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第37話:魔剣・強欲(グリード)
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商人に案内された先は、王都の地下深くに眠る古代遺跡の最深部だった。 腐臭漂う下水道とは異なり、そこには乾燥した冷気と、肌を刺すような濃密な魔素が充満していた。 松明の炎が揺れる先に、巨大な祭壇が浮かび上がる。 その中央に、一本の剣が突き立っていた。
「……あれが」
アルスは息を呑んだ。 剣の形状は歪だった。刀身は黒く波打ち、まるで生き物の背骨のような節がある。鍔(つば)の部分には、苦悶の表情を浮かべた骸骨の装飾が施され、その眼窩には紅い宝石が埋め込まれていた。 美しい聖剣とは対極にある、見るだけで吐き気を催すような「悪意」の塊。
「さあ、抜いてください。それができれば、あなたは自由だ」
商人が安全圏から声をかける。 アルスは震える足で祭壇へと進んだ。 一歩近づくたびに、頭の中にノイズが走る。
『……渇ク……渇ク……』
声が聞こえた。 耳ではない。脳髄に直接響く、粘着質な囁き声だ。
『力ガ欲シイカ……? 奪ワレタ全テヲ、取リ戻シタイカ……?』
「うるさい……黙れ……!」
アルスは呻きながら、祭壇の前に立った。 失った右腕の古傷が、焼けるように疼く。 この剣が呼んでいる。彼の憎悪に、彼の欠落に、呼応しているのだ。
『我ハ強欲(グリード)。汝ノ望ミニ応エヨウ。……代価ハ、汝ノ魂(イノチ)ト引キ換エニ』
「命だと……?」
アルスは左手で剣の柄を握ろうとした。 だが、その手が空中で止まる。 本能的な恐怖。これに触れれば、自分という存在が消滅してしまうのではないかという予感。
「怖気づきましたか? 元勇者様」
背後から商人の嘲笑が聞こえた。 その瞬間、アルスの脳裏にジンの顔がフラッシュバックした。 あの涼しい顔で、自分を見下し、嘲笑うジンの顔が。
(――俺は、負け犬のまま終わるのか?)
泥水をすすり、ゴミを漁り、誰にも知られず野垂れ死ぬ。 そんな未来を受け入れることなど、彼には到底できなかった。
「……くれてやるよ」
アルスは叫んだ。
「命だろうが魂だろうが、全部持って行け! その代わり、力を寄越せ! あいつを……ジンを殺せるだけの力をぉぉぉッ!」
アルスは残った左手で、魔剣の柄を鷲掴みにした。
ジュッ!!
掌が焼ける音がした。 だが、アルスは手を離さない。
『契約、成立』
魔剣が脈動した。 鍔(つば)にある骸骨の眼窩が、カッと紅く発光する。 次の瞬間、黒い刀身が液体のように溶け出した。
「な、うわああああああッ!?」
溶けた魔剣は黒いヘドロとなり、アルスの左腕を這い上がり、肩を越え、そして失われた右肩の切断面へと殺到した。
「ぐ、ぎぃぃぃッ!? 痛い、痛い痛い痛いッ!!」
激痛。 焼けた鉄柱を骨髄に突き刺されるような感覚。 黒いヘドロは傷口に侵入し、神経と癒着し、新たな「骨」と「肉」を形成していく。 失われたはずの右腕が、冒涜的な黒い金属と筋肉の塊となって再生されていく。
『我ガ名ハ強欲。全テヲ奪イ、全テヲ喰ラウモノ。汝ハ今ヨリ、我ガ器ナリ』
ズズズ……ッ。
再生した右腕が完成する。 それは人間の腕ではなかった。黒曜石のような光沢を放ち、鋭い爪が生えた異形の義手。 そして、その手の甲には、あの骸骨の眼球がギョロリと埋め込まれていた。
「ハァ……ハァ……ッ!」
アルスは膝をつき、荒い息を吐いた。 痛みが引いていく。代わりに、体の中から湧き上がってくるのは、無限の力。 そして、精神が冷え切っていく感覚。 恐怖も、後悔も、人間らしい温かな感情が、魔剣に吸い取られて消えていく。 残ったのは、ただ一つ。純粋で強烈な「執着」だけ。
「おい、大丈夫か? 本当に成功しやがった……」
商人が恐る恐る近づいてくる。 アルスはゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、もはや人間の色をしていなかった。魔剣と同じ、禍々しい紅蓮の色に染まっていた。
「……ああ、最高だ」
アルスは立ち上がり、異形の右腕を掲げた。 ただそれだけで、周囲の空気が歪み、祭壇に亀裂が走る。
「素晴らしい! これなら高く売れ……ひっ!?」
商人の言葉が凍りついた。 アルスの右腕が、瞬きする間に伸びたのだ。 黒い鞭のようにしなった腕が、商人の首を掴み上げ、宙に吊るした。
「が、はっ……な、なにを……!」
「試し斬りだ」
アルスは無表情で言った。 右腕に力が篭もる。
「お前らの命令など聞かない。俺の望みは一つだけだ」
メキメキッ。
「ジン……待っていろ……」
商人の首がへし折れる音と共に、アルスは狂気じみた笑みを浮かべた。 地下の暗闇で、新たな怪物が産声を上げた瞬間だった。
「……あれが」
アルスは息を呑んだ。 剣の形状は歪だった。刀身は黒く波打ち、まるで生き物の背骨のような節がある。鍔(つば)の部分には、苦悶の表情を浮かべた骸骨の装飾が施され、その眼窩には紅い宝石が埋め込まれていた。 美しい聖剣とは対極にある、見るだけで吐き気を催すような「悪意」の塊。
「さあ、抜いてください。それができれば、あなたは自由だ」
商人が安全圏から声をかける。 アルスは震える足で祭壇へと進んだ。 一歩近づくたびに、頭の中にノイズが走る。
『……渇ク……渇ク……』
声が聞こえた。 耳ではない。脳髄に直接響く、粘着質な囁き声だ。
『力ガ欲シイカ……? 奪ワレタ全テヲ、取リ戻シタイカ……?』
「うるさい……黙れ……!」
アルスは呻きながら、祭壇の前に立った。 失った右腕の古傷が、焼けるように疼く。 この剣が呼んでいる。彼の憎悪に、彼の欠落に、呼応しているのだ。
『我ハ強欲(グリード)。汝ノ望ミニ応エヨウ。……代価ハ、汝ノ魂(イノチ)ト引キ換エニ』
「命だと……?」
アルスは左手で剣の柄を握ろうとした。 だが、その手が空中で止まる。 本能的な恐怖。これに触れれば、自分という存在が消滅してしまうのではないかという予感。
「怖気づきましたか? 元勇者様」
背後から商人の嘲笑が聞こえた。 その瞬間、アルスの脳裏にジンの顔がフラッシュバックした。 あの涼しい顔で、自分を見下し、嘲笑うジンの顔が。
(――俺は、負け犬のまま終わるのか?)
泥水をすすり、ゴミを漁り、誰にも知られず野垂れ死ぬ。 そんな未来を受け入れることなど、彼には到底できなかった。
「……くれてやるよ」
アルスは叫んだ。
「命だろうが魂だろうが、全部持って行け! その代わり、力を寄越せ! あいつを……ジンを殺せるだけの力をぉぉぉッ!」
アルスは残った左手で、魔剣の柄を鷲掴みにした。
ジュッ!!
掌が焼ける音がした。 だが、アルスは手を離さない。
『契約、成立』
魔剣が脈動した。 鍔(つば)にある骸骨の眼窩が、カッと紅く発光する。 次の瞬間、黒い刀身が液体のように溶け出した。
「な、うわああああああッ!?」
溶けた魔剣は黒いヘドロとなり、アルスの左腕を這い上がり、肩を越え、そして失われた右肩の切断面へと殺到した。
「ぐ、ぎぃぃぃッ!? 痛い、痛い痛い痛いッ!!」
激痛。 焼けた鉄柱を骨髄に突き刺されるような感覚。 黒いヘドロは傷口に侵入し、神経と癒着し、新たな「骨」と「肉」を形成していく。 失われたはずの右腕が、冒涜的な黒い金属と筋肉の塊となって再生されていく。
『我ガ名ハ強欲。全テヲ奪イ、全テヲ喰ラウモノ。汝ハ今ヨリ、我ガ器ナリ』
ズズズ……ッ。
再生した右腕が完成する。 それは人間の腕ではなかった。黒曜石のような光沢を放ち、鋭い爪が生えた異形の義手。 そして、その手の甲には、あの骸骨の眼球がギョロリと埋め込まれていた。
「ハァ……ハァ……ッ!」
アルスは膝をつき、荒い息を吐いた。 痛みが引いていく。代わりに、体の中から湧き上がってくるのは、無限の力。 そして、精神が冷え切っていく感覚。 恐怖も、後悔も、人間らしい温かな感情が、魔剣に吸い取られて消えていく。 残ったのは、ただ一つ。純粋で強烈な「執着」だけ。
「おい、大丈夫か? 本当に成功しやがった……」
商人が恐る恐る近づいてくる。 アルスはゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、もはや人間の色をしていなかった。魔剣と同じ、禍々しい紅蓮の色に染まっていた。
「……ああ、最高だ」
アルスは立ち上がり、異形の右腕を掲げた。 ただそれだけで、周囲の空気が歪み、祭壇に亀裂が走る。
「素晴らしい! これなら高く売れ……ひっ!?」
商人の言葉が凍りついた。 アルスの右腕が、瞬きする間に伸びたのだ。 黒い鞭のようにしなった腕が、商人の首を掴み上げ、宙に吊るした。
「が、はっ……な、なにを……!」
「試し斬りだ」
アルスは無表情で言った。 右腕に力が篭もる。
「お前らの命令など聞かない。俺の望みは一つだけだ」
メキメキッ。
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商人の首がへし折れる音と共に、アルスは狂気じみた笑みを浮かべた。 地下の暗闇で、新たな怪物が産声を上げた瞬間だった。
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