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第39話:現場検証
深夜の裏路地。 普段なら酔っ払いや野良犬が徘徊する場所だが、今は物々しい空気に包まれていた。 規制線を張る衛兵たちが、一般人の立ち入りを厳しく制限している。
「止まれ! ここから先は立ち入り禁……げっ、あんたらか」
衛兵の一人が俺たちの姿を認めると、慌てて敬礼し、規制線を上げた。 最近の俺たちは『深淵の軍師』一行として、衛兵隊の間でも顔パスが効くようになっている。まあ、ミライ支部長代理から「何かあった時のために」と事前に渡されていた「特別調査許可証」という名の通行手形もあるのだが。
「ご苦労。……状況は?」
俺が問うと、衛兵は青ざめた顔で奥を指差した。
「遺体は搬送しましたが……現場はそのままです。正直、我々の手には負えません」
俺たちは路地の奥へと進んだ。 そこには、むせ返るような血の臭いと――異様な光景が広がっていた。
石畳の壁や地面に、無数の斬撃痕が刻まれている。 だが、それはただの剣傷ではない。 岩をバターのように抉り、切断面が熱で溶けたようにドロリと変質している。
「……酷いですね」
リリが眉をひそめる。 彼女は地面に残された乾いた血痕の前にしゃがみ込み、指先で触れた。
「抵抗した跡がありません。一撃です。……しかも、この傷跡」
リリが視線を上げた先には、壁を斜めに両断する巨大な爪痕のような傷があった。
「これは剣ではありません。もっと不規則で、有機的な……」
「ああ。だからこそ、専門家を呼んだ」
俺は背後に向かって声をかけた。
「どうだ、ヴォルグ。何かわかるか?」
「けっ、人使いの荒い野郎だぜ。せっかく新しい合金の配合を試してたのによぉ」
不満げな声を上げながら現れたのは、煤けた作業着姿のヴォルグだった。 現場検証のために、俺が無理やり工房から引っ張り出してきたのだ。ちなみにグレンは「屋敷の守りが手薄になるのはマズい」という判断で、留守番(という名の昼寝警備)をさせている。
ヴォルグは「気持ちわりぃ場所だ」と悪態をつきながらも、職人の目つきで壁の傷跡を睨みつけた。
「……なんだこりゃあ」
ヴォルグが傷跡に近づき、ルーペを取り出して詳細に観察する。 やがて、彼の表情から不機嫌さが消え、深刻なものへと変わっていった。
「おいジン。こいつは『剣』じゃねえぞ」
「どういうことだ?」
「断面を見てみろ。金属による切断だけじゃねえ。……『腐食』と『呪詛』が同時に起きてやがる。物理的な硬度を無視して、触れた物質の組成そのものを崩壊させて切断してるんだ」
ヴォルグは身震いした。
「生物と金属の融合……いや、もっと悍ましい『呪い』の融合体だ。こんな凶器、まともな鍛冶師なら絶対に作らねえ。……いや、作れねえ」
「……物理防御無視、か」
俺の背筋に冷たいものが走った。 それが意味することは一つ。
「まずいな」
俺の脳裏に、屋敷に残してきた赤髪の巨漢の姿が浮かんだ。 グレンの強みは、圧倒的な物理防御力(VIT)とタフネスだ。剣だろうが魔法だろうが、身体で受け止めて弾き返す。それが彼の無敵の所以だ。 だが、もし敵の武器が「防御力を無視して概念ごと切り裂く」性質を持っていたとしたら?
「相性が悪すぎる」
グレンは避けない。自分の肉体を信じているからこそ、正面から受け止めようとするだろう。 それが、奴の命取りになる。
「みゅ……みゅぅ……!」
その時、リリの腕の中にいたラクが、再び激しく震え出した。 ラクはリリから飛び降りると、地面を転がりながら、ある一点で鼻をひくつかせた。
「おいラク、何か見つけたのか?」
「みゅッ!(こっちだ!)」
ラクが路地の奥、さらに暗い闇が広がる方向を指し示す。 そこは、王都の地下水道へと続くマンホールの蓋がある場所だった。
「……下水道、か」
ラクは「不運」の臭いを嗅ぎ分ける。 犯人の痕跡は地下へ続いている。
「ジン様。……行きますか?」
リリが短剣に手をかけ、俺を見る。 その瞳には、どんな敵であろうと俺を守り抜くという決意が宿っていた。
「……いや、戻るぞ」
俺は即断した。 地下への追跡は罠の可能性がある。いや、罠でなくとも、今の俺たちにはもっと優先すべきことがある。
「えっ? でも、犯人は……」
「ヴォルグの話が本当なら、今のグレンでは奴を止められない。奴が……かつての俺を知るアルスが、俺への復讐を最優先にしているなら、必ず俺の『居場所』を狙ってくる」
屋敷にはヴォルグの罠も、グレンという番犬もいる。 だが、相手が「物理無効の魔剣」を持った「元勇者」となれば話は別だ。 俺たちがのんびり地下探索をしている間に、最強の盾(グレン)が突破され、リリとの大切な「城」が蹂躙される可能性がある。
「急ぐぞ。……嫌な予感がしやがる」
俺たちは足早に路地を抜け、屋敷の方角へと駆け出した。 空には、血のように赤い月が昇り始めていた。
「止まれ! ここから先は立ち入り禁……げっ、あんたらか」
衛兵の一人が俺たちの姿を認めると、慌てて敬礼し、規制線を上げた。 最近の俺たちは『深淵の軍師』一行として、衛兵隊の間でも顔パスが効くようになっている。まあ、ミライ支部長代理から「何かあった時のために」と事前に渡されていた「特別調査許可証」という名の通行手形もあるのだが。
「ご苦労。……状況は?」
俺が問うと、衛兵は青ざめた顔で奥を指差した。
「遺体は搬送しましたが……現場はそのままです。正直、我々の手には負えません」
俺たちは路地の奥へと進んだ。 そこには、むせ返るような血の臭いと――異様な光景が広がっていた。
石畳の壁や地面に、無数の斬撃痕が刻まれている。 だが、それはただの剣傷ではない。 岩をバターのように抉り、切断面が熱で溶けたようにドロリと変質している。
「……酷いですね」
リリが眉をひそめる。 彼女は地面に残された乾いた血痕の前にしゃがみ込み、指先で触れた。
「抵抗した跡がありません。一撃です。……しかも、この傷跡」
リリが視線を上げた先には、壁を斜めに両断する巨大な爪痕のような傷があった。
「これは剣ではありません。もっと不規則で、有機的な……」
「ああ。だからこそ、専門家を呼んだ」
俺は背後に向かって声をかけた。
「どうだ、ヴォルグ。何かわかるか?」
「けっ、人使いの荒い野郎だぜ。せっかく新しい合金の配合を試してたのによぉ」
不満げな声を上げながら現れたのは、煤けた作業着姿のヴォルグだった。 現場検証のために、俺が無理やり工房から引っ張り出してきたのだ。ちなみにグレンは「屋敷の守りが手薄になるのはマズい」という判断で、留守番(という名の昼寝警備)をさせている。
ヴォルグは「気持ちわりぃ場所だ」と悪態をつきながらも、職人の目つきで壁の傷跡を睨みつけた。
「……なんだこりゃあ」
ヴォルグが傷跡に近づき、ルーペを取り出して詳細に観察する。 やがて、彼の表情から不機嫌さが消え、深刻なものへと変わっていった。
「おいジン。こいつは『剣』じゃねえぞ」
「どういうことだ?」
「断面を見てみろ。金属による切断だけじゃねえ。……『腐食』と『呪詛』が同時に起きてやがる。物理的な硬度を無視して、触れた物質の組成そのものを崩壊させて切断してるんだ」
ヴォルグは身震いした。
「生物と金属の融合……いや、もっと悍ましい『呪い』の融合体だ。こんな凶器、まともな鍛冶師なら絶対に作らねえ。……いや、作れねえ」
「……物理防御無視、か」
俺の背筋に冷たいものが走った。 それが意味することは一つ。
「まずいな」
俺の脳裏に、屋敷に残してきた赤髪の巨漢の姿が浮かんだ。 グレンの強みは、圧倒的な物理防御力(VIT)とタフネスだ。剣だろうが魔法だろうが、身体で受け止めて弾き返す。それが彼の無敵の所以だ。 だが、もし敵の武器が「防御力を無視して概念ごと切り裂く」性質を持っていたとしたら?
「相性が悪すぎる」
グレンは避けない。自分の肉体を信じているからこそ、正面から受け止めようとするだろう。 それが、奴の命取りになる。
「みゅ……みゅぅ……!」
その時、リリの腕の中にいたラクが、再び激しく震え出した。 ラクはリリから飛び降りると、地面を転がりながら、ある一点で鼻をひくつかせた。
「おいラク、何か見つけたのか?」
「みゅッ!(こっちだ!)」
ラクが路地の奥、さらに暗い闇が広がる方向を指し示す。 そこは、王都の地下水道へと続くマンホールの蓋がある場所だった。
「……下水道、か」
ラクは「不運」の臭いを嗅ぎ分ける。 犯人の痕跡は地下へ続いている。
「ジン様。……行きますか?」
リリが短剣に手をかけ、俺を見る。 その瞳には、どんな敵であろうと俺を守り抜くという決意が宿っていた。
「……いや、戻るぞ」
俺は即断した。 地下への追跡は罠の可能性がある。いや、罠でなくとも、今の俺たちにはもっと優先すべきことがある。
「えっ? でも、犯人は……」
「ヴォルグの話が本当なら、今のグレンでは奴を止められない。奴が……かつての俺を知るアルスが、俺への復讐を最優先にしているなら、必ず俺の『居場所』を狙ってくる」
屋敷にはヴォルグの罠も、グレンという番犬もいる。 だが、相手が「物理無効の魔剣」を持った「元勇者」となれば話は別だ。 俺たちがのんびり地下探索をしている間に、最強の盾(グレン)が突破され、リリとの大切な「城」が蹂躙される可能性がある。
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