選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

虎ノ威きよひ

文字の大きさ
23 / 33

23話 きっかけ

しおりを挟む
 難しい。

 すぐに黄色が破れてしまう。なんとか箸で形を整えても、思ったような形にならない。
 この四角いフライパンを使えば、それっぽい形になるんだと思ったのは勘違いだったらしい。

 俺の人生初の卵焼きは、グズグスぐちゃぐちゃ。
 卵焼きというよりは焼き過ぎた卵だ。

「ひどい……」
「最初はそんなもんよ! 上出来上出来ー!」

 女将さんは俺の背中を叩いて励ましてくれるけど、どう見ても卵と砂糖の無駄遣いだ。
 まともに出来たのは卵を割ることだけ。俺は大さじの使い方も正直に言ってよく分かっていなかった。家庭科で習った気もするんだけどなぁ。

 置いてくれた白い角皿に盛りつけてはみたものの、手本で作ってくれた女将さんの卵焼きと同じものとは思えない。というか、正真正銘の別物だ。
 どうしてこんなにふっくらとした長方形になるのだろう。

「すみません。せっかく貴重な休み時間に教えてもらったのに」

 土曜日のランチ時間が終わった後。本来ならホッと一息ついている頃だ。
 しかも女将さんが普段は人を入れないという台所を使わせてもらっている。
 たかが卵焼きがこんなに難しいとは思わなかった。大将がだし巻き卵を作ってる時、すごく簡単そうに見えたのに。

「ふふ、片付けはしてあげるから食べてみなさいな。それともお母さんやお父さんにかしら?」
「いえ……大和が好きって言ってたから……」

 別にこんなに正直に答えなくてもいいのに口が動いてしまった。この年で両親に卵焼きってのもなかなか恥ずかしいけど、友だちにってのも意味分かんねぇよな。
 俺の気恥ずかしさとは裏腹に、女将さんは可愛い孫の話になったからなのか興奮気味に声を弾ませた。

「そうなのよ! あの子、子供の頃からこれが好きでねぇ。小さい時に教えてくれってせがまれたこともあるのよ」

 大和は俺が思ってるより女将さんの卵焼きが好きだったらしい。自分で作れたらいつでも食べられるって思ったんだろうか。
 可愛らしいが、絶対にこんな謎の卵を食わせるわけにはいかなくなった。

 シンクで水が跳ねる音をさせながら、女将さんは懐かしそうに目を細めて肩を震わせる。

「でも上手に出来なかったから拗ねちゃってそれっきり。勉強はあんなに頑張れるのに、卵焼きは頑張れないみたい」

 俺なら勉強よりは頑張れるぞ。
 コミュ症なとこ以外欠点がないやつだと思ってたけど、料理は出来ないのか。誰にでも向き不向きがあるんだな。

 俺はテーブルに女将さんの卵焼きと自分の卵焼きを並べてみる。見た目は違うけど、材料も分量も同じだ。意外と味は同じなのかもしれない。

 俺はまず女将さんの卵焼きを口に運んだ。冷めててもふんわりしてて、デザートみたいに甘い。自然と表情が緩んでしまう旨さ。
 それに対して、俺の卵焼きはゴワゴワしててなんか固い。材料も分量も同じはずなのに全然味が違うように感じて眉を顰めてしまった。
 出されたら普通に食べるけど、別に美味しくない。

 子どもの頃の大和がやる気をなくした理由が分かる気がする。同じように出来るビジョンが全く湧かないんだ。

 やっぱりとても食べてもらえるクオリティじゃないから、大和と話すキッカケはまた別で考えるとして。
 悔しいから、俺はせめて卵焼きの形になるまでは頑張ろう。

「家でも、練習してみます」
「頑張ってね! 私にも食べさせて!」

 手際よく洗い物を終わらせた女将さんが、濡れた両拳を握って見せてくれる。でも女将さんの口に入れられるクオリティになるには一〇年以上かかりそうだから曖昧に頷いた。
 自分のだけでもさっさと処理をしてしまおうと箸を持つと、女将さんが視線を動かす。

「あら大和、おかえりなさい」
「ただいま、いい匂い……、なんで」

 塾だったはずの大和が帰ってきてしまった。俺は慌てて自分で焼いた卵焼きを腕で隠して、なんでいるのかって顔をしている大和を見る。

 卵焼きになるはずだったものを見られたくないから俺のことをスルーして部屋に戻って欲しいのに、こういう時に限って足を止めて観察してきた。俺の腕の中が気になってしょうがないらしい。

「いや、えーっと」

 誤魔化そうとして無意味に口をパクパクするが、何も言い訳が浮かばない。穏便に追い払う言葉も思いつかない。

「蓮くんね、卵焼きを教えて欲しいってきたのよ! 気に入ってくれたみたい」

 ウジウジしてるうちに、女将さんがにこやかに伝えてしまった。「大和が好きだから」という部分を伏せてくれたのは大人の配慮かな。
 もちろん俺の目的なんて知るはずのない大和は、

「へぇ」

 と短く頷いてダイニングテーブルに座った。ここのところわざと避けてた癖に、よりによって俺の隣に。無表情なせいもあって、何を考えてるのかさっぱり分からない。

 話すきっかけが欲しかったから、俺の計画は成功したと言っても過言ではない。でも思ってたのと違う。作ったやつを「味見してくれ」って言うつもりだった。

「じゃあ私はそろそろお店に戻るから、食べ終わったら置いといてね!」

 女将さん、空気を読んでさっさといなくなってしまった。出来ればもう少し居て、いつもの世間話で場を盛り上げて欲しかったのに。
 自分たちでなんとかしろってことなんだろうか。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

処理中です...