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第26話アイリッシュホワイトシチュー2
しおりを挟むドアをドンドンと叩く音が聞こえる。
(こんな時間にいったい誰よ!?)
正直に言って、いま私は気が立っている。幼馴染から受けた依頼で手一杯だからだ。正直に言って明日にでも仕上げないと、他の仕事に差し障る。
この都市に両親が支店を出すと言ったので、我儘を言って支店長に就任して数か月。追加の人員を雇っていないし、送られて来ていない現状。元々私に付いていた客の依頼を捌くだけでも、正直言って骨が折れる。
この都市は騎士や衛兵が夜なかであろうと警邏しているし、なによりこの都市の代官様と、学園の提案で設置された魔石灯の明かりによって、大通りは比較的明るく危険が少ないと言われている。
が、しかし用心に越したことは無い。愛刀・双頭の白鷲を紐で止め。ワザとドタドタと足音を鳴らし、威嚇しながらドアへ向かう。
バタンと乱暴にドアが開ける。
そこに居たのは見知った顔だった。
まるで水に塗れた鴉のような美しい黒い前髪は、日の当たる角度によっては、深い青色に見えない事もない。
それなりに作りの良い顔だが、面倒くさそうで、どこか気怠げな表情のせいで、何処にでも居そうな年頃の男の子と言う評価が妥当なところだろう。
オマケに今は学園の制服を着ている訳ではないので、より面倒くさそうで、どこか気怠げに見える。
「何? こっちとらアンタのせいで忙しいんだけど?」
私は作業を中断させられた事に怒り、ついつい語気が荒くなり、不愛想な物言いになる。
そんな私の態度を見てアーノルドは、「やべ」っと言った表情を一瞬浮かべ足元に置いていた。寸胴鍋を持ちあげてこういった。
「飯を持ってきた。仕事に一度熱を入れるとバゲットしか食べないだろう? だからジャガイモの入ったスープを持ってきた。これさえ食べれば他は要らないような奴を、だ」
そう言って鍋の蓋を開ける。
アーノルドは気が回る方だとは思うけど、良く空回りする。
私は創作に没頭すると良くご飯を抜いてしまう。健康にも美容にもよくない事だとは分かっているが、クリエイターとはそう言う生き物だ。
そう言えば私、アーノルドに依頼された時から何も食べてないし、ロクに寝ても居ない……隈とか髪の毛とか匂いとかヤバいかも! 香水だって安い訳じゃないし、外出しないときは付けていない……
外出しないせいで、人より白い肌が見る見る赤くなり、頬や耳が熱くなっていくのを感じる。
「この白いスープありがとう。それじゃ……」
私は寸胴鍋を家の中に引きずると、バタン。無慈悲にもドアは閉めてしまう。
ごめん。アーノルド、でも乙女の尊厳のほうが大事だから……開けられない様に玄関のドアを背にして私は、ペタンとへたり込んだ。
玄関の外からは
「若様……」
御者さんの憐れむような声が聞こえた。
台所の上に寸胴鍋を置いて薪で火を起こす。
鍋底にシチューが焦げ付かないように柄の長い。大きなお玉でグルグル、グルグルとまるで魔女が大鍋をかき混ぜるように底の方を拡販させる。
湯気が立ち十二分に温まったところで、底が深いスープ皿にシチューをよそう。
「美味しそうな匂い……」
匙を手にシチューを掬い。一口、口に運ぶ。
「美味しい」
人参や玉葱の自然な甘みをバターと牛乳ベースのスープが優しく包み込み、野菜に足りない深いコクをプラスしている。
歯ごたえのあるブロッコリーやくたくたになった。キャベツも人参に負けない甘味が引き出されている。
鳥……否。兎の肉がゴロゴロと入っており、サッパリとした肉質にバターベースのソースが良く絡まって美味い。
アーノルドが「コレだけでご飯になる」と言っていたが、良くソースを吸い込んでホクホクになったジャガイモを食べれればその意味が理解出来た。
バターベースのソースが良く沁み込んでいて、パン粥のようなデンプンが解け出た感じが何処か懐かしさを感じさせる。
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