歩く災害と呼ばれた【薄幸の美少女】を救ったら、俺にしか懐かない最強の守護者になった件。~運を下げるスキルで追放されたけど、彼女と一緒なら無敵

ジョウジ

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第4話:不運を喰らう契約

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「と、取引……ですか?」



 リリがきょとんとした顔で首を傾げる。 俺は頷き、ニヤリと笑みを見せた。



「ああ。俺のスキルは【確率操作】。自分に『幸運』を招くためには、代償として同等の『不運』を支払わなきゃならない。言ってみれば、呪いを魔力に変えて動く魔導具みたいなもんだ」



 俺は嘘は言っていない。 ただ、その「燃費」がリリ一人で世界を数周できるレベルだということは伏せておくが。



「俺は今、燃料不足でね。お前のその溢れんばかりの『不運』が欲しいんだ。俺が肩代わりして吸い上げてやる。その代わり、お前は俺の護衛として働け」



「……私の、不運を吸う?」



 リリの顔色がサッと青ざめた。



「だ、だめです! そんなことをしたら、あなたが死んでしまいます!」



 彼女は激しく首を横に振った。 自分のステータスを理解しているからこその拒絶だ。 マイナス999万の不運。 それを常人が引き受ければ、その瞬間に心臓が止まるか、空から隕石が落ちてくるだろう。



「私に関わった人は、みんな不幸になりました。親切にしてくれたパン屋さんは火事になったし、パーティーを組んでくれた冒険者さんは魔物に……っ」



 リリは震える手で自分の体を抱きしめる。



「私は一人でいいんです。これ以上、誰も巻き込みたくない……っ」



「――くだらないな」



 俺は冷たく言い放ち、一歩踏み出した。



「お前、俺を誰だと思ってる? そんじょそこらの雑魚と一緒にするなよ」



「で、でも……!」



「いいから黙って手を貸せ。実験だ」



 俺は強引にリリの手首を捕まえた。 細い。折れそうなほど華奢な腕だ。 彼女は「ひっ」と声を漏らしたが、俺は構わずスキルを発動させた。



【確率操作】――パス接続。 対象:リリ。 処理:対象の『不運バッド・ラック』を、術者であるジンへ継続的に転送ドレインする。



「……ッ!」



 接続した瞬間、俺の脳内に凄まじい「ノイズ」が走った。 ドス黒いヘドロのような奔流。 数千、数万の「死の予兆」が、濁流となって俺の中へ流れ込んでくる。



(……くくっ、重いな。流石は測定不能だ)



 普通なら発狂するレベルの負荷。 だが、俺は軍師として常に死線のリスクを管理してきた男だ。 この程度の「呪い」なら、制御できる。



 俺は指をパチンと鳴らした。



「――吸着セット、完了」



 その瞬間。 リリの周囲を渦巻いていた淀んだ空気が晴れた。



 キキッ、という異音が止む。 軋んでいた頭上の看板が、風もないのに安定する。 路地裏を支配していた「いつ何が起きてもおかしくない」という緊張感が、嘘のように消え失せた。



「……え?」



 リリが目を見開き、周囲を見回す。 そして、自分の体を見下ろした。



「からだが……軽い……?」



 今まで重りのように彼女を縛り付けていた世界の悪意が、消えている。 呼吸をしても肺が痛くない。 心臓が不自然な早鐘を打たない。 ただそこに立っているだけで感じていた「圧迫感」がない。



「言ったろ? 俺には『燃料』が必要なんだ。これくらいで丁度いい」



 俺は平然と肩をすくめて見せた。 実際には、俺の体内には今、国一つを容易く滅ぼせるほどの不運エネルギーが溜まっている。 だが、それをリリに悟られる必要はない。



「ど、どうして……あなたは、平気なんですか……?」



「俺は性格が悪いからな。不幸の方から避けていくんだよ」



 冗談めかして笑うと、リリの瞳から大粒の涙が溢れ出した。 それは悲しみの涙ではない。 生まれて初めて「許された」ことへの、魂の慟哭だった。



 彼女はその場に崩れ落ちるように膝をつき、俺の手を両手で包み込んだ。 泥だらけの手で、拝むように。



「……ジン、様」



 彼女は震える声で、俺の名前を呼んだ。



「私の命は、あなたのものです。この身が朽ち果てるまで、あなたをお守りします。……絶対に」



 その瞳に宿ったのは、狂信に近い忠誠の色。 だが、今の俺にはそれが心地よかった。



「ああ、期待してるぞ。……まずは、その汚い格好をどうにかしないとな」



 俺はリリの手を引き、立ち上がらせた。



          ◇



 俺たちが転がり込んだのは、下町にある安宿だった。 手持ちの金では、ベッドが二つある部屋など取れない。 狭いシングルルームが一室だけだ。



「シャワーは明日だ。とりあえず寝ろ」



 俺はリリをベッドに座らせた。 彼女は緊張した様子でシーツを握りしめている。



「あ、あの……私がベッドで、ジン様は?」



「俺はそこの椅子で寝る。軍師時代からの癖でな、固いところの方が落ち着くんだ」



 嘘だ。ふかふかのベッドで寝たいに決まっている。 だが、今の彼女の状態を見れば、そうも言っていられない。 全身傷だらけで、立っているのが不思議なほどの衰弱ぶりだ。



「でも……」



「命令だ。寝ろ」



 俺が強い口調で言うと、リリはビクリとして、慌ててベッドに横になった。 やはり、まだ怯えている部分がある。 無理もない。ついさっきまで、世界中から殺意を向けられていたのだから。



「……明かり、消すぞ」



 ランプの灯りを落とす。 部屋が暗闇に包まれると、リリの呼吸音が聞こえてきた。 浅く、早い呼吸。 まだ緊張しているのか。



「……天井が、落ちてきません」



 闇の中で、リリがポツリと呟いた。



「ベッドの底が抜けません。……窓ガラスが割れません」



 彼女は一つ一つ、当たり前のことを確認しているようだった。



「今まで、眠るのが怖かったんです。目を閉じたら、そのまま二度と目覚めないんじゃないかって……。何かが落ちてきて、私を潰すんじゃないかって……」



「……」



「でも、今は……すごく、静かです」



 彼女の声が、次第にトロリと甘いものに変わっていく。 俺とのパスが繋がっている限り、彼女の周囲は「安全圏」だ。 絶対的な守護の中にいる安心感が、長年の極限状態にあった彼女の精神を急速に睡眠へと誘っているのだろう。



「ありがとう、ござい……ます……ジン、さ……」



 数秒後。 スースーという、穏やかな寝息が聞こえ始めた。 泥のように眠る、とはこのことだろう。



 俺は椅子から立ち上がり、ベッドへ近づいた。 月明かりに照らされたリリの寝顔には、年相応の少女のあどけなさがあった。 起きている時の張り詰めた表情とは別人のようだ。



「……無防備すぎるだろ」



 俺はため息をつき、掛け布団を肩までしっかりと掛け直してやった。 風邪を引かれては、戦力ダウンになるからな。 あくまで、貴重な戦力の維持管理だ。



「おやすみ、リリ」



 俺は椅子に戻り、腕を組んで目を閉じた。 俺の中には、彼女から吸い上げた膨大な「不運」が渦巻いている。 明日はこれを誰にぶつけてやろうか。 そんな物騒なことを考えながら、俺もまた、久しぶりに深い眠りへと落ちていった。
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