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第43話 王都への道
ステップド家の会議室は、勅令がもたらした衝撃によって、いまだ重い空気に支配されていた。栄誉という名の、逃れられぬ罠。その意味を理解した者たちの顔には、絶望の色が浮かんでいた。
「……反逆か、あるいは緩やかな死か。我々に、道は残されていないというのか」
父ガイウスは、力なく玉座に座り込み、顔を覆った。ヴォルフガング叔父さんは、黙って壁に寄りかかり、その片目を固く閉じている。この状況では、彼の武力も、ジョン叔父さんの知恵も、あまりに無力だった。
「いいえ、父上」
沈黙を破ったのは、エルキュールだった。その声は、驚くほどに落ち着いていた。
「道は、もう一つだけ残されています。我々は、反逆も、服従もしません。我々は――交渉します」
「交渉だと?」
ジョン叔父さんが、いぶかしげに聞き返した。
「相手は国王だぞ、エル。命令は絶対だ。交渉の余地など…… 」
「あります」
エルキュールは、きっぱりと言い切った。
「国王が、我々にこれほどの義務を課したのは、なぜか。それは、我々の産品を、それほどまでに欲しているからです。ならば、そこにこそ、我々の唯一の武器がある」
彼は、会議室にいる全員を見回した。
「飢えたガチョウは、金の卵を産みません。この無茶な要求を呑めば、我々の領地は疲弊し、いずれ生産力は落ちるでしょう。そうなれば、王家が得るものも、結局はなくなる。これは、降伏勧告ではないのです。あまりに一方的な、商談の申し込みなのです。ならば、我々はそのテーブルに着き、対等な商人として 、条件を交渉するまでです」
その言葉に、皆が息を呑んだ。絶望的な状況の中で、エルキュールだけが、遥か先にある、細い蜘蛛の糸のような活路を見据えていた。
「僕と父上で、王都へ向かいます。国王陛下に、直接お会いして、我々の価値と、我々の限界を、理解していただくのです」
それは、あまりにも無謀な賭けだった。だが、もはや、その賭けに乗る以外に、生き残る道はなかった。
俺は王がそこまで愚かだとは思えない。
利権を貪ることしか考えていない宮廷雀共が王や大臣を唆したのだろう。
◇
王都への出発に向けた準備は、領地全体を巻き込んで、急ピッチで進められた。それは、単なる旅支度ではない。国家を相手取った、一大プレゼンテーションの準備だった。
エルキュールは、自らが育てた若き役人たちと共に、連日連夜、作業小屋に籠った。彼が発明した紙の上には、ステップド領の生産能力、将来的な成長予測、そして、過大な要求がもたらす経済的損失のシミュレーションが、美しいグラフと、精密な数字で示されていく。それは、国王に「否」を突きつけるためのものではない。国王に、より大きな「利益」を提示し、自らこちらの提案に乗らせるための、緻密な交渉材料だった。
同時に、王家への「贈り物」も、慎重に選ばれた。ヴォルフガングが鍛えさせた、最高傑作の刀。ジョンが、命がけで集めた希少な薬草から作った、極上の化粧品。そして、雪のように白く、絹のように滑らかな、最高品質の紙。それらは、媚びへつらうための貢物ではない。ステップド家が持つ、代替不可能な価値を、王に見せつけるための、戦略的な商品見本だった。
出発の朝、母アリアと姉マリンが、エルキュールの旅装を整えていた。その指は、心配からか、微かに震えている。
「エル……本当に、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、母さん」
エルキュールは、母の手を取り、力強くうなずいた。
「ステップド家の人間が、どれほど有能か。王都の皆さんに、見せてくるだけだから」
◇
王都への道は、エルキュールにとって、初めて見る世界そのものだった。馬車から見える景色は、領地を出るごとに、その彩度を失っていく。痩せた土地、活気のない村々。それらは、彼が故郷で成し遂げたことの価値を、改めて浮き彫りにした。
数週間の旅の末、一行は、ついに王都の巨大な城門をくぐった。天を突くような尖塔、磨き上げられた石畳、そして、行き交う人々の数。その全てが、エルキュールの想像を遥かに超えていた。ここは、世界の中心。そして、権力という名の魔物が巣食う、巨大な迷宮だ。
王城へと案内された一行は、そこで、見知った顔を見つけた。中庭の向こう側で、他の貴族と談笑していた宗主の伯爵が、こちらに気づき、勝ち誇ったような、侮蔑的な笑みを浮かべてきた。政治という名の戦場は、すでに整えられていた。
やがて、一人の宮廷官が、彼らの前に現れた。
「ステップド騎士爵、並びに嫡男エルキュール殿。国王陛下が、謁見の間にてお待ちである」
長く、壮麗な装飾が施された廊下を、父と二人で歩く。エルキュールは、小さな革鞄を、胸に強く抱きしめていた。その中に入っている、紙の束。それが、この巨大な城で、彼が振るうことのできる、唯一の武器だった。
やがて、壮麗な双開きの扉の前で、歩みが止まる。
「――お入りください」
扉が、ギシリと音を立てて開かれた。その先には、眩いばかりの光と、王国の全てを支配する男が、待っていた。
「……反逆か、あるいは緩やかな死か。我々に、道は残されていないというのか」
父ガイウスは、力なく玉座に座り込み、顔を覆った。ヴォルフガング叔父さんは、黙って壁に寄りかかり、その片目を固く閉じている。この状況では、彼の武力も、ジョン叔父さんの知恵も、あまりに無力だった。
「いいえ、父上」
沈黙を破ったのは、エルキュールだった。その声は、驚くほどに落ち着いていた。
「道は、もう一つだけ残されています。我々は、反逆も、服従もしません。我々は――交渉します」
「交渉だと?」
ジョン叔父さんが、いぶかしげに聞き返した。
「相手は国王だぞ、エル。命令は絶対だ。交渉の余地など…… 」
「あります」
エルキュールは、きっぱりと言い切った。
「国王が、我々にこれほどの義務を課したのは、なぜか。それは、我々の産品を、それほどまでに欲しているからです。ならば、そこにこそ、我々の唯一の武器がある」
彼は、会議室にいる全員を見回した。
「飢えたガチョウは、金の卵を産みません。この無茶な要求を呑めば、我々の領地は疲弊し、いずれ生産力は落ちるでしょう。そうなれば、王家が得るものも、結局はなくなる。これは、降伏勧告ではないのです。あまりに一方的な、商談の申し込みなのです。ならば、我々はそのテーブルに着き、対等な商人として 、条件を交渉するまでです」
その言葉に、皆が息を呑んだ。絶望的な状況の中で、エルキュールだけが、遥か先にある、細い蜘蛛の糸のような活路を見据えていた。
「僕と父上で、王都へ向かいます。国王陛下に、直接お会いして、我々の価値と、我々の限界を、理解していただくのです」
それは、あまりにも無謀な賭けだった。だが、もはや、その賭けに乗る以外に、生き残る道はなかった。
俺は王がそこまで愚かだとは思えない。
利権を貪ることしか考えていない宮廷雀共が王や大臣を唆したのだろう。
◇
王都への出発に向けた準備は、領地全体を巻き込んで、急ピッチで進められた。それは、単なる旅支度ではない。国家を相手取った、一大プレゼンテーションの準備だった。
エルキュールは、自らが育てた若き役人たちと共に、連日連夜、作業小屋に籠った。彼が発明した紙の上には、ステップド領の生産能力、将来的な成長予測、そして、過大な要求がもたらす経済的損失のシミュレーションが、美しいグラフと、精密な数字で示されていく。それは、国王に「否」を突きつけるためのものではない。国王に、より大きな「利益」を提示し、自らこちらの提案に乗らせるための、緻密な交渉材料だった。
同時に、王家への「贈り物」も、慎重に選ばれた。ヴォルフガングが鍛えさせた、最高傑作の刀。ジョンが、命がけで集めた希少な薬草から作った、極上の化粧品。そして、雪のように白く、絹のように滑らかな、最高品質の紙。それらは、媚びへつらうための貢物ではない。ステップド家が持つ、代替不可能な価値を、王に見せつけるための、戦略的な商品見本だった。
出発の朝、母アリアと姉マリンが、エルキュールの旅装を整えていた。その指は、心配からか、微かに震えている。
「エル……本当に、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、母さん」
エルキュールは、母の手を取り、力強くうなずいた。
「ステップド家の人間が、どれほど有能か。王都の皆さんに、見せてくるだけだから」
◇
王都への道は、エルキュールにとって、初めて見る世界そのものだった。馬車から見える景色は、領地を出るごとに、その彩度を失っていく。痩せた土地、活気のない村々。それらは、彼が故郷で成し遂げたことの価値を、改めて浮き彫りにした。
数週間の旅の末、一行は、ついに王都の巨大な城門をくぐった。天を突くような尖塔、磨き上げられた石畳、そして、行き交う人々の数。その全てが、エルキュールの想像を遥かに超えていた。ここは、世界の中心。そして、権力という名の魔物が巣食う、巨大な迷宮だ。
王城へと案内された一行は、そこで、見知った顔を見つけた。中庭の向こう側で、他の貴族と談笑していた宗主の伯爵が、こちらに気づき、勝ち誇ったような、侮蔑的な笑みを浮かべてきた。政治という名の戦場は、すでに整えられていた。
やがて、一人の宮廷官が、彼らの前に現れた。
「ステップド騎士爵、並びに嫡男エルキュール殿。国王陛下が、謁見の間にてお待ちである」
長く、壮麗な装飾が施された廊下を、父と二人で歩く。エルキュールは、小さな革鞄を、胸に強く抱きしめていた。その中に入っている、紙の束。それが、この巨大な城で、彼が振るうことのできる、唯一の武器だった。
やがて、壮麗な双開きの扉の前で、歩みが止まる。
「――お入りください」
扉が、ギシリと音を立てて開かれた。その先には、眩いばかりの光と、王国の全てを支配する男が、待っていた。
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