歩く災害と呼ばれた【薄幸の美少女】を救ったら、俺にしか懐かない最強の守護者になった件。~運を下げるスキルで追放されたけど、彼女と一緒なら無敵

ジョウジ

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第10話:意地悪な試験官と、確率論的自滅

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「――異常ですね」

 ギルドの相談室。 受付嬢のミライは、積み上げられた依頼達成証明書の束を前に、眼鏡の位置を直した。

「通常、FランクからEランクへの昇格には、最低でも半年の活動期間と、50回以上の依頼達成が必要です。それをあなたは、たった三日で満たしてしまった」

 彼女は呆れたように俺を見る。

「ジン様。新人いじめも大概にしてください。あなたが王都周辺のFランク依頼(薬草採取やネズミ退治)を根こそぎ達成してしまったせいで、他の新人が受ける依頼が枯渇して泣いていますよ」

「効率よく稼いだだけだ。それに、こんな雑用ばかりじゃリリの腕が鈍る」

 俺が言うと、背後のリリがコクコクとうなずいた。この三日間、リリの身体能力と俺の指揮にかかれば、下級依頼など散歩同然だった。そろそろ本格的な魔物討伐ができるランクに上がってもらわなければ困る。

「……わかりました。このままFランクに留まられてもギルド運営に支障が出ます。特例中の特例ですが、Eランクへの昇格試験を認めましょう」

「話が早くて助かる」

「ただし」

 ミライの表情が少し曇った。

「試験官は私が担当する予定でしたが……別の方が『ぜひ自分が』と名乗り出ましてね」

「別の方?」

 嫌な予感がする。ミライが視線を向けた先、相談室のドアが乱暴に開かれた。

「遅いぞミライ君!こんな『元・お荷物』のために、私の貴重な時間を割かせるな!」

 入ってきたのは、立派な髭を蓄えた小太りの男だった。高そうなスーツを着ているが、腹のボタンが悲鳴を上げている。ギルドの査定官、バッカスだ。 勇者パーティ時代、報酬の支払いで何度も難癖をつけてきた「ケチで有名な男」である。

「よう、久しぶりだなバッカス。まだその窮屈そうな腹は健在か?」 「ふん! 口の減らない男だ!」

 バッカスは俺を睨みつけ、ドカッとソファに座った。そして、リリをジロジロとなめ回す。

「ほう……そっちの女は上玉じゃないか。おいジン、まさかこの娘に『夜の営業』でもさせて、依頼達成のハンコをもらってきたんじゃないだろうな?」

「……っ!」

 リリの体から、殺気が噴き出した。俺は片手で彼女を制する。ここで手を出せば、それこそ相手の思う壺だ。

「……訂正しろ、豚野郎。その汚い口を二度と利けなくしてやってもいいんだぞ」

 俺は静かに告げた。だが、バッカスは鼻で笑った。

「脅しか? 暴力に訴えた時点で試験は不合格だ。それに、昇格の合否を決めるのはこの私だぞ?」

 バッカスはテーブルの上に、一枚の羊皮紙とインク瓶、そして熱いコーヒーが入ったカップを置いた。そして、羊皮紙を指先でトントンと叩いた。

「今回の試験は筆記だ。この『超難問・魔物生態学テスト』を解いてもらおう。制限時間は10分。一問でも間違えれば不合格だ」

 どう見ても嫌がらせだ。ちらりと見えた問題文は、学者の論文レベルの難易度だった。まともに解かせる気などないのだろう。

「さあ、始めろ。……おっと、私は優雅にコーヒーブレイクを楽しませてもらうがな」

 バッカスは勝ち誇った顔でコーヒーカップに手を伸ばした。

「――終わったぞ」

「は?」

 バッカスがカップを口元へ運ぶより早く、俺は羽ペンを置いた。 書き込みは全て終了している。勇者パーティの軍師として、世界中の魔物データを頭に叩き込んでいる俺にとって、この程度の問題は準備運動にもならない。サラサラと流れるようにペンを走らせ、わずか30秒で全問を埋めてしまった。

「ば、馬鹿な! まだ1分も経っていないぞ! 適当に書いたな!?」

「採点してみろ。全問正解だ」

 俺は用紙を突き出した。バッカスは悔しそうに顔を歪め、それでも粗探しをするために身を乗り出した。

「ふん! どうせデタラメだ……どれ貸してみろ!」

 バッカスは用紙をひったくると、片手に持ったまま、もう片方の手でコーヒーカップを持ち上げた。

「……ここだ。ここでお前を不合格にしてやる……!」

 そう言いながらカップを口元へ運ぼうとする。俺はため息をついた。

  ……まったく。 わざわざ「不運の種」を自分の周りに配置してくれるとは、親切なことだ。

「――パスだ」

 俺はポケットの中で指を鳴らした。

【確率操作】――不運譲渡(パス)。 対象:バッカス。 内容:日常に潜む『最悪のタイミング』の連続発生。

「……その前に、まずは一口――あちっ!?」

 バッカスが悲鳴を上げた。カップを持ち上げた瞬間、取っ手が「偶然」根元からぽろりと折れたのだ。支えを失ったカップは落下し、テーブルに激突。 たっぷりと入っていた熱々のブラックコーヒーが、爆発するように跳ねた。

 バシャアッ!

「ぎゃああああッ!! あ、熱ぅぅぅッ!!」

 熱湯同然の液体が、バッカスの股間と、彼が手に持っていた『完璧に回答されたテスト用紙』を直撃した。

「私のズボンが! それにテスト用紙が真っ黒だ!?」

 バッカスは濡れたズボンを押さえながら、コーヒー色に染まった羊皮紙を指差して叫んだ。

「見ろ! テスト用紙が台無しじゃないか! これでは採点不可能だ、よって不合格ッ!」 「おや、それはおかしいですね」

 俺は冷ややかに言い返した。

「コーヒーをこぼしたのは貴方だ。試験官の不手際で、回答済みの問題用紙を汚損させた場合、受験者に責任を負わせるのはギルド規約違反では? ねえ、ミライさん」

「……ええ、その通りです。試験官の過失となりますね」

 ミライも冷たい目で見ている。 バッカスはぐぬぬ、と言葉を詰まらせた。

「ふ、ふざけるな! こんなミス……うぐっ!?」

 バッカスが立ち上がって反論しようとした拍子に、慌てすぎてテーブルの脚を蹴飛ばした。古いテーブルの脚が「偶然」腐っていたらしく、バキリと折れる。

 ガタンッ! テーブルが傾き、上に置いてあったインク瓶が滑り落ちる。蓋が開いていたインク瓶は、美しい放物線を描いて宙を舞い――

 ボフッ。

 バッカスの顔面に見事に着地した。

「ぶ……ッ!?」

 青いインクが、彼の顔と自慢の髭をドロドロに染め上げる。小太りの青い怪物の出来上がりだ。

「ぶ、ぶはっ! な、なん……ペッ、ペッ!」

 バッカスはパニックになり、後ずさりした。その足が、床にこぼれたコーヒーの水たまりを踏む。

 ツルッ。

「あ」

 ドテーン! 漫画のような見事な転倒。バッカスは背中から派手に倒れ込み、その衝撃で部屋の壁に掛かっていた『歴代ギルドマスターの肖像画(重厚な額縁付き)』が振動で外れた。

 ガシャアアンッ!!

 額縁がバッカスの頭上に落下し、彼の頭を綺麗に貫通――はしなかったが、彼の頭に乗っていた「何か」を弾き飛ばした。

 ヒュンッ。

 宙を舞う、黒いフサフサした物体。それは部屋の窓から吹き込んだ風に乗り、外へと旅立っていった。

「あ……」

 倒れたバッカスの頭頂部は、光り輝くようにツルツルだった。 部屋に静寂が訪れる。

「……ぷっ」

 ミライが口元を押さえて吹き出した。

「あ、あああ……私のカツラ……私のインク……私のズボン……」

 バッカスは白目を剥いて痙攣していた。肉体的なダメージよりも、社会的な尊厳が死んでいた。これ以上ここにいれば、自分の秘密が完全に露呈し、ギルド中の笑い者になる。

「う、うう……おぼ、覚えてろぉ……!」

 バッカスは顔を覆い(インクまみれの手で覆ったので更に悲惨になった)、泣きながら部屋を飛び出していった。合否の判定など、もはや彼の頭にはなかった。一刻も早くこの場から消え去ることしか考えていないようだった。

「……さて」

 俺はミライに向き直った。

「試験官が逃亡したな。どうする? 不合格か?」

「いいえ」

 ミライは笑いを耐えながら、新しい書類を取り出した。

「ギルド規定第108条。『試験官が職務を放棄、または遂行不可能となった場合、現場監督者の裁量で仮合格とすることができる』……合格でいいでしょう。これ以上、ギルドの備品を壊されては困りますから」

「賢明な判断だ」

 俺はニヤリと笑った。 リリが俺の袖を引く。

「ジン様……あの、カツラ……」

「忘れろ。何も見てない。いいな?」

「は、はい」

 こうして、俺たちは(主に試験官の尊厳を犠牲にして)無事にEランクへの昇格を果たしたのだった。
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