悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。

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第3章 高校1年生 2学期

第52話 中間発表。

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 選挙活動6日目。
 この日は新聞部が計測した票の中間発表の日である。

 いつも学園新聞が貼り出される掲示板には、ちょっとした人だかりが出来ていた。
 その中には、当然、冬馬や冴子様、神楽様の姿もある。

「どうなんやろな……?」
「前評判は冴子様:神楽様:冬馬君=5:3:2でしたわよね?」

 現時点でもこの差が縮まっていないとすると、少々厳しい。

「少しでも追いつけているといいですね」
「大丈夫よ」
「だといいけどね」

 3人組も新聞が来るのをじっと待っている。

「頑張っているようだな」
「お。誠か。大将なら大丈夫だぜ。きっと当選するさ」

 学園祭以来、少し縁が遠のいていた誠が嬉一に声をかけつつ、私の横にやってきた。

「不安か?」
「いえ。多分、冬馬くんは当選すると思いますから」
「……そうか。信じているのだな」
「信じている……のとはちょっと違うんですけれど……」

 まさかゲームの知識だとは言えまい。

「俺も文化系の部活を中心に、冬馬を売り込んでおいた。少しは役に立っているといいが……」
「そうだったのですか。ありがとうございます」

 私がそう言うと、誠はなぜか苦笑を漏らした。
 おかしなことを言っただろうか?

「来たぞ」

 少し硬い声で、冬馬が言った。
 見ると、新聞部員が丸めた方眼紙を持ってやって来た。
 貼り出される様をみなでみつめる。

 結果は――。

 西園寺 冴子、197票。
 加藤 神楽、152票。
 東城 冬馬、149票。
 未調査、38票。

 であった。

「大体4:3:3ってところか」
「未調査分を全部取って、ようやく冴子様に並ぶんやな」
「でも、前評判よりは間が詰まっていましてよ?」

 追い上げてはいるが、やや厳しいか。
 さすがは現副会長。
 信頼が厚い。

「頑張っているようね」

 噂をすればなんとやら。
 冴子様ご本人がいらっしゃった。

「ええ、まあ。まだまだこれからですよ」
「ふふっ。そうね。私も気を抜かずに頑張るわ」
「かーよー!」
「うわっ! こっち来ないでよ!」

 場違いな声を響かせたのは加藤兄妹。

「そうか、そうか。佳代も僕が2番手に甘んじていることを嘆いてくれるんだね。嬉しいよ」
「だから、キモいって! 勝手に解釈しないでくれる!?」

 この兄妹は平常運転である。

「ちょっと神楽君。そんな余裕でいいのかしら? 冬馬君にだいぶ追い上げられているようだけれど」
「ははは。何を言っているんだい、冴子。追い上げられているのはキミじゃないか。分かっているくせに」

 神楽様は余裕の表情で言った。

「どういうことかしら?」
「僕の事前調査では、5:3:2くらいだった。僕はそこからあまり変わらず、冴子が減り、冬馬君が追いついてきたんだよ。焦るべきはキミの方さ」

 確かに、その票読みは冬馬のそれと一致する。

「先日、佳代のクラス前でひと騒ぎあっただろう? その時に冴子のシンパが暴れて、冬馬君のスタッフたちがそれを上手いこと収めていたから、その影響も大きいんじゃないかな?」

 それが本当だとすれば、嬉一大手柄である。

「弥彦君のことね。あの人は……まったく……」

 珍しく、冴子様が苦虫を噛み潰したような顔をした。

「ファンが多いのも考えものだね」
「よしてよ。慕ってくれる人が多いのは嬉しいけれど、その一人ひとりがどんな行動を取るかまで面倒見切れないわ」

 神楽様の冷やかしに、苦笑して肩をすくめる冴子様。

「小細工はやめましょうよ、神楽先輩」

 そんな中、冬馬の冷たい声が響いた。

「小細工? 何のことかな?」
「弥彦とかいうあの先輩。暴れさせたのは神楽先輩でしょう?」

 冬馬の発言に、集まった人たちが大きくざわついた。

「大方、冴子先輩の人気を下げつつ、その場を上手く収めて人気をかっさらうつもりだったんでしょうけれど、当てが外れましたね」
「冬馬君、何を証拠にそんなことを言っているんだい?」
「証拠か……。ありませんね。強いて言えば、オレの勘です」
「誹謗中傷もいいところだよ……。まあ、僕は些細な事は気にしないからいいけど、発言にはもう少し責任を持った方がいいかな?」
「ご忠告痛み入りいます。でも、今後――特に公開討論会で同じような手は通じないと思って下さい」

 真偽の程は定かではないが、冬馬は何やら確信を持っているらしい。
 となると、投票前の最大の山場、公開討論会を警戒しておくのは当然の一手と言える。
 全校生徒の前で、サクラを使った妨害をされたら選挙には致命傷だ。

「だーかーらー。何のことか分からないって。やだなー。あんまりしつこく言うと、選挙管理委員会に訴えるよー?」
「ご自由に。むしろ、きちんと調べて頂く方がいいかもしれません」
「……はぁ。ぬかに釘とはまさにこのことだね。弥彦は友達だから、彼に不名誉なことはしないけれど、本当に発言には気を付けた方がいいよ。じゃあ、佳代。またね」
「はいはい。行った、行った」

 神楽様はスタッフを連れて去って行った。

「本当なの、今の話?」

 冴子様が半信半疑といった顔で冬馬に尋ねた。

「オレも信じたくないですが、佳代がそうに違いないと」
「佳代ちゃんが?」
「だって不自然じゃないですか。兄があんな都合よくあの場に居合わせるなんて」

 言われてみればその通りだ。

 候補者でない一般の学生なら、ポスターを見に来たとでも言われれば納得できる。
 でも、自身も候補者である神楽様が、対立候補のポスターを見に来るとはちょっと考えにくい。
 公約を探るにしても、わざわざ本人が出向いてしまったら、格下に見られてしまうだろう。

「弥彦様だって、あんな公衆の面前で暴力沙汰を起こしたら、よくて停学、最悪退学ですよ」

 確かに、あまりにもリスキーだ。
 いくら百合ケ丘がおおらかな校風だからといって、何でもかんでも容認される訳ではない。
 1学期の誘拐事件以降、暴力などには敏感になっているから、佳代さんの指摘はあながち間違っていないと言えるだろう。

「考えてみれば、確かに変なんだよな……」

 嬉一が何かに思い当たったかのように呟いた。

「弥彦先輩は確かに短気で粗暴な所があるけれど、筋は通す人なんだ。あんな理不尽なことを理由なくする人じゃねーよ」

 部の先輩であるという弥彦のことを、嬉一はそのように評した。
 疑惑はますます深まる。

「兄は狡猾です。使える手ならどんな手でも使ってきますよ」
「神楽君がねぇ……。1年間一緒に仕事したけれど、そんな風には全然見えなかったわ。仕事のできる天然ボケかと思ってた」
「兄のあれは人工ボケです」

 佳代さん、なかなかに辛辣である。

「どうせ競うなら正々堂々といきたいところです」
「同感だわ」

 冬馬の言葉に冴子様も頷く。

「私もちょっと気を引き締め直すわ。神楽君のことはまだ半信半疑だけれど、気をつけるようにする」
「そうして下さい。何かあったら言って下さい。共同戦線張れるところだってあるでしょうし」
「ふふふ。大丈夫。私、こう見えても打たれ強いんだから」

 おふざけで力こぶを作ってみせる冴子様。
 ……全然、こぶが見えないんですけれど。

 でも、私と違って、冴子様は運動も出来るはずなんだよなぁ。

「それじゃあ、私も行くわね。公開討論会では容赦しないわよ?」
「望む所です」

 冴子様と冬馬は不敵に笑いあって別れた。

 いよいよ選挙戦も後半戦。
 冬馬は当選できるのだろうか。
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