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第12話居るハズの無いモノ
しおりを挟む一日ぶりに落ち葉だらけの森に入って行く。
……カサカサとまだ硬く乾いた落ち葉が、足を動かすたびに鳴る。
昨日通ったばかりの森の獣道を注意深く進んでいく。理由は単純。
土豚狸鼠や鎧狼の肉を、埋めるなど処理をする事無く放置したからだ。
冬の森と言う物は食料に乏しい。
ベーコンやハムなどの保存食は、飼料が足らず間引いた家畜の肉を保存したもので、鳥獣による被害も冬場が多い。
どんなモンスターが居るか分かったモノではないが、愛刀があれば怖いモノなどない。遠・中・近と全て揃っているから不安はない。
暫く歩いていると昨日、大瘤猪と鎧狼を倒した空き地に辿り着いた。
そこに居たのは、黒っぽい毛に包まれた大きな熊だった。
黒とは言ったもののそれは正確ではない。深い深い青色を黒と誤認してしまったのだ。
装甲のように硬質化した皮膚か? 甲殻が背中や前足に生えており防御力の高さを伺わせる。
「差し詰め紺鎧熊と言ったところか……」
まず間違いなく、あの頑丈そうな乳白色の装甲を切り裂く事を考えない方が良い。もっと他の柔らかそうな部位を狙おう……
それにこの時期に熊がその辺をうろついているのは少しおかしい。
温帯以上に生息している熊の多くは冬眠をする。理由は単純。
本来肉食であった熊は、進化の過程で植物を多く食べる雑食に進化したから、餌が少なくなる冬場は8か月間で食い溜めた脂肪で4か月間ほどのあいだ。代謝を四分の一以下まで下げて生き残るのだ。
しかし、洞窟や洞穴、脂肪不足で冬眠しない熊が一定する出てしまうコレをアナモタズと言う。有名なのは1915年(大正4年)の北海道三毛別で起きた三毛別ヒグマ事件だろう。
実に凶暴で、今から俺がやろうとしている大瘤猪の肉の奪取も、奴が執着心を見せていれば大きな被害を生みかねない。
どちらにせよ殺すのが安全策なのだ。
世の中には野生動物との共存を! などと世迷言を宣う夢想家がいるが、それは全て人間が中心で考える人間至上主義と相反する。
被害が出る前なら分からなくはないが、一度人間を襲い恐怖心を無くした熊は、元の世界でもモンスターと言って差し使いない。
アイヌ民族では熊の事を山の神と呼び、狩猟した際には持ち帰り有効活用するが、人を食ったヒグマを悪神と呼び、明確に区別し狩猟したとしても持ち帰る事はしない。現代でも道内では熊に対する恐怖を教育すると聞いている。
俺自身も、とあるゲームの操作説明でお世話になったのは、熊型のモンスターだった。
熊肉は食っている物によって味が変わると聞いているが、手は高級食材と安産のお守りになり胆は薬になると聞いている。つまり冒険者にとっては良い得物なのだ。
足を開き姿勢を低く落し、腰に下げている魔杖刀・流櫻を鞘から払い。そのままの勢いで剣を振り抜く。
「風牙!」
収束さえた魔力を剣を振る事で生じる。剣圧(風圧)で不可視の衝撃を飛ばし攻撃する。
しかし……紺鎧熊が身動いだせいで避けられてしまった。
バゴン!
避けた先に生えていた木に命中し、表面が陥没する程度の衝撃を与える。
紺鎧熊は四足歩行から、ゆっくりと二足歩行で立ち上がりこちらへ視線を向ける。
立ち上がった高さは4m
「これは少しマズいかも……」
刹那!
鼓膜を劈くような咆哮が轟いた。
「――――――――――――ッ!!」
「うるせッ!!」
刀を握ったまま思わず耳を塞いでしまう。その僅かな隙をモンスターが見逃す訳もなく、右上方から袈裟斬りに装甲を纏った剛腕が振るわれる。
「ガウッ!」
刹那。
集中力が高まっているお陰か、ゆっくりと相手の事を観察する暇がある。腕部の装甲は三重構造になっており、板金鎧のような構造で、その太さはまるで丸太のようだ。
爪も鋭利なモノで、この剛腕から放たれる薙ぐような引っ掻き攻撃をまともに受ければ、人の肉体など一撃で挽肉に変えられてしまうであろう事は想像に難くない。
それこそ頭に当たれば地面に落ちた柘榴だ。
俺は非常に冷静だった。
先ず、バックステップで距離を取りつつ防御魔術の風精霊の加護を発動させる。
奴の左腕の動きを数秒鈍らせるためだ。
『熊の武器』はその圧倒的な重量による突進攻撃と、爪や牙による攻撃だ。距離をとれば討伐は楽になるのかもしれない。
風精霊の加護によって発生した障壁は、紺鎧熊の殺人投げ縄打ちを見事防ぎ抜き、俺が流櫻を再び構える為の隙を作りだす事に成功した。
「ここだッ!」
紺鎧熊は、投げ縄打ちを振り抜くために頭部は下に下がり、右半身は全くの無防備な状態を晒している。
―――切れ味強化、硬質化、加重、【風爪】
愛刀である魔杖刀【流櫻】の刀身が淡い緑色に光り輝き、風によって生成された幻の二振りに刀と共に、紺鎧熊の首筋にまるで吸い寄せられるように迫って行く――――
しかし、ガギン! と言う音を立て、想像以上に前傾姿勢になっていた紺鎧熊の発達した装甲によって、流櫻の切っ先がめり込んだまま止まってしまう。
(背中側の装甲は首にもあったのか!)
しかし!
(ここで諦めてたまるもんかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!)
腕力、脚力その全てを一度に連動させ、本来の能力以上の働きで叩き斬る。
「せやぁぁぁあああああああああああッ!!」
ジリジリと流櫻の刃は、紺鎧熊の発達した装甲を切り裂いて行く……
(硬い。身体能力強化の魔術を今よりも強化するしかない!)
業腹だが自分に課していた禁を破るか、剣を変えるしか現状選択肢はない。
大の男が近接戦で倒すと決めたのだ。禁を破ってでも流櫻を失うよりはマシだ。と自分に言い聞かせる。
「解ッ! 放ッ!」
自分に掛けている呪いを解呪し、身体能力強化の制限を緩める。
踏ん張っていた地面が凹み、重く感じていた紺鎧熊の体重も幾分か軽く感じる。
「ぬんッ!」
腕力の全てを込めて放った技術もなにもあった物ではない、まさに剛剣と呼ぶべき必殺の一撃。その一刀を以て紺鎧熊を切り伏せる。
ドン!
力一杯振り抜いたせいで 愛刀・流櫻は地面に叩き付けられてしまう。その程度で曲がったり折れたり、歪んだり、欠けたりするほどやわな作りをしていないが少し心配になってしまう。
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