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第8話:勇者の頭脳と、賢い受付嬢
王都に戻った俺たちは、その足で裏通りの武具店へ向かった。 冒険者ギルドへ登録する前に、リリの格好をどうにかしなければならない。 今の彼女はボロ布を纏った不審者そのものだ。
「いらっしゃ……チッ、なんだ冷やかしか」
店主の親父が、俺たちの身なりを見て舌打ちする。 だが、俺は構わずカウンターに銀貨を5枚、チャリンと積み上げた。
「予算はこれだけだ。小柄な女性用の軽装鎧(ライトアーマー)と、フード付きのローブ。それと短剣(ダガー)を一本頼む」
「あん? 銀貨5枚でそんなに揃うわけ……」
「奥の棚にある『留め具が錆びた革鎧』と、仕入れすぎて余ってる『流行遅れのローブ』。短剣は刃こぼれした中古品でいい。研げば使える」
俺がスラスラと指定すると、親父はギョッとした顔をした。 すべて、店の在庫処分に困っていた品ばかりだからだ。
「……兄ちゃん、同業者か? 目ざといな」
「ただの貧乏人さ。どうなんだ、売るのか売らないのか」
「売るよ! 持ってけ泥棒!」
親父は嬉々として奥から商品を持ってきた。 俺はそれを受け取り、リリに押し付けた。
「ほら、着替えてこい」
「は、はいっ!」
店の隅で着替えてきたリリは、見違えるようだった。 サイズは少し大きいが、革鎧が急所を守り、厚手のローブが華奢な体を隠している。 フードを目深に被れば、目立つ銀髪も隠せる。 これでようやく「冒険者」らしい見た目になった。
「ど、どうでしょうか……ジン様」
リリが恥ずかしそうにローブの裾を摘まむ。
「似合ってるぞ。少なくとも、さっきまでの『捨てられた子犬』よりはマシだ」
「えへへ……ジン様が選んでくれた服……」
リリは頬を染め、ローブの生地に頬ずりをしている。 短剣を腰に差すと、彼女の纏う空気がピリリと引き締まった。 やはり本職は暗殺者だ。武器を持つと様になる。
「よし、行くぞ。本番はここからだ」
残りの銀貨は15枚。 当面の宿代を確保しつつ、俺たちは冒険者ギルドの重い扉を押し開けた。
◇
「おい聞いたか? また北の森でオークが出たらしいぞ」
「マジかよ、勇者パーティに頼めねえのか?」
「あの人らは今、王都の祝賀会で忙しいんだとよ」
ギルドの中は、昼間から酒臭い熱気と喧騒に包まれていた。 荒くれ者たちの視線が、新入りの俺たちに突き刺さる。 特にリリに向けられる視線は粘着質だったが、彼女がフードの奥から冷たい殺気をチラつかせると、男たちは慌てて目をそらした。
俺は真っ直ぐに受付カウンターへ向かった。 いくつかある窓口の中で、一番端の席。 分厚い眼鏡をかけた、神経質そうな女性職員が書類仕事を片付けている窓口を選んだ。
「新規登録を頼みたい」
俺が声をかけると、女性職員――名札には『ミライ』とある――は、顔も上げずに淡々と答えた。
「身分証の提示を。なければ登録料として銀貨1枚」
「以前登録していたカードがある。再発行扱いで頼む」
俺は勇者パーティ時代に使っていた古いギルドカードを差し出した。 すでに除名処分を受けているため、機能は停止しているはずだ。
ミライは面倒くさそうにカードを受け取り、魔道具にかざした。
「……ジン・クラウゼル様ですね。照会します」
彼女の目が、眼鏡の奥で光った。 魔道具に表示されたデータと、俺の顔を交互に見比べる。 そして、周囲には聞こえないほどの小声で呟いた。
「……あら。勇者パーティの『頭脳』が抜けちゃったのね」
「――!」
俺はわずかに眉を上げた。 こいつ、気づいたか。
世間一般では、勇者アルスの活躍は「アルスの実力」だと思われている。 俺の名前など、パーティメンバーの一覧の端に載っているだけの「荷物持ち」程度の認識だ。 だが、この受付嬢は正確に把握していた。 誰が作戦を立て、誰が兵站(へいたん)を管理し、誰が被害を最小限に抑えていたのかを。
「……買いかぶりだ。俺はただの『縁起の悪い』雑用係だよ」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
ミライは意味ありげに笑うと、、手際よく新しいカードを発行した。
「ランクは規定によりFからの再スタートになります。……ですが、実力テストは免除でよろしいですね? あなたが『雑魚』相手に本気を出すと、試験官が死にそうですし」
「助かる。話が早くていい」
やはり有能だ。 俺が「不運」という見えざる武器を使っていることまでは気づいていないだろうが、俺が「ただ者ではない」ことは嗅ぎ取っている。 こういう相手は敵に回すと厄介だが、味方にすれば頼もしい。
「そちらのお嬢さんは?」
「連れだ。新規登録で頼む」
リリがおずおずと前に出る。 ミライはリリを一瞥し、そして俺を見た。
「……『拾った』んですね? 相変わらず、厄介な物件がお好きなようで」
「性分でね。だが、性能は保証する」
「でしょうね。あなたの眼鏡に適うなら、化け物(モンスター)並みでしょう」
ミライは嫌味とも称賛とも取れる言葉を残し、リリの手続きも済ませてくれた。 リリのステータス――特にLUK値の異常さ――を見ても、彼女は眉一つ動かさなかった。 あるいは、俺が何かしらの細工をしていると察したのかもしれない。
「登録完了です。ようこそ、冒険者ギルドへ」
ミライは二枚の新品の銀プレートを差し出した。
「せいぜい、長生きしてくださいね。……今の勇者パーティ、あなたが抜けてから報告書の質が最悪なんですから」
「知ったことか。自業自得だ」
俺は短く切り捨て、カードを受け取った。 背後から、リリが心配そうに覗き込んでくる。
「あの……ジン様。あの方と、お知り合いなんですか?」
「いや? ただの『有能な他人』だ」
俺はニヤリと笑った。 勇者アルスは、自身の強運だけでなく、周囲のこうした「有能な裏方」たちの支えも失いつつあることに、まだ気づいていないだろう。
「行くぞリリ。まずはFランクの依頼(クエスト)で小銭稼ぎだ」
「はいっ! 頑張ります、ジン様!」
俺たちは喧騒の中、ギルドの掲示板へと向かった。 これで身分も装備も整った。 反撃の準備は完了だ。
「いらっしゃ……チッ、なんだ冷やかしか」
店主の親父が、俺たちの身なりを見て舌打ちする。 だが、俺は構わずカウンターに銀貨を5枚、チャリンと積み上げた。
「予算はこれだけだ。小柄な女性用の軽装鎧(ライトアーマー)と、フード付きのローブ。それと短剣(ダガー)を一本頼む」
「あん? 銀貨5枚でそんなに揃うわけ……」
「奥の棚にある『留め具が錆びた革鎧』と、仕入れすぎて余ってる『流行遅れのローブ』。短剣は刃こぼれした中古品でいい。研げば使える」
俺がスラスラと指定すると、親父はギョッとした顔をした。 すべて、店の在庫処分に困っていた品ばかりだからだ。
「……兄ちゃん、同業者か? 目ざといな」
「ただの貧乏人さ。どうなんだ、売るのか売らないのか」
「売るよ! 持ってけ泥棒!」
親父は嬉々として奥から商品を持ってきた。 俺はそれを受け取り、リリに押し付けた。
「ほら、着替えてこい」
「は、はいっ!」
店の隅で着替えてきたリリは、見違えるようだった。 サイズは少し大きいが、革鎧が急所を守り、厚手のローブが華奢な体を隠している。 フードを目深に被れば、目立つ銀髪も隠せる。 これでようやく「冒険者」らしい見た目になった。
「ど、どうでしょうか……ジン様」
リリが恥ずかしそうにローブの裾を摘まむ。
「似合ってるぞ。少なくとも、さっきまでの『捨てられた子犬』よりはマシだ」
「えへへ……ジン様が選んでくれた服……」
リリは頬を染め、ローブの生地に頬ずりをしている。 短剣を腰に差すと、彼女の纏う空気がピリリと引き締まった。 やはり本職は暗殺者だ。武器を持つと様になる。
「よし、行くぞ。本番はここからだ」
残りの銀貨は15枚。 当面の宿代を確保しつつ、俺たちは冒険者ギルドの重い扉を押し開けた。
◇
「おい聞いたか? また北の森でオークが出たらしいぞ」
「マジかよ、勇者パーティに頼めねえのか?」
「あの人らは今、王都の祝賀会で忙しいんだとよ」
ギルドの中は、昼間から酒臭い熱気と喧騒に包まれていた。 荒くれ者たちの視線が、新入りの俺たちに突き刺さる。 特にリリに向けられる視線は粘着質だったが、彼女がフードの奥から冷たい殺気をチラつかせると、男たちは慌てて目をそらした。
俺は真っ直ぐに受付カウンターへ向かった。 いくつかある窓口の中で、一番端の席。 分厚い眼鏡をかけた、神経質そうな女性職員が書類仕事を片付けている窓口を選んだ。
「新規登録を頼みたい」
俺が声をかけると、女性職員――名札には『ミライ』とある――は、顔も上げずに淡々と答えた。
「身分証の提示を。なければ登録料として銀貨1枚」
「以前登録していたカードがある。再発行扱いで頼む」
俺は勇者パーティ時代に使っていた古いギルドカードを差し出した。 すでに除名処分を受けているため、機能は停止しているはずだ。
ミライは面倒くさそうにカードを受け取り、魔道具にかざした。
「……ジン・クラウゼル様ですね。照会します」
彼女の目が、眼鏡の奥で光った。 魔道具に表示されたデータと、俺の顔を交互に見比べる。 そして、周囲には聞こえないほどの小声で呟いた。
「……あら。勇者パーティの『頭脳』が抜けちゃったのね」
「――!」
俺はわずかに眉を上げた。 こいつ、気づいたか。
世間一般では、勇者アルスの活躍は「アルスの実力」だと思われている。 俺の名前など、パーティメンバーの一覧の端に載っているだけの「荷物持ち」程度の認識だ。 だが、この受付嬢は正確に把握していた。 誰が作戦を立て、誰が兵站(へいたん)を管理し、誰が被害を最小限に抑えていたのかを。
「……買いかぶりだ。俺はただの『縁起の悪い』雑用係だよ」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
ミライは意味ありげに笑うと、、手際よく新しいカードを発行した。
「ランクは規定によりFからの再スタートになります。……ですが、実力テストは免除でよろしいですね? あなたが『雑魚』相手に本気を出すと、試験官が死にそうですし」
「助かる。話が早くていい」
やはり有能だ。 俺が「不運」という見えざる武器を使っていることまでは気づいていないだろうが、俺が「ただ者ではない」ことは嗅ぎ取っている。 こういう相手は敵に回すと厄介だが、味方にすれば頼もしい。
「そちらのお嬢さんは?」
「連れだ。新規登録で頼む」
リリがおずおずと前に出る。 ミライはリリを一瞥し、そして俺を見た。
「……『拾った』んですね? 相変わらず、厄介な物件がお好きなようで」
「性分でね。だが、性能は保証する」
「でしょうね。あなたの眼鏡に適うなら、化け物(モンスター)並みでしょう」
ミライは嫌味とも称賛とも取れる言葉を残し、リリの手続きも済ませてくれた。 リリのステータス――特にLUK値の異常さ――を見ても、彼女は眉一つ動かさなかった。 あるいは、俺が何かしらの細工をしていると察したのかもしれない。
「登録完了です。ようこそ、冒険者ギルドへ」
ミライは二枚の新品の銀プレートを差し出した。
「せいぜい、長生きしてくださいね。……今の勇者パーティ、あなたが抜けてから報告書の質が最悪なんですから」
「知ったことか。自業自得だ」
俺は短く切り捨て、カードを受け取った。 背後から、リリが心配そうに覗き込んでくる。
「あの……ジン様。あの方と、お知り合いなんですか?」
「いや? ただの『有能な他人』だ」
俺はニヤリと笑った。 勇者アルスは、自身の強運だけでなく、周囲のこうした「有能な裏方」たちの支えも失いつつあることに、まだ気づいていないだろう。
「行くぞリリ。まずはFランクの依頼(クエスト)で小銭稼ぎだ」
「はいっ! 頑張ります、ジン様!」
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