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第04話 ニワトリと魔法3
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この世界にも、前世の医聖ヒポクラテスが唱えた瘴気論に似た考え方があるのか……。まあ、大きく間違ってはいないんだよな、あの理論。不衛生な場所から病気が発生するという考え方は、普遍的真理に近い。
「森では、君たちの農地のように、同じ植物ばかりが生えていても、地面の力が衰えたりしないだろう? それは自然がそのままの状態だからだ。人間が自然を壊し、自分たちの都合の良いように変えた畑では、人間が責任を持って管理する必要がある。堆肥はそのための最も基本的で重要な手段だ。」
「……わしらの生活は苦しく、旦那様から頂いた卵も、借金返済や売って雑穀に変え、何とかその日暮らしをしているのが現状でございます……」
農民は、うつむき加減で、諦めたような声で呟いた。彼の顔には、長年の苦労と、未来への不安が刻まれている。
「旦那様のお陰で、わしらにも光明が見えました。
わしらには、旦那様のおっしゃる方法の理屈は分かりませんが……旦那様は賢い。
わしは、あなたの指示に従いましょう……」
おそらく、これまでの人生で、自分には理解できない「賢い」人間に従った結果、より良い結果を得た経験でもあるのだろう。農民は、もはや考えることをやめ、投げやりではあるものの、俺の指示に従うことに従順になった。
ま、それでいいか。結果を出せば、自然と付いてくるだろう。
「では、早速取り掛かろう。すまないが、人糞は、堆肥には混ぜずに、別の場所に埋めてもらえるか?」
「人糞でございますか? ええ、村外れの塚に共同で埋めておりますが、それでよろしいでしょうか?」
農民は、少し意外そうに尋ねた。
「塚があるのか……それは好都合だ。そこに頼む」
「分かりました……」
人糞を用いた肥料――いわゆる下肥《しもごえ》を使うことは、前世の知識から考えても、メリットよりもデメリットの方が多いと感じていた。そのため、使うつもりは初めからなかった。
人獣共通感染症の原因となる寄生虫や、コレラといった重篤な感染症を媒介する危険がある。さらに、衛生害虫であるハエや蚊の発生源となりがちだ。いくら発酵させて高温にするとしても、それらの病原菌や寄生虫の卵を完全に殺し切るのは、現代科学技術でも不可能に近い。もし使うとすれば、収穫した作物を生で食べない、徹底的な加熱処理を行うぐらいしか対策がない。
人類は昔から糞尿処理問題には頭を悩ませてきた。東洋では、豚の餌にする豚便所や、農作物の肥料などとして使用されてきた歴史がある。だが、この異世界にすでにそのような仕組みがあるのであれば、それで構わない。無理に現代的な衛生概念を導入して混乱を招く必要はない。
麦を植え付けられるまでのわずかな間に、俺たちのやることはシンプルだ。森から落ち葉を集め、家畜のフンや生ごみを集め、それを積み上げ、上から石を乗せて重みを加えた後、一日に一度攪拌する。
これが、結構体に負担がかかる。三歳児の小さな体では、重労働だ。だが、この作業のおかげで、最近は、前世では考えられなかったほど、かなり良い体格になってきた。
『あるじ、ムキムキ! 力が強い!』
ルミナスが、俺の腕を指差して、楽しそうに言った。
うん、ちょっと嬉しかったりする。
馬糞は牛糞に比べ、堆肥に向いた良い材料だ。
しかし馬は牛の二倍もの飼料が必要な大食漢だ。
牛飲馬食とは、よく言ったものだ。
つまり、化学肥料による農業革命が起こるまでは、家畜は人間と食料資源を奪い合う、ある意味では敵対的な存在にもなり得る。そういう点では、ビーガンの主張も、一理ある。
堆肥の材料になるからと言って、闇雲に家畜を増やし過ぎることは、人間の生存を脅かす行為に他ならない。
「さて、堆肥を畑に撒く前に、一つ、やっておくことがある」
「畑に火を付ける」
農民の主人は、俺の言葉に、驚きと不信の目で俺を見た。
「畑に火を、ですか? エル様、それは一体……」
「心配いらない。害虫や雑草を焼き払うことでその灰を肥料とし、種子や胞子の繁殖を抑制できる。加えて、貝殻や動物の骨を砕いて一緒に混ぜると、土壌に必要なリン酸とカリウムを供給する効果がある」
「リン酸? カリウム?」
これで、植物の成長に必要な三大栄養素の内、リン酸とカリウムは、自然にあるものから補給できるようになった。しかし、最も重要な窒素(チッソ)は、前世ではマメ科の植物を植えることで土壌に固定するのが一般的だったが……この世界の魔法で、それを代用できないだろうか? 魔法で、空気中の窒素を直接土地に固定化させることができれば……
「森では、君たちの農地のように、同じ植物ばかりが生えていても、地面の力が衰えたりしないだろう? それは自然がそのままの状態だからだ。人間が自然を壊し、自分たちの都合の良いように変えた畑では、人間が責任を持って管理する必要がある。堆肥はそのための最も基本的で重要な手段だ。」
「……わしらの生活は苦しく、旦那様から頂いた卵も、借金返済や売って雑穀に変え、何とかその日暮らしをしているのが現状でございます……」
農民は、うつむき加減で、諦めたような声で呟いた。彼の顔には、長年の苦労と、未来への不安が刻まれている。
「旦那様のお陰で、わしらにも光明が見えました。
わしらには、旦那様のおっしゃる方法の理屈は分かりませんが……旦那様は賢い。
わしは、あなたの指示に従いましょう……」
おそらく、これまでの人生で、自分には理解できない「賢い」人間に従った結果、より良い結果を得た経験でもあるのだろう。農民は、もはや考えることをやめ、投げやりではあるものの、俺の指示に従うことに従順になった。
ま、それでいいか。結果を出せば、自然と付いてくるだろう。
「では、早速取り掛かろう。すまないが、人糞は、堆肥には混ぜずに、別の場所に埋めてもらえるか?」
「人糞でございますか? ええ、村外れの塚に共同で埋めておりますが、それでよろしいでしょうか?」
農民は、少し意外そうに尋ねた。
「塚があるのか……それは好都合だ。そこに頼む」
「分かりました……」
人糞を用いた肥料――いわゆる下肥《しもごえ》を使うことは、前世の知識から考えても、メリットよりもデメリットの方が多いと感じていた。そのため、使うつもりは初めからなかった。
人獣共通感染症の原因となる寄生虫や、コレラといった重篤な感染症を媒介する危険がある。さらに、衛生害虫であるハエや蚊の発生源となりがちだ。いくら発酵させて高温にするとしても、それらの病原菌や寄生虫の卵を完全に殺し切るのは、現代科学技術でも不可能に近い。もし使うとすれば、収穫した作物を生で食べない、徹底的な加熱処理を行うぐらいしか対策がない。
人類は昔から糞尿処理問題には頭を悩ませてきた。東洋では、豚の餌にする豚便所や、農作物の肥料などとして使用されてきた歴史がある。だが、この異世界にすでにそのような仕組みがあるのであれば、それで構わない。無理に現代的な衛生概念を導入して混乱を招く必要はない。
麦を植え付けられるまでのわずかな間に、俺たちのやることはシンプルだ。森から落ち葉を集め、家畜のフンや生ごみを集め、それを積み上げ、上から石を乗せて重みを加えた後、一日に一度攪拌する。
これが、結構体に負担がかかる。三歳児の小さな体では、重労働だ。だが、この作業のおかげで、最近は、前世では考えられなかったほど、かなり良い体格になってきた。
『あるじ、ムキムキ! 力が強い!』
ルミナスが、俺の腕を指差して、楽しそうに言った。
うん、ちょっと嬉しかったりする。
馬糞は牛糞に比べ、堆肥に向いた良い材料だ。
しかし馬は牛の二倍もの飼料が必要な大食漢だ。
牛飲馬食とは、よく言ったものだ。
つまり、化学肥料による農業革命が起こるまでは、家畜は人間と食料資源を奪い合う、ある意味では敵対的な存在にもなり得る。そういう点では、ビーガンの主張も、一理ある。
堆肥の材料になるからと言って、闇雲に家畜を増やし過ぎることは、人間の生存を脅かす行為に他ならない。
「さて、堆肥を畑に撒く前に、一つ、やっておくことがある」
「畑に火を付ける」
農民の主人は、俺の言葉に、驚きと不信の目で俺を見た。
「畑に火を、ですか? エル様、それは一体……」
「心配いらない。害虫や雑草を焼き払うことでその灰を肥料とし、種子や胞子の繁殖を抑制できる。加えて、貝殻や動物の骨を砕いて一緒に混ぜると、土壌に必要なリン酸とカリウムを供給する効果がある」
「リン酸? カリウム?」
これで、植物の成長に必要な三大栄養素の内、リン酸とカリウムは、自然にあるものから補給できるようになった。しかし、最も重要な窒素(チッソ)は、前世ではマメ科の植物を植えることで土壌に固定するのが一般的だったが……この世界の魔法で、それを代用できないだろうか? 魔法で、空気中の窒素を直接土地に固定化させることができれば……
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