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第35話:聖女マリアの没落・完
その夜、俺たちは『幸運教』の本拠地である地下聖堂に潜入していた。 昼間の広場での一件。あのまま放置すれば、教団が集めた負のエネルギーが飽和し、王都全体に汚染が広がるのは時間の問題だった。 俺たちの平穏な生活を守るため、害虫の巣は早めに焼き払うに限る。 潜入といっても、隠密行動ではない。
ドゴォォォンッ!!
「へっ、脆い扉だぜ!」
グレンが巨大なハンマーで入り口の扉を粉砕する。 警報が鳴り響く中、俺たちは堂々と正面から踏み込んだ。
「な、何奴だ!?」
「不審者だ! やれ!」
教団の私兵たちが襲いかかってくるが、グレンが鼻歌交じりに薙ぎ払い、リリが影のようにすり抜けて武器だけを破壊していく。 俺はポケットに手を突っ込んだまま、悠々と最奥の祭壇へと歩を進めた。
「よせ……来ないで……!」
祭壇の前、巨大な女神像の足元に、聖女マリアが震えていた。 彼女の背中からは、視えざる魔力のチューブが伸び、女神像へと直結している。 昼間見た時よりも、その顔色は土気色になり、肌は老婆のように乾燥していた。限界が近いのだ。
「ジン……! どうして邪魔をするの!? 私はただ、人々に幸せを分け与えているだけなのに!」
マリアが血走った目で叫ぶ。 まだ気づいていないのか、あるいは認めたくないのか。
「幸せを分け与える? 違うな」
俺は【解析のモノクル】で女神像の中枢を見据え、指を鳴らした。
【確率操作】――対象:魔力供給パイプ。 術式:『逆流』。
パチン。
乾いた音が響いた瞬間、女神像が不気味に脈動した。 今までマリアや信者から吸い上げていた運気と生命力が、制御を失って逆流を始めたのだ。
「あ、あぁぁぁ……!?」
マリアが胸を押さえてうずくまる。 彼女の体から、黒い靄のようなものが噴き出し、女神像がひび割れていく。
「見ろ、マリア。それがお前の神の正体だ」
俺は冷酷に告げた。 ひび割れた女神像の中から現れたのは、醜悪な魔導生物の心臓のような塊だった。 それがドクドクと脈打ち、周囲の運気を貪欲に喰らおうとしている。
「こ、これは……?」
「古代の『呪具』の一種だ。お前は教祖として崇められているつもりだったろうが、実際はただの『魔力の供給源』に過ぎない。このままなら、あと数日で干からびて死んでいただろうな」
「嘘……嘘よ……!」
マリアは崩れ落ちた。 信じていたものが崩壊し、自分が利用されていただけだという事実。 プライドの高い彼女にとって、それは死刑宣告にも等しい屈辱だったはずだ。
だが、マリアはそこで終わらなかった。 彼女は這いつくばりながら、俺の足元にすがりついてきたのだ。
「じ、ジン……助けて……!」
涙と鼻水で化粧が崩れ、見る影もない姿で彼女は懇願した。
「私、知らなかったの! 騙されてたの! 悪いのはこの像を作った黒幕よ! 私は被害者なの!」
「……そうだな。お前も被害者の一人かもしれん」
「でしょ!? ねえ、ジン。私を助けて! 私をまた、あなたのパーティに入れて!」
マリアは俺の脚にしがみつき、必死に自分を売り込み始めた。
「私、回復魔法が使えるわ! 聖女としての知名度もある! きっとあなたの役に立つわ! ほら、そこの……薄汚い暗殺者の娘なんかより、ずっと有能よ!」
マリアがリリを指差し、侮蔑の言葉を吐く。 リリは無表情のまま、静かに俺の背後に控えていた。反論もしない。ただ、俺の判断を待っている。
俺はマリアを見下ろし、深いため息をついた。 こいつは、何もわかっていない。
「マリア」
「な、なに? いいでしょ? 私とあなたが組めば、また最強のパーティが……」
「手を離せ」
俺の声は、氷点下よりも冷たかった。 マリアがビクリとして手を離す。
「役に立つ? 有能? そんなことはどうでもいい」
俺は一歩下がり、背後のリリの肩を抱き寄せた。
「俺が必要としているのは、俺にその不運を預け、俺の背中を預けられるパートナーだ。……能力だけの話なら、代わりはいくらでもいる」
俺はリリの目を真っ直ぐに見つめ、断言した。
「だが、俺の隣に立てるのは、世界でこいつだけだ」
その言葉は、地下聖堂の冷たい空気を震わせ、マリアの心臓を貫いた。 リリの瞳が大きく見開かれ、潤んでいくのがわかる。
「そ、そんな……。ただの暗殺者よ!? 呪われた子よ!? どうして私が負けるの……!?」
「負けるも勝つもない。最初から、お前は俺の視界に入っていない」
俺はマリアに背を向けた。 もはや彼女にかける言葉は何もない。
「グレン、女神像を壊せ。元凶を断つ」
「おうよ! 待ってました!」
グレンがハンマーを振りかぶり、醜悪な心臓めがけて叩きつけた。 グシャァァァンッ!! 断末魔のような音と共に、女神像が砕け散る。 同時に、聖堂に充満していた淀んだ空気が霧散していった。
◇
騒動の後。 教団は解体され、首謀者たち(裏で糸を引いていた闇商人たち)は捕縛された。 マリアに関しては、彼女自身も被害者であることと、これまでの功績(過去の勇者パーティとしての)が考慮され、極刑は免れた。 その代わり、王都を追放され、地方の厳しい戒律を持つ修道院へ送られることになったという。
二度と、華やかな表舞台に戻ることはないだろう。 それが、聖女と呼ばれた女の末路だった。
帰り道。 夜風が心地よい通りを歩いていると、隣を歩くリリが、ずずっ、と鼻をすすった。
「……泣いているのか?」
「な、泣いてません……! 目にゴミが入っただけです……!」
リリは必死に顔を隠そうとするが、その目からはボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。 俺があんなキザな台詞を吐いたせいだろうか。
「みゅう」
俺の懐からラクが顔を出し、リリの肩に飛び乗った。 そして、そのフワフワの体でリリの頬を拭うように擦り寄る。
「あ……ありがとう、ラクちゃん……」
「みゅ~(よしよし)」
リリはラクを抱きしめ、俺を見上げた。 その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、雨上がりの空のように晴れやかだった。
「ジン様。……私、一生離れませんから。覚悟してくださいね」 「ああ。望むところだ」
俺たちは手を繋ぎ、我が家へと帰った。 かつての因縁は断ち切られ、俺たちの絆はより強固なものとなった。
……だが、平穏は長くは続かない。 王都の地下深く、暗い下水道の闇の中で、もう一つの「過去」が、どす黒い怨念を纏って蠢き始めていたのだから。
ドゴォォォンッ!!
「へっ、脆い扉だぜ!」
グレンが巨大なハンマーで入り口の扉を粉砕する。 警報が鳴り響く中、俺たちは堂々と正面から踏み込んだ。
「な、何奴だ!?」
「不審者だ! やれ!」
教団の私兵たちが襲いかかってくるが、グレンが鼻歌交じりに薙ぎ払い、リリが影のようにすり抜けて武器だけを破壊していく。 俺はポケットに手を突っ込んだまま、悠々と最奥の祭壇へと歩を進めた。
「よせ……来ないで……!」
祭壇の前、巨大な女神像の足元に、聖女マリアが震えていた。 彼女の背中からは、視えざる魔力のチューブが伸び、女神像へと直結している。 昼間見た時よりも、その顔色は土気色になり、肌は老婆のように乾燥していた。限界が近いのだ。
「ジン……! どうして邪魔をするの!? 私はただ、人々に幸せを分け与えているだけなのに!」
マリアが血走った目で叫ぶ。 まだ気づいていないのか、あるいは認めたくないのか。
「幸せを分け与える? 違うな」
俺は【解析のモノクル】で女神像の中枢を見据え、指を鳴らした。
【確率操作】――対象:魔力供給パイプ。 術式:『逆流』。
パチン。
乾いた音が響いた瞬間、女神像が不気味に脈動した。 今までマリアや信者から吸い上げていた運気と生命力が、制御を失って逆流を始めたのだ。
「あ、あぁぁぁ……!?」
マリアが胸を押さえてうずくまる。 彼女の体から、黒い靄のようなものが噴き出し、女神像がひび割れていく。
「見ろ、マリア。それがお前の神の正体だ」
俺は冷酷に告げた。 ひび割れた女神像の中から現れたのは、醜悪な魔導生物の心臓のような塊だった。 それがドクドクと脈打ち、周囲の運気を貪欲に喰らおうとしている。
「こ、これは……?」
「古代の『呪具』の一種だ。お前は教祖として崇められているつもりだったろうが、実際はただの『魔力の供給源』に過ぎない。このままなら、あと数日で干からびて死んでいただろうな」
「嘘……嘘よ……!」
マリアは崩れ落ちた。 信じていたものが崩壊し、自分が利用されていただけだという事実。 プライドの高い彼女にとって、それは死刑宣告にも等しい屈辱だったはずだ。
だが、マリアはそこで終わらなかった。 彼女は這いつくばりながら、俺の足元にすがりついてきたのだ。
「じ、ジン……助けて……!」
涙と鼻水で化粧が崩れ、見る影もない姿で彼女は懇願した。
「私、知らなかったの! 騙されてたの! 悪いのはこの像を作った黒幕よ! 私は被害者なの!」
「……そうだな。お前も被害者の一人かもしれん」
「でしょ!? ねえ、ジン。私を助けて! 私をまた、あなたのパーティに入れて!」
マリアは俺の脚にしがみつき、必死に自分を売り込み始めた。
「私、回復魔法が使えるわ! 聖女としての知名度もある! きっとあなたの役に立つわ! ほら、そこの……薄汚い暗殺者の娘なんかより、ずっと有能よ!」
マリアがリリを指差し、侮蔑の言葉を吐く。 リリは無表情のまま、静かに俺の背後に控えていた。反論もしない。ただ、俺の判断を待っている。
俺はマリアを見下ろし、深いため息をついた。 こいつは、何もわかっていない。
「マリア」
「な、なに? いいでしょ? 私とあなたが組めば、また最強のパーティが……」
「手を離せ」
俺の声は、氷点下よりも冷たかった。 マリアがビクリとして手を離す。
「役に立つ? 有能? そんなことはどうでもいい」
俺は一歩下がり、背後のリリの肩を抱き寄せた。
「俺が必要としているのは、俺にその不運を預け、俺の背中を預けられるパートナーだ。……能力だけの話なら、代わりはいくらでもいる」
俺はリリの目を真っ直ぐに見つめ、断言した。
「だが、俺の隣に立てるのは、世界でこいつだけだ」
その言葉は、地下聖堂の冷たい空気を震わせ、マリアの心臓を貫いた。 リリの瞳が大きく見開かれ、潤んでいくのがわかる。
「そ、そんな……。ただの暗殺者よ!? 呪われた子よ!? どうして私が負けるの……!?」
「負けるも勝つもない。最初から、お前は俺の視界に入っていない」
俺はマリアに背を向けた。 もはや彼女にかける言葉は何もない。
「グレン、女神像を壊せ。元凶を断つ」
「おうよ! 待ってました!」
グレンがハンマーを振りかぶり、醜悪な心臓めがけて叩きつけた。 グシャァァァンッ!! 断末魔のような音と共に、女神像が砕け散る。 同時に、聖堂に充満していた淀んだ空気が霧散していった。
◇
騒動の後。 教団は解体され、首謀者たち(裏で糸を引いていた闇商人たち)は捕縛された。 マリアに関しては、彼女自身も被害者であることと、これまでの功績(過去の勇者パーティとしての)が考慮され、極刑は免れた。 その代わり、王都を追放され、地方の厳しい戒律を持つ修道院へ送られることになったという。
二度と、華やかな表舞台に戻ることはないだろう。 それが、聖女と呼ばれた女の末路だった。
帰り道。 夜風が心地よい通りを歩いていると、隣を歩くリリが、ずずっ、と鼻をすすった。
「……泣いているのか?」
「な、泣いてません……! 目にゴミが入っただけです……!」
リリは必死に顔を隠そうとするが、その目からはボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。 俺があんなキザな台詞を吐いたせいだろうか。
「みゅう」
俺の懐からラクが顔を出し、リリの肩に飛び乗った。 そして、そのフワフワの体でリリの頬を拭うように擦り寄る。
「あ……ありがとう、ラクちゃん……」
「みゅ~(よしよし)」
リリはラクを抱きしめ、俺を見上げた。 その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、雨上がりの空のように晴れやかだった。
「ジン様。……私、一生離れませんから。覚悟してくださいね」 「ああ。望むところだ」
俺たちは手を繋ぎ、我が家へと帰った。 かつての因縁は断ち切られ、俺たちの絆はより強固なものとなった。
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