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第1話

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「……大丈夫かな?」

 道場に乗り込んできた無頼漢に対峙した青年を見て、少女はそう呟いた。

 無頼漢の身なりは汚く、お世辞にも真面な人間ではないことは、町から出たことが無い少女にも理解出た。

「大丈夫さ、道場破りに負けるほどアンドリューは軟じゃない」

 そう言った獣族の青年の手元を見ると、木剣がミシミシと音を立てるほど握りしめられていた。
 まるで不安を隠せていない。今にも無頼漢相手に殴り込みに行きそうなその様子を見ると私は不安を隠せないでいた。

「でも……道場の看板を掛けての戦いなのに先生が出てこなくていいの?」

 私ではない。別の女の子が疑問の言葉を口にする。

「まぁでもしょうがないだろ? 隣村まで出稽古に行ってるんし……」

 高弟子達もそう答えるばかりで……なんの解決にも至っていない。

 無頼漢の左脚を前に出し少し腰を落した状態で、木剣を頭上で構えている。
 左手は前方にやや突き出しており、恐らくは籠手や小さな楯で攻撃を受ける事を想定した剣術なのだろう。

 生徒達の意識が無頼漢とアンドリューから逸れた一瞬の出来事だった。
 無頼漢の木剣がパンとかち合う音が道場に響いた。

 私達一般の生徒は驚いて目を瞑ってしまう者が居そうなほど急なモノで、幸い私が目を瞑ることはなく二人の一挙手一刀足まで見ることが出来た。

 右足を刺すように前方に踏み込みながら片手の袈裟斬りが放たれる。
 それをアンドリューさんは、切っ先で巧に逸らしながら半歩距離を取るとそのまま相手の木剣を真っ向斬りで強打し、武装解除させたところで、平でお腹の辺りを一突きする。
 当然、無頼漢の男も癖なのか左手で防ごうとするも、足を摺りながらの鋭い突きの前では遅かった。
 無頼漢は付の衝撃で吹き飛ばされ、上半身を道場の壁に打ち付けた。

「一本! 勝負あり!」

 ――――と、審判を務めた高弟子の声が道場に響いた。

 この試合を見て私は今まで少しバカにしていたアンドリューさんを見直していた。
 否、アンドリューさんのこの剣術流派『天測流』を体現したような剣技に見惚れていたのだ。

もし、アンドリューさんが半歩の距離を詰めなかったら? 恐らくは速度が足らずに無頼漢の左腕に防がれていた事だろう……

だがそれが分かる者は果してこの道場に何人いるのだろう? それは高弟子の方々、いいえ先生を含めても……

………
……


 不釣り合いなほど立派な二頭立ての馬車が、未舗装の畦道をカラカラと言う軽快な音を立てて進んでいる。
 周囲には当たり一面に金色に輝く麦畑が広がっており、馬車が旅だったであろう都市に比べれば田舎と言っていい田園風景だった。

「懐かしい。私の地元もこのような一面の麦畑が盛んでした……」

 車内の紳士はポツリと故郷を懐かしむような言葉を漏らした。
 二人の御者は顔を見合わせると、互いに気不味そうな笑みを浮かべる。

 独り言のようにも話しかけているようにも聞こえる紳士の声にどう反応を返したモノか? と首を傾げる御者達だったが……若い御者は思い切って紳士に話かけることにした。

「騎士様は田舎の方のご出身でしたか……」

「ええ、田舎も田舎、ド田舎です。普通はその中でも比較的栄えた都市出身の者が多いんですが、私の地元は農村でした。故郷は遠く、細君の居る身ですので今回の仕事は故郷に帰れた気分にもなれるので丁度良かったです」

「しかし、本当にこんな田舎に居るんですか? 優れた剣技を持った人物なんて……都では兵法五百流、町道場だけでも六百は下らないと言いますが……」

 都から馬車を走らせることおよそ数時間。
 都に通えないほどでもない距離のこの場所に、宮仕えの人物自らが声を掛けに行くほどのれた剣客が居るとは、剣を扱わぬ御者の身では信じることが出来ないでいた。
 
「オホン」

 わざとらしい咳払いで老齢の御者が話を遮る。
 幾ら下々にお優しいとは言え相手は貴族。怒りを買えば殺されても文句は言えないからだ。

 どうやらその意図は通じたようで若い御者は口を噤む。

「それを今から確かめに行くのです」

 御者達はそれ以上何も言う事は出来ずにいた。
 ただカラカラと回転する車輪の音だが響いた。

………
……



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