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第9話

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 鬱蒼《うっそう》と茂る黒々とした原生林は、太陽の光を殆ど通さず。昼なのにまるで夕暮れのようである。
 そんな黒い原生森シュヴァルツヴァルトを、直線的に切り裂くように伸びた街道を、立派な四頭引きの馬車が快速で走りにけていた。

 貴族を意味する紋章と家名を象徴する紋様がデザインされた旗が、風ではためいている。
 御者と馬車の中の女性数名だけで、警護の兵や騎士は一人もいない。
 危険を伴う旅にしてはいささか無防備と言える。

「エーデルワイス様……どうやら望まぬお客様のようです。
いかがいたしましょうか?」

 御者の青年は振り返る事なく淡々と事実を告げる。

「今は気にせず進みなさい。相手が人間であれモンスターであれ何が目的かが問題よ」

「……モンスターとは気配が異なりますので恐らくは人間かと……」

「……面倒ね」

 エーデルワイスにとって人を殺すと言う行為は、多少なりとも忌避感を覚えるものだ。
 だが盗賊や領主の兵、騎士が出張ってくるのであれば殺さない訳にはいかない。

 街道の前後から二十人ほどの集団が突如姿を現すと、馬車を包囲し行く手を遮った。
 全員が剣や槍で武装しといるものの、厚手の洋服身とあっても鎖帷子のみで貧相に見える。

 とてもじゃないが騎士には見えない。
 兵士……それも練度の粗末な雑兵と言ったところだろう。

「なんで私がこんな目に……」

 エーデルワイスは自分の運命を呪った。

「そこの馬車、止まれ!」

 兵士達のリーダーと思われる男が声を張り上げる。

「我々はバナー子爵アーリマンさまの依頼で学園都市より派遣された家庭教師です。ご覧の通り金品の類は持ち合わせがありません」

「生憎だな俺達はバナー子爵家の嗣子に反目する家のモノだ!! 尻尾を撒いて学園都市に逃げ帰るかここで死ぬかを選べ」

 アーリマン家とはこの辺り一帯のリッジジャング地方を治める大貴族で、現在は『ノーヴル伯爵』と『ロックセラー伯爵』に別れた家だ。
 その中でもノーヴル伯爵の筆頭家臣である。『バナー子爵』の嗣子の教育のためこの地に来たのだ。

「逃げ帰りたいのは山々だけど、このまま帰って馬鹿にされるのは嫌なのよ。だから死なない程度にいたぶってあげるわ」

 少女は身の丈程もある杖を構えた。
 刹那。

 風切り音を立てて矢が飛来し、敵の兵士を射殺した。

「バカな! ――っ! 敵襲!! 敵襲だー!!」

 兵士達はワンテンポ遅れて、盾を構え防御に徹する。

兵の練度が低いのかしら?

 しかし、矢が飛来する事はなかった。
 盾を構え視界と行動が制限された隙を見逃す程、矢を射かけた一団は愚かではなかった。

「かかれ! かかれ!」

 年端も行かない少年の号令とともに十騎の騎兵が現れる。
 蹄の音だけではなく、人が乗れるほどに大きく賢い駆鳥《カケドリ》の軽快な足音も聞こえる。

 少年は馬から降りると、即座に馬の尻を叩い走らせる。

「当家に派遣された家庭教師を襲うとは、お前ら生きて帰れると思うなよ!」

 鞘から剣を抜き放つと敵の兵士に剣を向ける。
 年端も行かない少年ながら周囲を圧倒する雰囲気あった。
 気圧されたのか兵長は、トテトテと数歩後退する。

「――黒髪、切れ長の瞳の少年……まさかお前が……」

「俺がアーク・フォン・アーリマンだ!!」

 兵長は腰を落し正眼に剣を構え、震える身体を押さえつける。

「飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのこと!
お前の首を取れば御当主様は、俺を騎士にしてくれると約束してくださったのだからな! お前らやれ!」

「はぁぁあああああっ!」

 一番の使い手と思われる兵士が水平斬りでアークの首を取りにいく。
 しかし、アークは剣の刃で受け止めることなく、柄の部分で受け止めた。

カーン。

「――なっ!」

「右足に攻撃してくるかと思って脚を上げてしまったじゃないか!!」

 フラミンゴのように片足で立った状態で、手首を回転させ剣を往なし態勢が崩れたところへ、飛び掛かり真っ向斬りを放つ。

「――くっ!」

 しかし、寸でのところで躱されそのまま突きへ派生させ右肩を貫く。

「――」

「見事な剣技だった。俺の『揚遮《ようしゃ》』から派生した攻撃に対応できる騎士はそうはいない」

「飛んだり跳ねたり、まるで曲芸みたいだわ」

 エーデルワイスは感嘆の声を漏らした。

「剣の柄で攻撃を防ぐと言う発想は大剣にもありますが、それは取り回しが悪く両手が塞がるがゆえの工夫の範疇、しかし彼の剣は両手、片手と操法自体も自由自在いったい誰に剣をならったのやら……」

「あなたが褒めるなんて……」

「昔取った杵柄というやつです」

 私達が談笑している最中も、アークが率いる愚連隊が周囲に潜んだ兵士の仲間を掃討しているようで、あちこちで剣戟の音が聞こえる。

「囲め! 囲んで叩け!」

 神童と言えど子供相手だと舐め切っていた兵士長は脂汗を顔に浮かべながら兵士に命令を下す。

 アークの四方を兵士が取り囲んだ。

「四人に勝てるわけないだろ!」

 と兵士長は唾を飛ばしてゲスな笑みを浮かべる。

 アークは一歩踏み込んで一閃。
 剣を閃かせ前方の敵を斬りつけると兵士の首が宙を飛ぶ。

「へぇ?」

 兵士長の間抜けな声が聞こえるが、誰もそんなことは気にしない。
 残された三人は剣の柄を強く握りしめ、震える剣先を隠そうとする。
 
 狩る側と狩られる側が逆転し、練度も士気も低い兵士の心が折れ浮足立っているようだ。
 敗走しないのは一重に兵士長の人徳か訓練によるものだろう。

 右側の兵士の間合いを――通常頭の高さで剣を立てる八相の構えと異なり、剣を寝かせるような状態で左足を前に突き出した――上段霞の構えでけん制する。

ザッ!

「……」

 目の前で仲間の首が斬られたのだ。
 逃げたくなるのは仕方がない。
 兵士は剣を中段で構えつつも後退する。

 左側の敵を一歩踏み込んで斬りつける。
 即座に反転右側の敵を一刀両断すると、そのまま背後の敵を斬り殺し、剣を頭上――大上段に構える。

「化けものめぇっ!」

 覚悟を決め真っ向斬りを放つ兵士長へ、アークは一歩踏み込むと真っ向斬りを放つ。

「立技【四方剣しほうけん】――」

 相手の剣を鎬《しのぎ》で逸らし、剣の軌道が逸れたことで相打ちにならず一方的に斬る事が出来る。

「――秘剣一之太刀【一刀両断】」

 アークの剣は剣を振り抜き、兵士長の胸を切り裂いた。
 ボトリと水分を含んだ肉が落ちる音がしたと思えば、噎《む》せ返るような血の匂いが辺りに充満する。

「死にたくなくば投降しろ!」

 こうしてこの襲撃はアークの勝利で決着がついた。


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