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第43話:物理的飽和攻撃
地獄の釜の蓋が開いた。 そう表現する他ない光景だった。
「消えろ」
俺が指を鳴らした瞬間、屋敷の前庭を取り囲む石畳、庭木、そして装飾用の彫像に至るまで、ありとあらゆる場所から「殺意」が噴出した。
ドガガガガガガッ!!
地面から無数の鋼鉄の杭が射出され、アルスの足元を貫こうとする。 空からは、ヴォルグ特製の『粘着焼夷弾(ナパーム・スライム)』が雨あられと降り注ぐ。
「ぬぅッ……!」
アルスが右腕を振るい、迫りくる杭を薙ぎ払う。魔剣の『因果喰らい』は物理的な硬度を無視して切断するが、飛んでくるのは一つや二つではない。 数百、数千という「数」の暴力だ。
「甘いな、ジン! こんなオモチャで俺が殺せるか!」
アルスが吠える。 彼の右腕が変形し、傘のようなドーム状の盾となって頭上を覆う。焼夷弾が盾に弾かれ、周囲の地面を灼熱の炎で焼き尽くす。 魔剣の防御力は完璧だ。物理的な攻撃では、奴の身体に届かない。
「殺す? 勘違いするな」
俺は冷めた目で、炎の中で足掻く元勇者を見下ろした。
「これはただの『整地』だ」
俺は二度目の指を鳴らす。
カチッ。
その音は、屋敷の屋根裏に設置された巨大な給水タンクのバルブが開く音だった。 ただし、中に入っているのは水ではない。 ヴォルグが「失敗作だが捨てるのが面倒だ」と言って押し付けてきた、『超速硬化の錬金泥(アルケミー・マッド)』の原液だ。
ドバァァァァァッ!!
大量の灰色の液体が、アルスの頭上から滝のように落下する。
「な、なんだこれは!?」
アルスが魔剣で液体を切り裂く。だが、液体は切っても意味がない。 粘性の高い液体はアルスの足元に溜まり、数秒とかからずに硬化を始めた。
「グッ……足が……!」
錬金泥がアルスの両足を地面に固定する。 魔剣で破壊しようとするが、その隙に左右の壁から突き出した『高圧電流発生装置』がスパークし、紫電がアルスを直撃した。
バリバリバリバリッ!!
「がぁぁぁぁぁッ!?」
「いいザマだ。だが、まだ足りない」
俺は懐から手を出し、虚空を掴むような仕草をした。 物理的な拘束は完了した。次はいよいよ、本命の「運命」を叩き込む。
「リリ」
「は、はい!」
リリが頬の血を拭い、俺の背中にぴたりと寄り添う。 俺は彼女の手を握り、そこから流れ込んでくる膨大な「不運」を感じ取った。 マイナス999万の呪い。 普段なら俺が少しずつ中和して処理しているこの劇薬を、今はあえて凝縮し、一つの弾丸として練り上げる。
【確率操作】――不運注入。 対象:屋敷の尖塔にある巨大な避雷針。 内容:『経年劣化による崩壊』。
俺が見上げる先。屋敷のてっぺんには、ヴォルグが趣味で取り付けた巨大な鉄塊のオブジェ(重さ数トン)があった。 本来ならあと百年は落ちない頑丈な作りだが、俺はそこにリリの不運を注ぎ込む。
ギシッ……ギシギシ……。
鉄骨が悲鳴を上げる。 だが、まだ落ちない。不運のエネルギーだけでは、あと一押しが足りない。 物理的な「きっかけ(トリガー)」が必要だ。
「ラク。出番だ」
「みゅッ!」
俺の足元で、白い毛玉が弾んだ。 ラクは俺の意図を察したのか、それとも単に高いところに登りたかったのか。 屋敷の壁を猛スピードで駆け上がり、屋根へと飛び乗った。 そして、今にも崩れそうなオブジェの支柱に向かって――
「みゅーーーーッ!(キック!)」
ポムッ。
柔らかい体当たり。 物理的な破壊力は皆無に等しい、愛らしい一撃。 だが、それは「絶妙な一点」に、「絶妙なタイミング」で加えられた衝撃だった。
パキン。
小さな亀裂が、一気に広がった。 リリの不運によって限界まで高まっていた崩壊の確率が、ラクという変数を掛け合わされたことで「100%の必然」へと昇華する。
ズズズズズ……!
「……あ?」
足元を固められ、電撃に焼かれていたアルスが、頭上の異音に気づいて見上げた。 そこには、月を背にして落下してくる、数トンの鉄塊があった。
「嘘、だろ……」
回避不能。防御不能。 魔剣で切り裂こうにも、体積と質量が大きすぎる。
「潰れろ」
俺が呟いた瞬間。
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
屋敷の前庭に、隕石が落ちたような衝撃と轟音が走った。 土煙が舞い上がり、衝撃波が俺たちのローブを激しくあおる。
「……やったか?」
グレンが折れた大剣の柄を握りしめ、土煙の向こうを凝視する。 俺は【解析のモノクル】で生存反応を探った。
「……しぶといな」
煙が晴れる。 そこには、ひしゃげた鉄塊の下で、片膝をついて耐えているアルスの姿があった。 魔剣が変形し、全身を覆う黒い繭となって彼を守ったのだ。 だが、無傷ではない。 繭はボロボロに砕け、隙間から見えるアルスの体からは大量の血が流れている。再生能力が追いついていない。
「はぁ……はぁ……ッ! クソッ、クソがぁッ!」
アルスが魔剣の拘束を解き、よろりと立ち上がった。 その顔は憎悪と、そして隠しきれない恐怖で歪んでいた。 物理的な攻撃に加え、確率すらも操る俺たちの連携。これ以上戦えば、確実に「死ぬ」と本能が理解したのだ。
「覚えていろ、ジン……!」
アルスは吐き捨てるように叫んだ。
「この借りは必ず返す……! 次はお前たちの『全て』を奪ってやる……!」
アルスの足元に魔法陣が展開される。 転移魔法か。魔剣にそんな機能まであるとはな。
「逃がすかッ!」
リリが短剣を投げるが、黒い霧がアルスを包み込み、短剣は虚空を素通りした。 霧が晴れたあとには、もう誰もいなかった。 残されたのは、半壊した屋敷の前庭と、赤黒い血痕だけ。
「……チッ、逃げられたか」
グレンが悔しそうに拳を握る。 俺は小さく息を吐き、緊張を解いた。
「深追いは無用だ。……とりあえずは、追い払った」
俺はリリの方を向いた。 彼女はまだ短剣を構えたまま、アルスが消えた空間を睨みつけていた。頬の傷から流れる血が、白い肌に痛々しい。
「リリ」
「……申し訳ありません。仕留め損ないました」
「いいんだ。それより、手当てだ」
俺はリリの肩に手を置き、屋敷の中へと促した。 アルスは逃げた。だが、奴は必ずまた来る。 その時までに、俺たちもまた強くならなければならない。 この傷の痛みを、決して忘れないように。
「消えろ」
俺が指を鳴らした瞬間、屋敷の前庭を取り囲む石畳、庭木、そして装飾用の彫像に至るまで、ありとあらゆる場所から「殺意」が噴出した。
ドガガガガガガッ!!
地面から無数の鋼鉄の杭が射出され、アルスの足元を貫こうとする。 空からは、ヴォルグ特製の『粘着焼夷弾(ナパーム・スライム)』が雨あられと降り注ぐ。
「ぬぅッ……!」
アルスが右腕を振るい、迫りくる杭を薙ぎ払う。魔剣の『因果喰らい』は物理的な硬度を無視して切断するが、飛んでくるのは一つや二つではない。 数百、数千という「数」の暴力だ。
「甘いな、ジン! こんなオモチャで俺が殺せるか!」
アルスが吠える。 彼の右腕が変形し、傘のようなドーム状の盾となって頭上を覆う。焼夷弾が盾に弾かれ、周囲の地面を灼熱の炎で焼き尽くす。 魔剣の防御力は完璧だ。物理的な攻撃では、奴の身体に届かない。
「殺す? 勘違いするな」
俺は冷めた目で、炎の中で足掻く元勇者を見下ろした。
「これはただの『整地』だ」
俺は二度目の指を鳴らす。
カチッ。
その音は、屋敷の屋根裏に設置された巨大な給水タンクのバルブが開く音だった。 ただし、中に入っているのは水ではない。 ヴォルグが「失敗作だが捨てるのが面倒だ」と言って押し付けてきた、『超速硬化の錬金泥(アルケミー・マッド)』の原液だ。
ドバァァァァァッ!!
大量の灰色の液体が、アルスの頭上から滝のように落下する。
「な、なんだこれは!?」
アルスが魔剣で液体を切り裂く。だが、液体は切っても意味がない。 粘性の高い液体はアルスの足元に溜まり、数秒とかからずに硬化を始めた。
「グッ……足が……!」
錬金泥がアルスの両足を地面に固定する。 魔剣で破壊しようとするが、その隙に左右の壁から突き出した『高圧電流発生装置』がスパークし、紫電がアルスを直撃した。
バリバリバリバリッ!!
「がぁぁぁぁぁッ!?」
「いいザマだ。だが、まだ足りない」
俺は懐から手を出し、虚空を掴むような仕草をした。 物理的な拘束は完了した。次はいよいよ、本命の「運命」を叩き込む。
「リリ」
「は、はい!」
リリが頬の血を拭い、俺の背中にぴたりと寄り添う。 俺は彼女の手を握り、そこから流れ込んでくる膨大な「不運」を感じ取った。 マイナス999万の呪い。 普段なら俺が少しずつ中和して処理しているこの劇薬を、今はあえて凝縮し、一つの弾丸として練り上げる。
【確率操作】――不運注入。 対象:屋敷の尖塔にある巨大な避雷針。 内容:『経年劣化による崩壊』。
俺が見上げる先。屋敷のてっぺんには、ヴォルグが趣味で取り付けた巨大な鉄塊のオブジェ(重さ数トン)があった。 本来ならあと百年は落ちない頑丈な作りだが、俺はそこにリリの不運を注ぎ込む。
ギシッ……ギシギシ……。
鉄骨が悲鳴を上げる。 だが、まだ落ちない。不運のエネルギーだけでは、あと一押しが足りない。 物理的な「きっかけ(トリガー)」が必要だ。
「ラク。出番だ」
「みゅッ!」
俺の足元で、白い毛玉が弾んだ。 ラクは俺の意図を察したのか、それとも単に高いところに登りたかったのか。 屋敷の壁を猛スピードで駆け上がり、屋根へと飛び乗った。 そして、今にも崩れそうなオブジェの支柱に向かって――
「みゅーーーーッ!(キック!)」
ポムッ。
柔らかい体当たり。 物理的な破壊力は皆無に等しい、愛らしい一撃。 だが、それは「絶妙な一点」に、「絶妙なタイミング」で加えられた衝撃だった。
パキン。
小さな亀裂が、一気に広がった。 リリの不運によって限界まで高まっていた崩壊の確率が、ラクという変数を掛け合わされたことで「100%の必然」へと昇華する。
ズズズズズ……!
「……あ?」
足元を固められ、電撃に焼かれていたアルスが、頭上の異音に気づいて見上げた。 そこには、月を背にして落下してくる、数トンの鉄塊があった。
「嘘、だろ……」
回避不能。防御不能。 魔剣で切り裂こうにも、体積と質量が大きすぎる。
「潰れろ」
俺が呟いた瞬間。
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
屋敷の前庭に、隕石が落ちたような衝撃と轟音が走った。 土煙が舞い上がり、衝撃波が俺たちのローブを激しくあおる。
「……やったか?」
グレンが折れた大剣の柄を握りしめ、土煙の向こうを凝視する。 俺は【解析のモノクル】で生存反応を探った。
「……しぶといな」
煙が晴れる。 そこには、ひしゃげた鉄塊の下で、片膝をついて耐えているアルスの姿があった。 魔剣が変形し、全身を覆う黒い繭となって彼を守ったのだ。 だが、無傷ではない。 繭はボロボロに砕け、隙間から見えるアルスの体からは大量の血が流れている。再生能力が追いついていない。
「はぁ……はぁ……ッ! クソッ、クソがぁッ!」
アルスが魔剣の拘束を解き、よろりと立ち上がった。 その顔は憎悪と、そして隠しきれない恐怖で歪んでいた。 物理的な攻撃に加え、確率すらも操る俺たちの連携。これ以上戦えば、確実に「死ぬ」と本能が理解したのだ。
「覚えていろ、ジン……!」
アルスは吐き捨てるように叫んだ。
「この借りは必ず返す……! 次はお前たちの『全て』を奪ってやる……!」
アルスの足元に魔法陣が展開される。 転移魔法か。魔剣にそんな機能まであるとはな。
「逃がすかッ!」
リリが短剣を投げるが、黒い霧がアルスを包み込み、短剣は虚空を素通りした。 霧が晴れたあとには、もう誰もいなかった。 残されたのは、半壊した屋敷の前庭と、赤黒い血痕だけ。
「……チッ、逃げられたか」
グレンが悔しそうに拳を握る。 俺は小さく息を吐き、緊張を解いた。
「深追いは無用だ。……とりあえずは、追い払った」
俺はリリの方を向いた。 彼女はまだ短剣を構えたまま、アルスが消えた空間を睨みつけていた。頬の傷から流れる血が、白い肌に痛々しい。
「リリ」
「……申し訳ありません。仕留め損ないました」
「いいんだ。それより、手当てだ」
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