
幼子のように『でもでも』とわがままを言い続け、それでもやはり彼女が出来ない現実に、当時中学生三年生だった俺はまた新しい言い訳を考えるようになった。
――彼女なんて、高校生になれば勝手に出来る。
……と、なんとも楽観的で無責任で逃避的な言い訳。
そんなことを考えていた時期が、俺にもあったのだ。
今になってみれば、なんて根拠のないことをああも自信満々に考えていたんだろうと思う。
彼女どころか、女の子の友達もろくに出来なかった中学時代。
卒業式の日は『誰かが第二ボタンを貰いに来るかも』なんて期待し、日が暮れるまで教室で待ち続けるも待ち人は来ず。
結局やって来たのは『いい加減もう帰りなさい』と注意しに来た先生だけだったっけ。
素直に帰るのも悔しかったから、その先生に懐で温めていたボタンを投げつけて叱られたのも、今となってはいい思い出だ。
……そもそも俺の第二ボタンなんかを貰いに来るような、そんな酔狂な女の子なんているわけがないのに。
どうしてあの頃の俺は、あそこまで自意識過剰になれたのか、自分のことながら不思議である。
実は自分で気づいていないだけで、俺のことを好きな女の子はそれなりにいるんじゃないか。
そんなことを恥ずかしげもなく本気で思っていたのだから、身の程知らずにもほどがある。
『え? 紗倉君のことをどう思うか? え、えーと……や、優しい……よね?』
『奏汰か? ああ、あいつはいい奴だよな! ずっと友達だ!』
友達に聞いてもらった、俺に対する女の子からの印象が思い出される。
やったぜ意外と悪くなさそうな評価だ! と舞い上がってしまった過去の自分に、そんなわけないだろとツッコミを入れたい。
悩んだ末に絞り出したような『優しい』という評価や、いい奴と評されながらも友達の前に付いていた『ずっと』という枕詞。
それはつまり、恋愛対象としては論外だと言われていたのだろうと、最近になってようやく察することが出来た。
あの時勘違いしたまま調子に乗って告白とかしないで本当によかったと思う。
しかし、高校生にもなれば! 高校生であれば彼女は出来る!
こんなむなしい思いをすることのない、華やかで明るい夢の高校生活が俺を待っているのだ!
………………と、思っていた。
思って、思って、思い続けて……気づけば高校生活は、早くも一年が過ぎていた。
新学年になり、四月も半ば。
誕生日と共に彼女いない歴も一年更新され、そうして日が経つにつれて今まで目を背けていた現実に嫌でも気づいてしまう。
――高校生になっても勝手に彼女は出来ない!
なんてこった、知りたくなかった新事実。よほどのイケメンじゃない限り、自分から行動しなければ彼女が出来るはずもないのは、至極当然のことだったのだ。
……俺ってイケメンじゃなかったんだなぁ……知りたくなかったなぁ。
いかんせん、今までの人生で彼女を作る努力など欠片もしてこなかった。
イケメンでもなく、努力もしてこなかった男。そんな俺にいつまでたっても彼女が出来ないのは、もはや予定調和とも言えるだろう。
それに……彼女以前に、今の俺には、好きな子がそもそもいない。
理想を言うなら、好きになった子が初めての彼女になって欲しい。
例えばそう、一緒にいるだけで楽しくなれる、そんな明るくて笑顔の似合う女の子が俺の彼女になってくれたなら……。
そんな女の子が、あのドアの向こうから現れてくれないだろうか……と、自分一人しかいない、寂れた空き教室で思いを馳せる。
そして――果たしてそれはただの偶然か、それとも……。
そのドアはあっけないほど簡単に、軽快な音を立てながら開かれることとなる。
「失礼しまーっす! 一年一組の常盤薺奈っす! 入部希望なんすけど……って、あれれ? んーと、お一人っすか?」
――運命だと思った。
自分でも、この時の自分をなんて簡単な奴だと思うけれど、それでも運命だと思った。
「はー、なるほどなるほど。上級生の方たちが卒業しちゃって、部員は先輩一人だけになってしまった……と。あっ、じゃあじゃあ! ウチがここに入部したら、二人きりになるっすね! 先輩!」
まだ真新しいブレザーの制服を、見事に女子高生らしく着こなした少女。
彼女は胡桃色をしたセミロングの髪を、窓から吹き込んできた春風にふわりとなびかせながら、からかうように可愛らしく笑った。
これが三ヶ月前に起きた、人生で初めて運命を感じた日。
俺はこの時、常盤薺奈という少女に一目惚れしたのだった。
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