悪役未満の出来損ない皇太子は、訳あり幼なじみの巨大な愛に包まれているらしい

虎ノ威きよひ

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四年生編

そんなに?

 クリスタルは体しか治してくれない。
 だからティーグレの服は傷ついたままだが、顔色も大丈夫そうだし腕の動きにも違和感はない。
 足も曲げたり伸ばしたりと、ちゃんと動いているようだ。

 ピングは、ティーグレの太ももに遠慮がちに触れてみる。

「なぁティーグレ、もう痛いところないか?」
「ああ。ありがとうピング」

 おいで、というように、ティーグレは緩く腕を開いてくれた。
 パッと表情を明るくしたピングは、その胸に飛び込む。

「よかったー!」

 力いっぱい抱きしめても、膝の上に乗っても、ティーグレはいつも通り笑っている。
 痛がる素振りは全くなくて、ピングは心の底から安心した。

 存在を確かめるように頬を擦り寄せ、形の良い唇に自分の唇を重ねる。
 しっかりと抱きしめ返してキスに応えてくれるから、もっともっととピングはねだる。

 しかし三回目の口付けを終えると、ティーグレは唇を離した。コツンと額と額が合わさり、ティーグレが小さく息を吐くのを至近距離で感じる。

「でもピング。崖を降りるなんて危ねぇこと、もうすんなよ。お前まで怪我したらどうすんだよ……寿命が縮んだ……」

 ティーグレの抱きしめる力が強くなり、逞しい体は震えている。
 消え入りそうになっている声は、ピングの胸にちくちくと刺さった。

 申し訳ないと思うが、あの時のピングだってティーグレが心配で仕方なかったのだ。

「か、体が勝手に……そのまま飛び降りないでクリスタルを使う理性があったことを褒めてくれ」
「そのまま飛び降りてたら、エリッソも飛び降りちまってたよ」
「う……それは……っ、ティーグレ?」

 エリッソの絶叫を思い出して苦虫を噛み潰したような表情になったピングは、言葉を切った。

 ティーグレが首筋に鼻を埋めてきたのだ。
 それだけなら良いのだが、そこで深く息を吸い込んでいるからたまらない。
 皮膚の薄い部分で空気が動いて、体がビクンッと跳ねてしまう。

「……っ、くすぐったいぞ!」
「ん……ごめん。少しだけ……」

 まるで主人の匂いを確認する犬のようだ。
 ティーグレの気持ちを思ってしばらくは好きにしてもらおう、とピングは体から力を抜こうとした。

 だが、うまくいかない。
 大きな手が、ピングの細い体の形を確認するように這い始めたのだ。

(あ、あれ? なんか……くすぐったい……というか……?)

 未知の感覚に襲われて、ピングはティーグレの背中にキュッと爪を立てる。
 腹の奥がむずむずする。
 背中がゾクゾクして、腰が反れてしまう。

 だが、ティーグレは混乱しているピングの様子なんて気にしていない。
 優しく頬や額、耳に口付けながら、腰、背中、腕、太ももにまで手を滑らせてきた。

 ピングの鼓動は次第に速くなっていく。
 唇を噛み締め、目を瞑った。

「……っ」
「よし、本当に怪我してねぇみたいだな……あー……よかった……ん? ピング?」

 心ゆくまでピングの体をまさぐっていたティーグレが、気の抜けた声を出した。
 熱くなってしまった顔を俯けているピングを覗き込もうとしてくる。

 ピングはわなわなと唇を震わせた。

「い……」
「い?」
「いい加減にしろ! くすぐったいって言ってるだろう!!」
「ぉわっ!!」

 力任せに厚い胸を押す。
 その勢いで立ち上がって、ティーグレから距離をとった。

「そ、そんなに怒るぅ? ちょっと確認しただけだって」
「ほら! 行くぞ! 早く戻らないと叱られる!」

 ピングにはティーグレの話を聞いてやる余裕がない。目を白黒させているティーグレに背を向ける。

 いまだに鼓動の速度が落ちない胸に、手を当てた。
 さっきの、甘くて痺れるような感覚が抜けてくれない。

 叫び出したいのを我慢していると、ティーグレがすぐに背後に追いついてきた。
 当然のように繋がれた手が熱い。
 しかし振り払う気にはならなくて、ピングは落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。
 ひたすら真っ直ぐに、無心に足を動かすことにした。

 隣でピングの様子を訝しげに観察していたティーグレが、不意に口を開く。

「……ところでピング。ここから街への戻り方はエリッソに聞いたりしたか?」
「…………」

 何も考えていなかった。

 ピングが無言になったことで、ティーグレが察したようだ。
 短い銀髪をかき上げて、青空を見上げた。
 紫の瞳が映す太陽は、まだ高いところで世界を照らしている。

「うーん……タイムリミットは日が暮れるまで。チキチキレース開幕だな……」

 必死すぎて後先考えずに動き出すのは、やめた方がいい。
 わかってはいるのだが、難しいと思うピングだった。
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