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第21話:英雄の崩壊
「う、うおおおおおおおおッ!!!」
迫りくる紅蓮の熱波を前に、勇者アルスは絶叫した。恐怖を振り払うためではない。 これは、死に瀕した生物が絞り出す、最期の生存本能だった。
逃げ場はない。 体は鉛のように重く、足元の瓦礫が足首を掴んで離さない。ならば、迎え撃つしかない。この身に宿る全ての魔力、生命力、そして勇者としてのプライドを、この一撃に込める。
「聖剣技……『セイクリッド・クロス』ッ!!!」
アルスは折れた聖剣を振り上げた。刀身は失われているが、そこから溢れ出る黄金の魔力が、巨大な光の十字架を形成する。それは彼が持つ最強の必殺技。かつて魔王軍の幹部すら一撃で葬り去った、絶対の切り札。
(いける……! これで相殺して、その隙に……!)
一縷の希望。だが、今の彼は忘れていた。自分が今、「世界で一番運が悪い男」であることを。
バチッ。
剣の柄に、小さな亀裂が走った。それは長年の酷使と、先ほど壁を叩いた際のダメージ、そして今の過剰な魔力充填によって生じた、ほんの僅かな綻びだった。
普段なら、何の問題もなく発動していただろう。だが、今の彼にとって「0.001%の故障率」は、「100%の事故」と同義だ。
「な……?」
アルスの手の中で、光が歪んだ。制御を失った膨大な魔力が、剣先から放たれるのではなく、最も脆い部分――つまり、柄を握っているアルスの手元で逆流したのだ。
カッッッ!!!!
「ぎゃあああああああああっ!?」
光の十字架が、アルスの腕の中で炸裂した。必殺の聖なる光が、主の腕を焼き、肉を抉り、衝撃波となって周囲にいた仲間たちを吹き飛ばす。
「キャアアアッ!?」
「ぐああっ!?」
マリアとカレアが、爆風に煽られて壁に叩きつけられる。ガイルはアルスを庇おうとして前に出たが、暴走した魔力の刃に鎧ごと切り裂かれた。
「あ、あぐっ……腕が……俺の、腕がぁ……!」
アルスは黒焦げになった右腕を押さえてうずくまった。聖剣は砕け散り、もはやただの屑鉄だ。自爆。最強の技が、最悪の形で牙を剥いた。
そして――そこに、本命の絶望が到達する。
『ゴアアアアアアアアアアッ!!!』
ドラゴンの極大ブレスが、無防備になったアルスを飲み込んだ。
本来なら広範囲を焼き尽くすはずの炎は、ジンの【確率操作】によって不自然にねじ曲がり、まるでじょうごに吸い込まれる水のように、アルス一点へと集中した。
「あ、あ、あああ――」
断末魔すら上げる暇はなかった。数千度の熱量が、勇者の身体を、装備を、そして未来を、一瞬で炭化させていく。周囲の岩盤が溶け、マグマとなって彼を埋め尽くす。
「アルスーーッ!!」
離れた場所に吹き飛ばされていたマリアが絶叫する。だが、彼女たちも無事ではなかった。ブレスの余波だけで、彼女たちの服は燃え、肌は焼け爛れている。カレアは意識を失い、ガイルは血の海に沈んでいる。
勇者パーティは、たった一撃で壊滅した。再起不能。英雄の旅路は、ここで完全に断たれたのだ。
◇
ブレスを吐ききったドラゴンが、荒い息を吐いていた。全魔力を込めた一撃。 その反動で、ドラゴンもまた隙だらけになっていた。
「……終わったな」
安全圏で見ていたジンが、静かに呟く。彼の目の前には、黒い消し炭のようになった何かが転がっている。かろうじて人の形を留めているが、あれがかつての「光の勇者」だとは誰も思わないだろう。死んではいない。ギリギリで生かしておいた。死ぬよりも辛い「没落」を味わわせるために。
「リリ。仕上げだ」
「はい、ジン様」
リリがスッと前に出た。今の彼女には、アルスから奪い取った「天性の強運」が宿っている。体は羽のように軽く、風向きさえも彼女を後押ししているように感じる。
『グ、ルルル……ッ』
ドラゴンがリリに気づき、弱々しく威嚇する。だが、もう遅い。
リリは地面を蹴った。その速度は、音速を超えた。
「ハッ!」
一閃。リリの姿がかき消え、次の瞬間にはドラゴンの背後に着地していた。彼女の手には、ミスリルの短剣が握られている。その刃には、一滴の血も付いていない。
ズ……ッ。
ドラゴンの巨大な首に、一本の赤い線が走った。それはゆっくりと広がり――
ドスゥゥゥゥンッ……!!
山のような巨体が、地響きを立てて崩れ落ちた。逆鱗ごと頚動脈を切断された即死攻撃。最強の古竜は、自分が斬られたことすら気づかぬまま絶命した。
「……ふぅ」
リリは短剣を血振りして納めると、何事もなかったかのようにジンの方へ駆け寄ってきた。
「終わりました、ジン様! どうでしたか?」
「ああ、完璧だ。いい動きだったぞ」
ジンはリリの頭をポンと撫でた。リリは嬉しそうに目を細め、仔犬のように手に擦り寄る。
その背後には、炭になった元勇者と、物言わぬ肉塊となったドラゴン。あまりにも残酷で、そして圧倒的な光景だった。
「さて……」
ジンは倒れたアルスたちに冷ややかな視線を向けた。
「回収作業といくか。ドラゴンの素材は全部俺たちのものだ。……そこのゴミ(勇者たち)は、まあ、運が良ければ誰かが拾ってくれるだろ」
ジンは踵を返し、ドラゴンの死体へと歩き出した。完全に主従が逆転した瞬間。 この日を境に、勇者アルスの名は地に落ち、代わって一組の冒険者の名が、新たな伝説として刻まれることになる。
迫りくる紅蓮の熱波を前に、勇者アルスは絶叫した。恐怖を振り払うためではない。 これは、死に瀕した生物が絞り出す、最期の生存本能だった。
逃げ場はない。 体は鉛のように重く、足元の瓦礫が足首を掴んで離さない。ならば、迎え撃つしかない。この身に宿る全ての魔力、生命力、そして勇者としてのプライドを、この一撃に込める。
「聖剣技……『セイクリッド・クロス』ッ!!!」
アルスは折れた聖剣を振り上げた。刀身は失われているが、そこから溢れ出る黄金の魔力が、巨大な光の十字架を形成する。それは彼が持つ最強の必殺技。かつて魔王軍の幹部すら一撃で葬り去った、絶対の切り札。
(いける……! これで相殺して、その隙に……!)
一縷の希望。だが、今の彼は忘れていた。自分が今、「世界で一番運が悪い男」であることを。
バチッ。
剣の柄に、小さな亀裂が走った。それは長年の酷使と、先ほど壁を叩いた際のダメージ、そして今の過剰な魔力充填によって生じた、ほんの僅かな綻びだった。
普段なら、何の問題もなく発動していただろう。だが、今の彼にとって「0.001%の故障率」は、「100%の事故」と同義だ。
「な……?」
アルスの手の中で、光が歪んだ。制御を失った膨大な魔力が、剣先から放たれるのではなく、最も脆い部分――つまり、柄を握っているアルスの手元で逆流したのだ。
カッッッ!!!!
「ぎゃあああああああああっ!?」
光の十字架が、アルスの腕の中で炸裂した。必殺の聖なる光が、主の腕を焼き、肉を抉り、衝撃波となって周囲にいた仲間たちを吹き飛ばす。
「キャアアアッ!?」
「ぐああっ!?」
マリアとカレアが、爆風に煽られて壁に叩きつけられる。ガイルはアルスを庇おうとして前に出たが、暴走した魔力の刃に鎧ごと切り裂かれた。
「あ、あぐっ……腕が……俺の、腕がぁ……!」
アルスは黒焦げになった右腕を押さえてうずくまった。聖剣は砕け散り、もはやただの屑鉄だ。自爆。最強の技が、最悪の形で牙を剥いた。
そして――そこに、本命の絶望が到達する。
『ゴアアアアアアアアアアッ!!!』
ドラゴンの極大ブレスが、無防備になったアルスを飲み込んだ。
本来なら広範囲を焼き尽くすはずの炎は、ジンの【確率操作】によって不自然にねじ曲がり、まるでじょうごに吸い込まれる水のように、アルス一点へと集中した。
「あ、あ、あああ――」
断末魔すら上げる暇はなかった。数千度の熱量が、勇者の身体を、装備を、そして未来を、一瞬で炭化させていく。周囲の岩盤が溶け、マグマとなって彼を埋め尽くす。
「アルスーーッ!!」
離れた場所に吹き飛ばされていたマリアが絶叫する。だが、彼女たちも無事ではなかった。ブレスの余波だけで、彼女たちの服は燃え、肌は焼け爛れている。カレアは意識を失い、ガイルは血の海に沈んでいる。
勇者パーティは、たった一撃で壊滅した。再起不能。英雄の旅路は、ここで完全に断たれたのだ。
◇
ブレスを吐ききったドラゴンが、荒い息を吐いていた。全魔力を込めた一撃。 その反動で、ドラゴンもまた隙だらけになっていた。
「……終わったな」
安全圏で見ていたジンが、静かに呟く。彼の目の前には、黒い消し炭のようになった何かが転がっている。かろうじて人の形を留めているが、あれがかつての「光の勇者」だとは誰も思わないだろう。死んではいない。ギリギリで生かしておいた。死ぬよりも辛い「没落」を味わわせるために。
「リリ。仕上げだ」
「はい、ジン様」
リリがスッと前に出た。今の彼女には、アルスから奪い取った「天性の強運」が宿っている。体は羽のように軽く、風向きさえも彼女を後押ししているように感じる。
『グ、ルルル……ッ』
ドラゴンがリリに気づき、弱々しく威嚇する。だが、もう遅い。
リリは地面を蹴った。その速度は、音速を超えた。
「ハッ!」
一閃。リリの姿がかき消え、次の瞬間にはドラゴンの背後に着地していた。彼女の手には、ミスリルの短剣が握られている。その刃には、一滴の血も付いていない。
ズ……ッ。
ドラゴンの巨大な首に、一本の赤い線が走った。それはゆっくりと広がり――
ドスゥゥゥゥンッ……!!
山のような巨体が、地響きを立てて崩れ落ちた。逆鱗ごと頚動脈を切断された即死攻撃。最強の古竜は、自分が斬られたことすら気づかぬまま絶命した。
「……ふぅ」
リリは短剣を血振りして納めると、何事もなかったかのようにジンの方へ駆け寄ってきた。
「終わりました、ジン様! どうでしたか?」
「ああ、完璧だ。いい動きだったぞ」
ジンはリリの頭をポンと撫でた。リリは嬉しそうに目を細め、仔犬のように手に擦り寄る。
その背後には、炭になった元勇者と、物言わぬ肉塊となったドラゴン。あまりにも残酷で、そして圧倒的な光景だった。
「さて……」
ジンは倒れたアルスたちに冷ややかな視線を向けた。
「回収作業といくか。ドラゴンの素材は全部俺たちのものだ。……そこのゴミ(勇者たち)は、まあ、運が良ければ誰かが拾ってくれるだろ」
ジンは踵を返し、ドラゴンの死体へと歩き出した。完全に主従が逆転した瞬間。 この日を境に、勇者アルスの名は地に落ち、代わって一組の冒険者の名が、新たな伝説として刻まれることになる。
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