【完結】青春は嘘から始める

きよひ

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杏山と土居の場合

七話

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 土曜日、午前8時の公園。
 芝が広がる広い場所で、遊歩道に囲まれている。
 そこに俺は子犬のリードを持って立っていた。
 じいさんばあさんが散歩してお喋りしたり、他にも犬の散歩に来ている人がいたりするのが見える。

 正直まだ眠い。
 でも、夜はちゃんと担当してるとはいえ、朝の散歩はばあちゃんがやってくれてる。言い出しっぺとしては休みの日くらいはやらないとダメだよなと重い腰を上げた。
 ばあちゃんの家に着いた時、俺の顔を見て嬉しそうに寄ってくる子犬の姿を見たら早起きの甲斐があるなぁと思った。
 この数日で、ばあちゃんにすごく懐いてるけど、散歩は俺との方が好き勝手走れるんだと思う。
 なんせ若いからな俺!
 
 そしてもうひとつ、わざわざ朝早くに散歩に来た理由は。

「悪い! 待たせか?」

 こいつだ。
 黒い半袖のTシャツとハーフパンツという姿で遊歩道を走ってくる土居が近づいてきた。
 日に焼けた肌に白い歯で、眠気なんて感じられない爽やかな雰囲気。そしてやっぱり顔がいい。こいつとナンパいったら絶対成功して逆に惨めな思いしそう。

「今きたとこ! ってか、もしかして走ってきたのか? なんて……」
「ああ、丁度いいランニングコースだと思って」

 土居は目の前に来ると、俺に答えながら片膝を立ててしゃがむ。仔犬は笑いかけられて、人懐っこい声を出しながらブンブンと尻尾を振った。

「この後、部活いくって言ってたのに自転車なくて大丈夫か!?」
「今日は午後からなんだ。走って行けなくもないけど荷物があるからな。散歩終わったら1回帰って自転車で行くから大丈夫だよ」

 なんでもないことのように言ってくるということは、無茶な距離でもないのだろう。
 仔犬の様子が気になるみたいだったから、

「一緒に散歩してみるか」

 って誘ったら、部活の前に来るといってきた。
 なんか忙しいのに要らんこと言ったかなって思ってたから少し安心した。

「土居の家、意外と近かったんだな」
「ああ、2駅分くらいだ」
 なるほど。
 俺なら絶対走ってはこないな、うん。
 自転車ならともかく。
 感覚が違うんだろうな。

 事前に俺が教えた通り、仔犬が擦り寄ってくるのを待ってから撫で始めた土居。
 なんかもう綺麗な宇宙人にしか見えなくなってきた。
 
 ◆

「ほら、とってこーい」

 俺は赤いゴムボールを軽く下から投げた。
 野球ボールサイズの弾力のあるボールは、芝生をぽんぽんと跳ねていく。それを嬉しそうに尻尾を振って仔犬は追いかけていった。
 すぐにボールを咥えて戻ってきた仔犬を撫でてやる。

「上手にとってきてえらいな」

 土居の感心した声が降ってきた。

「やってみるか?」

 ボールをポンと投げると、キャッチした土居がにっこり笑う。

(なんか笑うと可愛いな)

 無いはずの母性本能が擽られる、ような気がした。そういうところも、女子に人気の秘訣なのかもしれない。
 確実に天然だろうから真似したいけどできない。

「弾力があって、柔らかいんだな」

 土居はボールの感触を確かめるように左手の指を動かした。
 そして、誰も居ない広い方へと体と右足の先を向けた。
 くるくると肩を回して。

「よし、いけ!」

 楽しげな声と共に放たれた豪速球。

 えっ、と思った時にはまぁまぁ離れた木にぶつかっていた。
 ポトン、コロコロ……と落ちていく。

 唖然とそれを見届けている俺と仔犬を見下ろして、土居は心底不思議そうに首を傾げた。

「取りに行かないのか?」
「いやいや! 待て待て待て!」

 俺は立ち上がって、前髪が全く邪魔しない額を指で弾く。

「追いつけるかそんな早いの! 仔犬! まだ子どもだぞこの子!」
 もっと言うなら、伸縮可能とはいえ、リードの紐がそんなに遠くまで伸びない。
「あ、そうか。ちょっと加減が分からなくて」
「お前はうっかりで人の腕を折る怪物か!!」
「杏山は面白いこと言うな」

 全力でツッコむ俺に対して、土居は顎に手を当てて感心したように目を瞬かせた。
 普段は面白いって言うのは褒め言葉だ。
 けど、そういうことじゃなーい!

「反省してくれ!」

 この宇宙人!
 人が居ない方向に投げる常識はあって良かった! 
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