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第3章

【25】執務室にて…シオンとの場合!

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「どうも最近、扱われ方が『雑』な気がします――」
 ニーハイムス様は私の前に乗り出して、そう仰ったわ。
「そ、そんなことはございませんよ! そう、きっと私がニーハイムス様に心を許しているからですわ……!」
「そうですか、ならいいのですが」
 先日、リュオン様の一件でみぞおちに拳を繰り出したりしたのを根に持っていらっしゃるのかしら…………。

 今はニーハイムス様ことニース先生と私のふたりきりですわ。
 場所は学院の魔法理論学教師ニース先生の執務室。

「…………」
「…………」

 ニース先生と私のふたり、見つめ合って動きません。
 こういった時間は、以前も過ごしてそして――――

 コンコン。

 ドアがノックされました!
 やはりこういうタイミングで第三者が来るのはお約束ですわね……。

「ニース、居るだろうか?」
 あのお声は――シオン・アカンサス神父様ですわね。

「ああ、居る、居る……!」
 ニース先生は言葉だけ放って目線は私に向けたままでしたわ。
 そうして私の唇に軽く唇を寄せてキスをしてきました。
「…………!!」
 私は驚きましたけど、ニース先生は何事もなかったように姿勢を正し、ドアに向かいましたわ。

 ガチャリ。ニース先生がドアを開け、シオン神父様を部屋に招き入れます。
 シオン神父様は部屋を見渡し、私を確認した後、
「おや、カレンさん。こんにちは。……これはお邪魔してしまったかなニーハイムス?」
「……ふん。察せよそれくらい」
「…………こんにちは、シオン神父様」
 私、赤面していないかしら!?

 シオン神父様はこの世界ゲームの攻略対象のひとり。この学院でニース先生がニーハイムス大公閣下であらせられることを知る限られた人物のひとりでもあり、ニーハイムス様の幼馴染兼、剣技の兄弟子でいらっしゃるの。
 ニーハイムス様と私が婚約していることももちろんご存知ですわ。

「で? 何の用事で来たんだお前は」
 ニーハイムス様がシオン神父様に訊ねましたわ。
「用事が無ければ来てはいけないという決まりもないだろう? ――と、思って来たんだが、どうやら『決まり』は有ったようだね、すまないねニーハイムス」

 ……どうやらニーハイムス様と私の関係のことを指して仰っているご様子ですわ。
「『決まり』なんてとんでもない! たまたま、私が居合わせただけですので。ねぇ? ニーハイムス様?」
「あ? ああ……そうだねカレン。シオンが居合わせてしまっただけだね」
 ニーハイムス様はシオン神父様を軽く睨みましたわ。

 このおふたり、揃うといつもこう。仲が悪いのかよろしいのか。息が合わないのか合っているのか。

「まあそこへ座っていけ。茶くらい出さないと俺も気がすまない」
 ニーハイムス様は私が座っている正面の席を指差しましたわ。先ほどまでニーハイムス様が座っていた席です。
「それでは、お邪魔して」
 シオン神父様は着席なさいました。
 ニーハイムス様は新しいティーセットを戸棚から出し、紅茶を注いでシオン神父様にお出ししてから私の隣の席に座りましたの。

 先ほども、お茶なら、私が準備いたしますのにと言ったのにニーハイムス様は俺がやりますの一点張りでした。普段する機会の無い行動なので面白いとのことでしたわ。

「そうやってふたり並ぶと、絵になりますね」
 シオン神父様が仰ってくださったっわ。
「まあっ、シオン神父様ったら。お恥ずかしいですわ」
「――3年後が楽しみです。結婚式は是非私に進行させていただければ」
「営業トークかシオン」
 ニーハイムス様がまた軽く睨んで仰っしゃります。
「失礼な。親友とその愛する人のことを思って本心で言っているのに」
 シオン様は笑顔を崩しませんわ。

「あの……不躾な質問ですがおふたりは昔からこんな調子で会話をしてらっしゃるのですか?」
 ニーハイムス様とシオン神父様が揃ってこちらに顔を向けられたわ。
「そうですよ。昔からこんな調子で」
「昔のニーハイムスはもっと可愛げがありました――」
「なっ! そんなこと有るか! 俺は昔からこんな調子だぞ!?」
「いいえ、忘れてませんよ。あなたが幼かった頃は私の後に付いてきて――――」
「おい、やめろ!」
 ニーハイムス様の幼かった頃のお話し、興味が有りますわ。

「――元々、ニーハイムスは身体の強い方では無かったのですよ。今では想像もできないでしょうけど」
「おい、だからやめろって!」
 ニーハイムス様は止めようとしますが私はシオン神父様のお話しに興味が有りますわ。
「よろしければお続け下さい、シオン神父様。ニーハイムス様のことならいつのことでも知りたいですわ」
「――――っ!」
 ニーハイムス様は困惑してらっしゃるようですが。続けてどうぞ。

「身体の弱い彼が、剣術で体力を付けようと城の剣術道場にやって来たのが知り合ったきっかけでした。あれは俺が8歳ごろだから、ニーハイムスは5歳かな?」
「…………」
 ニーハイムス様は黙ってしまわれたわ。
「まあ、おふたりはそんなに幼い頃からのお友だちでしたの?」
「いいえ、知り合ってすぐは『友だち』なんてものじゃなかったですよ。今も友だちなのか解りませんが――」
「悪かったなぁ。シオンは俺のことを『貧弱な上にプライドばかり高い泣き虫』だとでも言いたいんだろう、どうせ。言われる前に先に言うさ」
「いいや、そこまでは言うつもりは無かったけれど。自ら言ってしまうとは。ハハ」
 シオン神父様は微笑んでいるわ。ニーハイムス様はむくれているけれども。

「――まあ、そんなこんなで知り合いまして。なんせ大公閣下になられるお方だ。誰がお相手するかでこちら側では揉めましてね――」
「おい、それは初耳だぞ」
 ニーハイムス様がシオン神父様を改めて見るわ。
「そうでしょうとも」
「――ちっ。そんな気遣い無用だったと言うのに」
「そういうわけには行かないのですよ、大公閣下。――そして私が『くじ引き』で負けたわけです」
「…………なんだか雑な扱いだな…………」
「そんなことはありませんよ。万策尽きて運を天に任せる、まま有ることでしょう?」
「うん? うん……そうか…………」
 あ、ニーハイムス様、シオン神父様に丸め込まれつつありますわ。

「そして私がニーハイムス様のお側で指導することになったのですが」
「――貧弱児童に一切の手加減無くな」
「あれは私も幼かったと反省しています」
 ……どのような訓練をなされたのでしょう?
「しかし、その甲斐有って2年もすれば並の体力以上に体質改善なされたではありませんか」
「……確かに。荒療治だが効果は認める」
「性格は中々に治りませんでしたけれどね」
「それは――――……」
 ニーハイムス様は何かを言いかけて、お止めになられたわ。
 シオン神父様も何かを察したよう。おふたりやっぱり息が合ってらっしゃるのね。

「おや。もうこんな時間ですか。私の仕事も再開です。そろそろ教会に戻らなくては」
 シオン神父様が席を立ちましたわ。
「美味しいお茶をありがとう、ニーハイムス」
「ふん。また来ればいいさ」
「ごきげんよう、シオン神父様」
「はい、ごきげんよう、カレンさん」

 こうしてまた、執務室にはニーハイムス様と私のふたりきりになってしまったのですわ。
「……お恥ずかしい話を聞かせてしまいました」
「いいえ! ニーハイムス様のことがまたひとつ知れて充実した一時でした!」
「なら良かったのですが……」

「ねえ、カレン」
「はい、ニーハイムス様?」
「次の日の曜日、ご予定は?」
「特に有りませんけれど――」
「ならば久しぶりに、ふたりきりでゆっくり過ごしませんか? いつも貴女の屋敷に伺ってばかりなので、今度は私の屋敷にでもいかがでしょう――?」
「まあ!」
 ニーハイムス様のお屋敷と言えば、それはもう宮殿ではなくて?
「よろしいのでしょうか?」
「もちろん」

 そうして、次の日の曜日にニーハイムス様とお約束したのですわ――――
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