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第15話:勇者の命令と、軍師の拒絶
中ボス戦の広間を抜け、俺たちはさらに奥へと続く回廊を進んでいた。石畳の床はひび割れ、空気は澱み、どこからか湿った風が吹き抜けてくる。この先は最深部。ダンジョンの主(ボス)が待つ玉座の間へと続く道だ。
「……不愉快ですね」
隣を歩くリリが、珍しく眉間にシワを寄せていた。彼女は何度も後ろを振り返り、露骨に嫌そうな顔をしている。
「まだついてきています、あの人たち」
「だろうな。あのまま引き返すほど殊勝な連中じゃない」
俺は嘆息した。アルスという男は、典型的な「諦めの悪い」人間だ。それは勇者としての美徳でもあるが、こと人間関係においては最悪の欠点となる。自分が「正しい」と信じて疑わない彼は、他人が自分に従わない現実を直視できないのだ。
「おーい! 待て! 待てと言ってるだろ!」
背後から、怒鳴り声と共に足音が近づいてくる。俺たちは足を止めた。無視して進んでもよかったが、背中から騒がれるとリリの索敵に支障が出る。
振り返ると、そこには息を切らせたアルスたちが立っていた。少し休憩したのか、あるいはポーションの残りを飲み干したのか、顔色は幾分かマシになっている。 だが、その目は血走り、焦燥に満ちていた。
「はぁ、はぁ……! 勝手に行くな! 俺の許可なく単独行動をするな!」
アルスは俺たちの前に立ちはだかり、剣の切っ先を突きつけてきた。 ……刃こぼれした、ボロボロの剣を。
「許可? 何の権利があって?」
俺は冷ややかに問い返す。アルスは一瞬言葉に詰まったが、すぐに居丈高に叫んだ。
「お、俺は勇者だぞ! この国の希望だ! 俺の行動はすべて、世界の平和に繋がってるんだ! だったら、その俺に協力するのは国民の義務だろ!」
なるほど。 追い詰められた人間というのは、こうも簡単に大義名分という鎧を着込みたがるものか。
「協力しろ、ジン! これは『勇者命令』だ!」
アルスが吠える。 後ろに控える仲間たちも、気まずそうにしながらも、アルスの言葉に縋っていた。
「そうよ、ジン。意地を張ってる場合じゃないでしょ?」
カレアが上から目線で言う。
「私たちと合流させてあげるわ。あなたのその『罠避けの運』があれば、私たちの戦力と合わせて最深部まで行けるはずよ」
「水筒のお茶も、分けていただけませんか……?」
マリアが乾いた唇を舐めながら、リリの水筒を物欲しげに見ている。
彼らは本気で思っているのだ。「仲間に入れてやる」と言えば、俺が喜んで尻尾を振って戻ってくる、と。かつて俺が彼らに尽くしていたのは、それが「仕事」だったからだ。 契約が切れれば、ただの他人。そんな当たり前の理屈が、彼らの辞書には載っていないらしい。
「断る」
俺は一言で切り捨てた。
「なっ……!?」
「言ったはずだ。俺たちは赤の他人だと。お前らの世界平和ごっこに付き合う義理はない」
「ご、ごっこだと!? 俺たちは命懸けで……!」
「命を懸けるのと、無謀な特攻をするのは違う」
俺はアルスの言葉を遮り、冷徹に告げた。
「装備のメンテナンスもせず、物資の管理もできず、プライドだけで深層に突っ込む。それを『自殺志願者』と言うんだよ、勇者様」
「き、貴様ぁ……!」
アルスの顔が怒りで歪む。だが、反論はできなかった。彼ら自身、今の状況が破滅的であることを痛感しているからだ。だからこそ、なりふり構わず俺を利用しようとしている。
「それに……俺たちの目的は、お前らとは違う」
俺は回廊の奥、闇に沈む最深部の方角を指差した。
「お前らはボスを倒して『名声』が欲しいんだろう? だが、俺たちは違う」
俺はニヤリと笑った。
「俺たちは、『安全』に帰りたいだけだ」
「は……?」
アルスがぽかんと口を開けた。
「あ、安全に帰る……? じゃあ、なんだ。お前たちはここで逃げ帰るつもりだったのか?」
「そう受け取ってもらって構わない」
実際には、「ボスを瞬殺して、魔物が出なくなった安全な道を優雅に帰還する」という意味なのだが、説明してやる必要はない。 アルスの中で「ジンは臆病風に吹かれて逃げようとしている」と誤解してくれた方が、後々面白い。
「はっ、ははは! なんだ、そうかよ!」
アルスは急に勝ち誇ったような顔をした。
「結局、怖気づいたわけか! 所詮は裏方、ボスを前に足がすくんだってことだな!」
「ああ、そうだ。だからお前らだけで行ってくれ。英雄の活躍を邪魔したくないんでね」
俺はリリの肩を抱き、道を譲るように端へ避けた。
「さあ、どうぞ。お先に」
「ふん! 負け犬め。後で後悔して泣きついてきても知らねえぞ!」
アルスは鼻を鳴らし、俺たちの横を通り過ぎようとした。仲間たちも、どこか安心したような、そして軽蔑を含んだ視線を俺たちに向けながら続く。
その時だった。
カツン……カツン……。
回廊の奥から、硬質な足音が響いてきた。それも一つや二つではない。 軍隊の行進のような、規則正しく、重々しい金属音。
「……ッ!」
リリが瞬時に俺の前に立ち、短剣を構える。アルスたちも足を止めた。
「な、なんだ?」
闇の中から現れたのは、全身を黒い甲冑で覆った『リビングアーマー』の集団だった。 その数、およそ20体。 中ボス級の個体が、雑魚のように群れを成して迫ってくる。最深部を守る、最後の防衛ラインだ。
「げ、げええっ!? リビングアーマーの群れだと!?」
「嘘でしょ!? 一体だけでも厄介なのに、こんな数……!」
カレアが悲鳴を上げる。今の消耗しきった彼らに、これだけの数を相手にする余力はない。
「ジ、ジン! おいジン!」
アルスが慌てて振り返り、叫んだ。
「協力しろ! これじゃ全滅だ! お前の『不運操作』とかいう奴で、あいつらを足止めしろ!」
命令。懇願。悲鳴。それらが混ざり合った無様な叫び。
俺はそれを見て――静かに背を向けた。
「頑張れよ、勇者」
「は……?」
「俺たちは『安全に帰る』って言ったろ? そんな危険な戦い、御免だね」
俺はリリの手を引き、来た道を戻るフリをした。もちろん、本当に帰るわけではない。近くの脇道に隠れて、彼らがリビングアーマーと激突し、消耗し尽くすのを待つだけだ。あるいは、彼らが全滅してくれれば、それはそれで手間が省ける。
「ま、待て! 見捨てるな! ジンーーッ!!」
アルスの絶叫が響く。だが、その声はすぐに、リビングアーマーたちの金属音と、戦闘の衝撃音にかき消された。
「……行こう、リリ」
「はい、ジン様」
リリは一度だけ後ろを振り返り、戦場と化した回廊に冷たい視線を投げかけた。 そこには、自分たちを捨て駒にしようとした者たちが、逆に捨て駒となって食い散らかされる光景が広がっていた。
「……ざまぁみろ、です」
彼女の小さな呟きを聞きながら、俺たちは戦場の喧騒から離れるように、静かに闇へと溶け込んでいった。 この先に待つ「本当の獲物」を狩るために。
「……不愉快ですね」
隣を歩くリリが、珍しく眉間にシワを寄せていた。彼女は何度も後ろを振り返り、露骨に嫌そうな顔をしている。
「まだついてきています、あの人たち」
「だろうな。あのまま引き返すほど殊勝な連中じゃない」
俺は嘆息した。アルスという男は、典型的な「諦めの悪い」人間だ。それは勇者としての美徳でもあるが、こと人間関係においては最悪の欠点となる。自分が「正しい」と信じて疑わない彼は、他人が自分に従わない現実を直視できないのだ。
「おーい! 待て! 待てと言ってるだろ!」
背後から、怒鳴り声と共に足音が近づいてくる。俺たちは足を止めた。無視して進んでもよかったが、背中から騒がれるとリリの索敵に支障が出る。
振り返ると、そこには息を切らせたアルスたちが立っていた。少し休憩したのか、あるいはポーションの残りを飲み干したのか、顔色は幾分かマシになっている。 だが、その目は血走り、焦燥に満ちていた。
「はぁ、はぁ……! 勝手に行くな! 俺の許可なく単独行動をするな!」
アルスは俺たちの前に立ちはだかり、剣の切っ先を突きつけてきた。 ……刃こぼれした、ボロボロの剣を。
「許可? 何の権利があって?」
俺は冷ややかに問い返す。アルスは一瞬言葉に詰まったが、すぐに居丈高に叫んだ。
「お、俺は勇者だぞ! この国の希望だ! 俺の行動はすべて、世界の平和に繋がってるんだ! だったら、その俺に協力するのは国民の義務だろ!」
なるほど。 追い詰められた人間というのは、こうも簡単に大義名分という鎧を着込みたがるものか。
「協力しろ、ジン! これは『勇者命令』だ!」
アルスが吠える。 後ろに控える仲間たちも、気まずそうにしながらも、アルスの言葉に縋っていた。
「そうよ、ジン。意地を張ってる場合じゃないでしょ?」
カレアが上から目線で言う。
「私たちと合流させてあげるわ。あなたのその『罠避けの運』があれば、私たちの戦力と合わせて最深部まで行けるはずよ」
「水筒のお茶も、分けていただけませんか……?」
マリアが乾いた唇を舐めながら、リリの水筒を物欲しげに見ている。
彼らは本気で思っているのだ。「仲間に入れてやる」と言えば、俺が喜んで尻尾を振って戻ってくる、と。かつて俺が彼らに尽くしていたのは、それが「仕事」だったからだ。 契約が切れれば、ただの他人。そんな当たり前の理屈が、彼らの辞書には載っていないらしい。
「断る」
俺は一言で切り捨てた。
「なっ……!?」
「言ったはずだ。俺たちは赤の他人だと。お前らの世界平和ごっこに付き合う義理はない」
「ご、ごっこだと!? 俺たちは命懸けで……!」
「命を懸けるのと、無謀な特攻をするのは違う」
俺はアルスの言葉を遮り、冷徹に告げた。
「装備のメンテナンスもせず、物資の管理もできず、プライドだけで深層に突っ込む。それを『自殺志願者』と言うんだよ、勇者様」
「き、貴様ぁ……!」
アルスの顔が怒りで歪む。だが、反論はできなかった。彼ら自身、今の状況が破滅的であることを痛感しているからだ。だからこそ、なりふり構わず俺を利用しようとしている。
「それに……俺たちの目的は、お前らとは違う」
俺は回廊の奥、闇に沈む最深部の方角を指差した。
「お前らはボスを倒して『名声』が欲しいんだろう? だが、俺たちは違う」
俺はニヤリと笑った。
「俺たちは、『安全』に帰りたいだけだ」
「は……?」
アルスがぽかんと口を開けた。
「あ、安全に帰る……? じゃあ、なんだ。お前たちはここで逃げ帰るつもりだったのか?」
「そう受け取ってもらって構わない」
実際には、「ボスを瞬殺して、魔物が出なくなった安全な道を優雅に帰還する」という意味なのだが、説明してやる必要はない。 アルスの中で「ジンは臆病風に吹かれて逃げようとしている」と誤解してくれた方が、後々面白い。
「はっ、ははは! なんだ、そうかよ!」
アルスは急に勝ち誇ったような顔をした。
「結局、怖気づいたわけか! 所詮は裏方、ボスを前に足がすくんだってことだな!」
「ああ、そうだ。だからお前らだけで行ってくれ。英雄の活躍を邪魔したくないんでね」
俺はリリの肩を抱き、道を譲るように端へ避けた。
「さあ、どうぞ。お先に」
「ふん! 負け犬め。後で後悔して泣きついてきても知らねえぞ!」
アルスは鼻を鳴らし、俺たちの横を通り過ぎようとした。仲間たちも、どこか安心したような、そして軽蔑を含んだ視線を俺たちに向けながら続く。
その時だった。
カツン……カツン……。
回廊の奥から、硬質な足音が響いてきた。それも一つや二つではない。 軍隊の行進のような、規則正しく、重々しい金属音。
「……ッ!」
リリが瞬時に俺の前に立ち、短剣を構える。アルスたちも足を止めた。
「な、なんだ?」
闇の中から現れたのは、全身を黒い甲冑で覆った『リビングアーマー』の集団だった。 その数、およそ20体。 中ボス級の個体が、雑魚のように群れを成して迫ってくる。最深部を守る、最後の防衛ラインだ。
「げ、げええっ!? リビングアーマーの群れだと!?」
「嘘でしょ!? 一体だけでも厄介なのに、こんな数……!」
カレアが悲鳴を上げる。今の消耗しきった彼らに、これだけの数を相手にする余力はない。
「ジ、ジン! おいジン!」
アルスが慌てて振り返り、叫んだ。
「協力しろ! これじゃ全滅だ! お前の『不運操作』とかいう奴で、あいつらを足止めしろ!」
命令。懇願。悲鳴。それらが混ざり合った無様な叫び。
俺はそれを見て――静かに背を向けた。
「頑張れよ、勇者」
「は……?」
「俺たちは『安全に帰る』って言ったろ? そんな危険な戦い、御免だね」
俺はリリの手を引き、来た道を戻るフリをした。もちろん、本当に帰るわけではない。近くの脇道に隠れて、彼らがリビングアーマーと激突し、消耗し尽くすのを待つだけだ。あるいは、彼らが全滅してくれれば、それはそれで手間が省ける。
「ま、待て! 見捨てるな! ジンーーッ!!」
アルスの絶叫が響く。だが、その声はすぐに、リビングアーマーたちの金属音と、戦闘の衝撃音にかき消された。
「……行こう、リリ」
「はい、ジン様」
リリは一度だけ後ろを振り返り、戦場と化した回廊に冷たい視線を投げかけた。 そこには、自分たちを捨て駒にしようとした者たちが、逆に捨て駒となって食い散らかされる光景が広がっていた。
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