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第一章
禁句
しおりを挟む2人は顔を見合わせて悩んでいる。
私と後ろの激怒中の3人を見比べた。
「ほ、本当に、本当につい言ってしまっただけで本気で思っているわけじゃ……!」
片方がガタガタ震えながら口を開いた。
文字通り冷や汗をかいている。
どうやら私に頼った方が助かる可能性が高いと踏んだらしい。私への信頼がすごい。
何を言っちゃったか知らないけど、可哀想になってきたな。
私は振り返ると、ネルスとアンネに悪口だけが聞こえなくなる魔術をかける。
ネルスが不服そうに唇を尖らせ、アンネまでも不満そうな表情になった。
ごめんね、私の代わりに激怒する人間が増えそうでちょっと面倒だからね。
悪口ってノってきちゃうと大体大袈裟に言うし本当に本気ではなかったのだろう。
だからといって言っていいこと悪いことの判断はして欲しいけど。
「デルフィニウムは、『魔族』なんじゃないかって……」
どんどん声が萎んでいく。
そんな本気で死にそうな顔しないでも。
(なんだそんなことか。拍子抜け)
と、言いたいところだが、この国で
「お前は魔族だろう」
というのは「死ね」「殺す」辺りより相手を侮辱する発言だ。
王朝を破滅に陥れる大昔に居たとされる巨悪。物語の悪役。
歴史的根拠も科学的根拠も魔術学的根拠すらなーんにもないが、この国の人たちは「魔族」を嫌悪して恐れている。
小さい時からの刷り込みってこわい。
後は魔力が強い人への蔑称というか、一種の差別的用語として使われていたらしい。今は人に絶対使ってはいけない言葉である。
子どもが言っていたらその場でビンタして訂正し、叱りつけるレベルの禁句。
魔族の特徴と言われるのは溢れるほどの魔力と男女問わず惑わす美しい容姿。
それって私じゃない?って思うよね。
正直、これもいつか言われると思ってたんだよ。
でも魔族というのは産まれたその瞬間から魔族であるという自覚があるらしい。
そういえば追い詰められると醜い化け物に変身するタイプが多い。タイプが多いっていうのは物語上、そういうのが多いだけで実在しないのだから確かめようもない。
皇族王族に取り入って内部からめちゃくちゃにする話ももちろんある。
まぁとにかく、私を見ていて常日頃から「魔族」を連想してしまっていたからついつい口から滑り出てしまったのだろう。
改めて口にされた「魔族」という言葉に、ずっと怒ってる3人の殺気が増す。
そのくらい悪い言葉なんだよなんで言っちゃったかなーおバカ――ば――か――。
私が怒らないのも相当不自然だし許される言葉じゃないんだからあっさり許すのも違うのかな―でも正直どうでもいい。
魔族って言われたのどうでもいい。
死んだ方がいいとか言われた方がまだ傷つく。
30年以上私に染み付いてる文化の差。
しかしアレハンドロエラルドバレットは私の代わりに傷ついてめちゃくちゃ怒ってくれてるし困ったな。
私は上手く言葉が出て来ずに額に手を当てて黙り込んでしまった。
その場全体が気まずい空気に包まれる。
お取り巻きたちは上級貴族の集まりだし、お家や自分の将来のためにアレハンドロに気に入ってもらおうと必死だ。
私のことは目の上のたんこぶ以外の何者でもなかったのだ。
それが溢れ出ちゃうのもう少し後じゃない?
2年生中盤くらいで爆発させるんじゃダメだった?
いやその時やらかされても困るんだけど。
なんでこれから休みだー!て時にやらかしたの迷惑な。
考えても仕方ないことしか溢れてこないので考えるのをやめた。
「し、シン……?大丈夫か?何を言われた?」
心配そうなネルスが近づいて来た。
アレハンドロの手の治療が終わったらしい。
ネルスに言ったら親にまで行きそうだから何が起こっても伝えてはいけない。
「ああ、安心しろネルス。思ったより大したことじゃなかったから」
私は立ち上がると艶のある黒髪を撫でた。
全く信じていなさそうな紫の瞳がじっと見つめてくる。こんな時でもかわいい顔だな。
私は後ろを振り返ってアレハンドロを見た。
殺気が増したと思っていたが、表情は先程より幾分落ち着いてきているように見える。
「こういう時はどういう罪になるんだ?皇太子の友人を侮辱した罪、公爵家を侮辱した罪ってところか?」
「……私の友人を侮辱するのは私を侮辱したのと同じ。よって、皇太子を侮辱した罪……いや『皇族への反逆罪』だ。それよりも貴様、腹が立つならちゃんと怒れ」
涼しい顔してヤッベェ罪に飛躍させるじゃん。
同級生に悪口言ったら命に関わりますご注意下さい。
重罪人になってしまった2人の顔は真っ青だ。
これが公になれば、皇帝が間に入ってそれはやりすぎって言ってくれるんじゃないかと思うけど。
うちの父親激怒だろうなー跡取りとか優秀とか関係なく我が子のこと大好きだからなー。
あの人を怒らせると地域間の交易とかに問題が。
貴族がややこしすぎる!
「なるほど。エラルドはどう思う?」
「ごめん、難しいことはよく分からないけど一発でいいから殴らせてくれ。あと、シンはもっと怒っていい」
無表情怖い。すごく怖い。
「バレットは?」
「一発でいいエラルドは優しいと思う。シンも怒れ」
「うん。バレットのことは絶対離さないでください」
バレットを止めている2人が大きく頷いた。完全に狂犬扱いだ。
よく見たら1人は騎士の子たちのリーダー先輩だった。バレットが簡単に振り解けないわけだ。
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