【完結】青春は嘘から始める

きよひ

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杏山と土居の場合

九話

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 土居の初心な反応が気になりすぎて悶々としたまま休日を過ごすことになってしまった。
 あの後、当たり障りない会話だけして別れたんだけど。
 もう、あの燃えるような真っ赤な顔が頭から離れない。
 何かの間違いの可能性が高いと思ってたのに、土居は本当に俺のことが好きなのだろうか。

 そんなことで頭をいっぱいにしたまま月曜日になった。
 
「杏山ー! 暇そうだな?」

 放課後の掃除当番中。担任の海棠先生に捕まってしまった。
 にこやかに手を振って近づいてくるけど、一応は抵抗しておく。

「俺のどこが暇そうなんだよー! 掃除してるしこの後バイトだし、いつも忙し」
「うんうん。これ、ちょっと生徒会室に持ってってくれ」

 拒否権はないらしい。
 ポンっと軽快に頭に置かれた冊子を受け取るしかなかった。

「このくらい自分で持ってけよぉ」

 と唇を尖らせても、

「任せたぞー」

 と行ってしまう。生徒づかいが荒い!
 他の掃除当番たちは薄情なことに、いってらっしゃいと手を振っている。
 俺は仕方なく生徒会室に足を運ぶことにした。

 うちの生徒会室は、フィクションの世界と違って豪華な雰囲気は一切ない。
 普通の教室に普通の机が並んでいるだけだ。
 違うところといえば、いろんなファイルが置いてある大きな棚があることと、部屋の様子が外からは見えなくなっているところだろうか。
 だから普段は生徒会なんて優等生の集まりに縁がない俺には、何をしているのかどんな頻度で集まっているのかなんかはさっぱりわからない。

 なんとなく、扉の前で深呼吸してからノックする。
 すぐに返事があったから、元気よく挨拶しながら入っていった。

「失礼しまーす! これ、海棠先生から預かってきましたでーす!」
「ありがとう、助かるよ」

 超の付く美形が、眼鏡をかけた顔を上げて微笑んだ。
 窓を背に座っているから、差し込む光がまるでありがたい後光のように見える。
 艶のある黒い髪にキラキラと反射していて、少女漫画のヒーローみたいだ。
 目の前にいる生徒会長の 水坂龍興みずさかたつおみは、間違いなく学校一、モテる男。
 顔良し、性格良し、運動神経良しで非の打ち所がない。

 そして罰ゲームの参加者で、俺の幼馴染でもある 梅木まもるが告白成功させた相手である。
 俺もだけど、いったいどうしてそうなった。

「あれ」
「ん?」

 俺の姿を認識した水坂が目を瞬かせたから、思わず体に視線を落とす。
 何か変なところがあっただろうか。服を着崩しているのをとやかく言うタイプじゃないんだけど。
 でも俺が戸惑っているのに気が付いて、水坂はすぐに爽やかな笑顔に戻った。

「ああ、ごめん。珍しいと思って」
「教室の掃除してたら暇そうだって渡されたんだよ。酷ぇよなー! 自分で持ってこりゃいいのに」

 中央に大きく「修学旅行」と書かれた冊子を差し出しながら愚痴を言うと、水坂は受け取りながら眉を下げた。

「そうだな。でも、先生は忙しいから仕方ないさ」
「さすが、良いやつだなぁ」
「そんなこと、全然ないよ」
「またまたぁ」

 俺にはさらっと同意して、先生のフォローもしてやるなんて生徒の鑑だ。
 謙遜して偉ぶらないのも好感度が高い。
 ひとりで居るところを見たことがないくらい人気なのも頷ける。

 さて、渡すものは渡したし帰ろうと足を動かしたとき、水坂に呼び止められた。

「そういえば、杏山って梅木うめきと仲良いよね」
「ああ、家が近所だからな。幼なじみってやつ」
「そういうことか」

 合点がいったというように頷く姿を見ただけで何を考えているかがわかる。
 チャラいと言われる俺と地味でオタクっぽい梅木まもるは、傍から見たら一緒にいるタイプではないから不思議に思ったんだろう。
 梅木まもるが俺に話しかけてくる度に一緒にいる奴に質問されたから慣れている。
 水坂はその完璧な顔をまっすぐ俺に向けてきた。

「だったら、梅木のこと色々知ってるよな?」
「ま、まぁ……うん」

 賢いやつだから嘘の告白のことがばれていて、今から追及されるんだったらどうしようと、内心ヒヤヒヤしながら頷く。

「梅木が好きなものとか、貰ったら喜ぶものとか知らないか?」

 普通に恋人っぽい質問が来た。

(ここであいつが好きなアニメキャラクターとか答えたら怒られるんだろうな)

 俺は幼馴染が「お前水坂に何を吹き込んだんだよ!」と顔を真っ赤にして怒っているのを想像して他の案を考えることにした。

「んー……すっげぇ甘党だよ。昼メシがパンの時は全部甘いやつの上にココアとかいちごミルクとか飲んでる」

 甘い食べ物ならプレゼントもし易いしデートにも繋がり易いだろうと、無難なものをお伝えする。

「売り切れてたからしょうがなくって、あいつ……」
「え?」

 眼鏡の位置を指で直している水坂から、聞いたことのない低い声が出た気がして聞き返す。

「いや、なんでもない。教えてくれてありがとう」

 こちらを改めて見た水坂は、いつもの優しそうな生徒会長だった。気のせいか。
 俺は、こんな良いやつをだましているのが申し訳なくなるとともに興味がわいてきた。
 梅木まもるはまだ真実を伝えられていないと言っていたが、あの恋愛初心者と生徒会長はどんなお付き合いになっているのだろうか。

真守まもると、最近その、仲良いのか?」

 我ながら探りを入れるのが下手すぎた。
 だがそんなことより、次の一言で明らかに水坂を纏う穏やかな空気が一変したことを肌で感じた。

「まもる?」

 先ほどとは違い、声はいつも通りだ。
 でも俺は「笑っているのに目が笑っていない」ヤツを今、初めて体験している。

「えと、あいつ、梅木真守うめきまもるって……」

 いやいやそのくらい水坂なら知ってるだろう。
 先ほどの疑問形はそういうことじゃない。
 しかし、ビビりすぎてコミュ障みたいな返事しか出来なかった。

「……うん、仲良くしてくれてるんだ。真守くん」
 
(呼び方変わりましたね)
 
 俺の本能が言っている
 俺は今、なんかミスった。
 もしかして、穏やかそうに見えて独占欲強いタイプだった? 
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