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番外編
入学準備中のお話 3
煌びやかな皇宮内には珍しく、質素な部屋がある。
皇太子教育のために用意されたその部屋は、勉強する以外にできることがない。集中して学問に取り組むことができる場所とも言える。
ピングはそこで、一生懸命に羽ペンを動かしていた。
教育係に渡された魔術の本の内容がなかなか理解できなかったピングは、悩みに悩んだ。
だが自分で悩んで解決できるものなら、ピングはとっくに超優秀な皇太子になっていることだろう。
仕方なく、ピングは大人に相談することにする。
皇宮で目についた大人に、片っ端からどうしたら覚えられるか聞いてみた。
乳母のグリチーネ侯爵夫人や教育係のモブラン夫人にも、執事やメイドなどの使用人にいたるまで、みんなだ。
「声に出して読む」「書いて覚える」「線を引きながら読む」などなど様々な意見を貰った。
そんな中、ピングに会いにきてくれた皇帝が魔術の本をパラパラとめくりながら、
「ひとまず、聞いたことを全部試すといい。やれば自分に合う方法が必ず見つかるからな。なぁに私の息子だ。素晴らしい魔術師になることは決まっているさ」
と、笑ってくれた。
大きなゴツゴツとした手でピングのふわふわの頭を撫でながら、
「自分だけで解決できないことについて、臣下の意見を聞けるのは皇帝の資質だな。偉いぞピング」
と褒め言葉も添えてくれる。
皇帝の使い魔である大鷲も、応援するようにピングの肩に乗って擦り寄ってきた。
みんなの尊敬を集める皇帝に褒められたピングは、やる気に満ち溢れた。
そういうわけで、せっせと本に記載されていることを羊皮紙に書き写しているところだ。
これだけ書けば、なんとなく内容を覚えてきた気がする。しかし、なんとなくだ。
何度も本を開く内に、書いてある説明もなんとなく理解できるようになってきたような......そのくらいだ。
それでもピングは羽ペンを動かした。
そしてしばらく頑張ったピングは、椅子に座ったまま伸びをする。
縁に彫刻が施された背もたれにグッと体重をかけると、傾いた猫足の椅子がカタカタと鳴った。
「んーっ……今日はここまで……良い天気だし庭に出て…………あれ?ティーグレ?」
庭に出てお茶でもしようかと窓の外に目線を向けると、ティーグレが外にいるのが見えた。
座学のための部屋は皇宮の二階にあるため、外の様子がよく分かるのだ。ピングは立ち上がって、日光で温かくなった長方形の窓枠に手をかけた。
窓ガラスの向こうで、こちらに背を向けたティーグレが木に隠れてコソコソしている。
ティーグレは、木の影から剣術稽古中のアトヴァルを覗いているのだ。
「ティーグレは本当に……アトヴァルが好きだなぁ」
ピングはぼそっと呟いた。
自他共に認めるほど、ピングとティーグレは仲がいい。
ピングが楽しさを共有したい時も、悲しみを慰めてほしい時も、いつもティーグレが一番にそばにいてくれる。
でもピングと兄弟のように仲がいいこととは別に、ティーグレは第二皇子のアトヴァルのことが大好きなようだ。
アトヴァルの姿を見かける度に感嘆し、アトヴァルの話題になると賞賛する。
唯一の友人を取られてしまいそうなピングは面白くないが、同時に納得もしている。
アトヴァルは、誰が見ても美しくてカッコいい。
明晰な頭脳を持ち、剣術も弓術もお手のもの。
ピングが百回練習したダンスを一回見ただけで踊れてしまう。才能の塊のような男だ。
まさに皇帝になるために生まれた男。
同じ皇帝の血を引いている同い年の皇子だというのに、頑張っても人並みに届かないピングとは雲泥の差である。
(隠れないで堂々と見学しに行けばいいのに)
何をしても優秀で男前なティーグレとアトヴァルならば、互いに研鑽し合える良き友になるだろう。
しかしティーグレはピングにはあんなに親しくしてくるのに、好意を寄せているはずのアトヴァルとは仲良くなろうとしていないようだ。
変なやつだな、と、ぼんやりと眺めていると、不意にティーグレがこちらに目を向けてきた。形の良い唇で弧を描き、ピングに手を振ってくれる。
アトヴァルから自分に目線を移してくれたのが嬉しくて、ピングは手を振り返す。
そして「そっちに行く」と身振り手振りで伝えた。
遠目にティーグレの笑みが深まったのを確認して、ピングはいそいそと部屋の扉を開ける。
飛び出した先の回廊は、大きなアーチ窓から差し込む光で照らされていた。
壁に掛かる絵画の英雄や天井に直接描かれた歴代皇帝の使い魔たちが、回廊を軽やかにスキップするピングを見守ってくれている。
ピングが機嫌良く階段を下りかけたその時だ。
「ピング殿下……」
と、名前を呼ばれてビクッと足を止める。
スキップしてはいけないと怒られるかもしれない。大慌てで振り返るピングだったが、近くに大人の気配はなかった。
念のために回廊の向こう側まで覗くと、メイドたちの姿が見える。
豪奢なクリスタルシャンデリアが吊られている回廊で、箒を持った三人が額を突き合わせていた。
ピングに話しかけたわけでもないのに自分の名前が出てきたということは、きっと良い話ではないだろう。
聞かない方がいい可能性が高い。
そう思いつつも、ピングは階段前の踊り場で止まってしまった。息を潜めて、聞き耳を立てる。
皇太子教育のために用意されたその部屋は、勉強する以外にできることがない。集中して学問に取り組むことができる場所とも言える。
ピングはそこで、一生懸命に羽ペンを動かしていた。
教育係に渡された魔術の本の内容がなかなか理解できなかったピングは、悩みに悩んだ。
だが自分で悩んで解決できるものなら、ピングはとっくに超優秀な皇太子になっていることだろう。
仕方なく、ピングは大人に相談することにする。
皇宮で目についた大人に、片っ端からどうしたら覚えられるか聞いてみた。
乳母のグリチーネ侯爵夫人や教育係のモブラン夫人にも、執事やメイドなどの使用人にいたるまで、みんなだ。
「声に出して読む」「書いて覚える」「線を引きながら読む」などなど様々な意見を貰った。
そんな中、ピングに会いにきてくれた皇帝が魔術の本をパラパラとめくりながら、
「ひとまず、聞いたことを全部試すといい。やれば自分に合う方法が必ず見つかるからな。なぁに私の息子だ。素晴らしい魔術師になることは決まっているさ」
と、笑ってくれた。
大きなゴツゴツとした手でピングのふわふわの頭を撫でながら、
「自分だけで解決できないことについて、臣下の意見を聞けるのは皇帝の資質だな。偉いぞピング」
と褒め言葉も添えてくれる。
皇帝の使い魔である大鷲も、応援するようにピングの肩に乗って擦り寄ってきた。
みんなの尊敬を集める皇帝に褒められたピングは、やる気に満ち溢れた。
そういうわけで、せっせと本に記載されていることを羊皮紙に書き写しているところだ。
これだけ書けば、なんとなく内容を覚えてきた気がする。しかし、なんとなくだ。
何度も本を開く内に、書いてある説明もなんとなく理解できるようになってきたような......そのくらいだ。
それでもピングは羽ペンを動かした。
そしてしばらく頑張ったピングは、椅子に座ったまま伸びをする。
縁に彫刻が施された背もたれにグッと体重をかけると、傾いた猫足の椅子がカタカタと鳴った。
「んーっ……今日はここまで……良い天気だし庭に出て…………あれ?ティーグレ?」
庭に出てお茶でもしようかと窓の外に目線を向けると、ティーグレが外にいるのが見えた。
座学のための部屋は皇宮の二階にあるため、外の様子がよく分かるのだ。ピングは立ち上がって、日光で温かくなった長方形の窓枠に手をかけた。
窓ガラスの向こうで、こちらに背を向けたティーグレが木に隠れてコソコソしている。
ティーグレは、木の影から剣術稽古中のアトヴァルを覗いているのだ。
「ティーグレは本当に……アトヴァルが好きだなぁ」
ピングはぼそっと呟いた。
自他共に認めるほど、ピングとティーグレは仲がいい。
ピングが楽しさを共有したい時も、悲しみを慰めてほしい時も、いつもティーグレが一番にそばにいてくれる。
でもピングと兄弟のように仲がいいこととは別に、ティーグレは第二皇子のアトヴァルのことが大好きなようだ。
アトヴァルの姿を見かける度に感嘆し、アトヴァルの話題になると賞賛する。
唯一の友人を取られてしまいそうなピングは面白くないが、同時に納得もしている。
アトヴァルは、誰が見ても美しくてカッコいい。
明晰な頭脳を持ち、剣術も弓術もお手のもの。
ピングが百回練習したダンスを一回見ただけで踊れてしまう。才能の塊のような男だ。
まさに皇帝になるために生まれた男。
同じ皇帝の血を引いている同い年の皇子だというのに、頑張っても人並みに届かないピングとは雲泥の差である。
(隠れないで堂々と見学しに行けばいいのに)
何をしても優秀で男前なティーグレとアトヴァルならば、互いに研鑽し合える良き友になるだろう。
しかしティーグレはピングにはあんなに親しくしてくるのに、好意を寄せているはずのアトヴァルとは仲良くなろうとしていないようだ。
変なやつだな、と、ぼんやりと眺めていると、不意にティーグレがこちらに目を向けてきた。形の良い唇で弧を描き、ピングに手を振ってくれる。
アトヴァルから自分に目線を移してくれたのが嬉しくて、ピングは手を振り返す。
そして「そっちに行く」と身振り手振りで伝えた。
遠目にティーグレの笑みが深まったのを確認して、ピングはいそいそと部屋の扉を開ける。
飛び出した先の回廊は、大きなアーチ窓から差し込む光で照らされていた。
壁に掛かる絵画の英雄や天井に直接描かれた歴代皇帝の使い魔たちが、回廊を軽やかにスキップするピングを見守ってくれている。
ピングが機嫌良く階段を下りかけたその時だ。
「ピング殿下……」
と、名前を呼ばれてビクッと足を止める。
スキップしてはいけないと怒られるかもしれない。大慌てで振り返るピングだったが、近くに大人の気配はなかった。
念のために回廊の向こう側まで覗くと、メイドたちの姿が見える。
豪奢なクリスタルシャンデリアが吊られている回廊で、箒を持った三人が額を突き合わせていた。
ピングに話しかけたわけでもないのに自分の名前が出てきたということは、きっと良い話ではないだろう。
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そう思いつつも、ピングは階段前の踊り場で止まってしまった。息を潜めて、聞き耳を立てる。
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