上 下
65 / 66
第10章

【64】夜闇の道行きでも!

しおりを挟む
 あの日、ニーハイムス様と私が婚約をしてから一年が過ぎましたわ。

 最初は謎に包まれていたニーハイムス様のご性格も、何となくつかめるようになってきたかしら……?
 正直、『悪役令嬢』の私にはとても眩しいお方ですわ。

 そしてそれはこの世界ゲーム主人公ヒロイン、ヒロさんにも言えることで。
 私があの憧れで一番の推しであるヒロイン、ヒロさんとお近づきになって、なおかつ『親友』とまで言ってくださる間柄になるなんてどこの誰が予測していたのでしょう!?
                                                        
 ニーハイムス様と私が婚約してしまったことで、この世界は私の知る『花と嵐と恋の華~魔法学院でドキドキ☆スクランブル~』とガラリと変わってしまいました。
 ヒロさんの攻略対象周りの方々の誰からも嫌悪されていくはずの私が、なぜか受け入れられ、一緒に行動まで出来るようになり……。とても素敵ですが不思議な日々ですわ。

 これがもし、私の前世の死後に発表された『不安ディスク』もとい、『ファンディスク』のおかげでしたらゲームレーベル様に本当に感謝!ですわ。

 ただ、全てが上手く行っているかと言うと、そうでも無いようで――


 ※


「先日の、毒矢の件ですが……貴女にお話しておくか迷いましたが、犯人のおおよその見当が付きました。証拠も一通り」

 夜、私の屋敷で、私と元の姿に戻ったハクテイさんと共に、ニーハイムス様からお話を伺うことになりましたわ。

「まあ! 内政調査は進んでいたのですね。それで、ニーハイム様とシェルトン前国王を狙った犯人はどこのどなたでしたのでしょう?」

 ニーハイムス様は少し苦痛を秘めたお顔で、仰っしゃりました。

「叔父の、ツェーリオになります」

 
「ツェーリオ様が……」
 ツェーリオ様はニーハイム様に並ぶ大公閣下で、ニーハイム様の次期国王の対抗としても度々名前の上がるお方ですわ。
 しかし、その人柄は温厚で、国政を第一に考え、野心とは程遠いお方と伺っています。

「俺も信じたくないのですが……。俺の幼い頃からお世話になった人物ですし。確かにここ数年は疎遠になりがちでしたが、俺や前国王の命を狙ってまで次期国王を目指すような方では無かったはずです……。はずなのです」

「何かが叔父上殿を変えてしまったと?」
 ハクテイさんがニーハイム様にお訊ねしましたわ。
「……その可能性も無いかと、まだ調査を進めているところです。どうやら叔父の元にはここ暫く、謎の人物が近付いているとの情報は得ましたので」
「謎の人物、ですか……?」
 私はニーハイム様に尋ね返してしまいましたわ。
「はい。どうも隣国の『ルピナス』からの使者を頻繁に招き入れているようで」

 『ルピナス』……最近、よく聞く国名ですわね。
 そういえば、転校生のシュリ・ハイドレンジアもルピナスの魔法学院出身でしたわ。

「襲撃の際に利用された魔法は隣国の『ルピナス』で多用される攻撃魔法だったことが解ってきました。きな臭いことにならねば良いのですが……」

 ニーハイム様が心配する中で、私は尋ねましたわ。
「しかし我『ヘリクリサム』と『ルピナス』は建国当時からの友好国では?」

「……はい。建国当時からの友好国です。表向きはね」
「……『表向き』ですか?」
「互いに上手くやってはいますが所詮は他国、しかも隣国です。いつ何が起こっても不思議ではありません。互いに資源も豊富な領土ですしね」

「……それでは、先日の毒矢の事件も、ツェーリオ様の後ろにルピナスが関係しているとお考えで……?」
「今はまだそこまで解りませんが、おそらくは」

 ――これはちょっと、『乙女ゲーム』の域を超えておりませんこと? 大丈夫なのかしら、ニーハイム様も、私も、ヒロさんたちも。

 けれど、これはあくまで『乙女ゲーム』の世界での出来事なのですから。

「それならば、私も、出来る限りニーハイム様のお手伝いをします! させてください!」

「なっ」
 ニーハイムス様は驚いて声をつまらせてしまったわ。

 そう、これが『乙女ゲーム』の世界なのなら、ここは『乙女の戦場』のはずよ!

「私だって、伊達に由緒正しき伯爵令嬢としての教育を受けてきたわけでは有りませんわ」
 更には、『悪役令嬢』の看板スキル付きよ!

 ハクテイさんは念を押すように私に問いてきたわ。
「カレン、自らに危険が及ぶかもしれんのだぞ?」
「承知の上です。しかし、ニーハイムス様の妻になる身ならば、これからも通らねばならぬ道でしょう?」

 ニーハイムス様はびっくりなさっておられたけれど。
「カレン……。貴女には危険な思いをさせたくは無いのですが。貴女は私と同じ道を歩んでくださると言うのですか?」

「もちろんですわ。ニーハイムス様。これは私が決める私の運命です。流されるまま運命を受け入れようとしていた、かつての私とは違います」

 そう、一年前の私は運命を甘んじて受け入れて悪役令嬢になりきることしか考えていなかったわ。
 しかしこうして一年経って、別の、こんなにも素晴らしい日々を過ごす機会を与えてくださったニーハイムス様の危機に、どうして私が何もしないというの?

「……例え具体的なお役に立てなくても、何かご助力になれば……どうするかは思い浮かびませんけれど……」

「カレン」

 ニーハイムス様は私を抱きしめて来たわ。

「貴女の気持ち、その真心が俺には眩しくて、嬉しい……!」

 私は出来る限り優しく抱き返して。
「ニーハイムス様に、今一瞬でもそう思って頂けるのならば私はそれが嬉しいのです……」

 ハクテイさんはそんなニーハイムス様と私を流し見て。
「ふふ。流石は我が認めた乙女だ。我も助力を惜しまぬぞ、カレン」

「ありがとうございます、ハクテイさん」

 私はニーハイムス様の腕をほどいて、ハクテイさんにも抱きつきましたわ。
「はは、カレンよ。我よりニーハイムスであろう」
「ハクテイさんも今は私の大切な家族のようなものですわ」

「ならば我も家族と、その未来の夫を大切に護らねばならぬな」
 ハクテイさんは大きく喉を鳴らしましたわ。

「感謝します。偉大なる白虎よ。そして未来の我が妻カレンよ」
しおりを挟む

処理中です...