歩く災害と呼ばれた【薄幸の美少女】を救ったら、俺にしか懐かない最強の守護者になった件。~運を下げるスキルで追放されたけど、彼女と一緒なら無敵

ジョウジ

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第44話:傷の手当て

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 アルスが去った後の屋敷は、嵐が過ぎ去ったような静寂に包まれていた。 前庭は半壊し、ヴォルグ製の罠の残骸と、大量の錬金泥が散乱している。後片付けを考えると頭が痛いが、それは明日以降の課題だ。

「……庭の修理は後回しだ。まずは、手当てだな」

 俺は屋敷のリビングに戻り、救急箱を取り出した。 ソファには、頬にガーゼを当てたリリが座っている。その隣では、グレンが自分の傷にポーションをドバドバとかけていた。

「へっ、染みるぜ! だが、この程度の傷なら一晩寝りゃ治る」 「お前の頑丈さには呆れるな。……リリ、こっちを向け」

 俺はリリの前に座り、彼女の頬に貼られた応急処置のガーゼをそっと剥がした。 白い肌に走る、赤い切り傷。 魔剣による傷は治りが遅いというが、幸いにも浅い。痕が残るような深さではないようだ。

「痛むか?」 

「いえ、これくらい……。今までもっと酷い怪我はいくらでもありましたから」

 リリは気丈に笑うが、その笑顔が痛々しい。 俺は消毒液を含ませた綿で、傷口を丁寧に拭った。

「っ……」 

「我慢しろ」

 リリの肩がピクリと跳ねる。 俺は可能な限り優しく、そして手早く処置を進めた。 最高級の傷薬を塗り込み、新しいガーゼで覆う。さらに、治癒促進の魔導テープで固定する。

「……終わったぞ」 

「あ、ありがとうございます。……ジン様の手は、温かいですね」

 リリが自分の頬に手を当て、少しだけ目を細めた。 その表情を見て、俺の中に押し殺していた感情が蘇る。 怒りではない。焦燥感にも似た、不快なざわめきだ。

「……次はもっと上手くやります」

 リリが俯き、ぽつりと呟いた。

「今回は不覚を取りました。次は、ジン様に心配をおかけしないよう、完璧に……」 
「リリ」

 俺は彼女の言葉を遮った。

「勘違いするな。俺が怒っているのは、お前が敵を逃したことじゃない」 

「え……?」 

「お前が、自分を盾にしたことだ」

 リリがきょとんとした顔をする。 彼女にとっては、主を守るために盾になるのは当然の行動なのだろう。だが、俺にとっては違う。

「俺は軍師だ。手駒を無駄に消耗させるのは三流のやることだ」

 俺はリリの無事な方の頬に手を添えた。

「お前は俺の最強の武器であり、俺の不運を引き受けるための唯一無二の『器』だ。お前が壊れたら、俺の計画はすべて破綻する」 

「は、はい……申し訳ありません……」

 リリがシュンと縮こまる。 俺はため息をつき、その目を真っ直ぐに見つめた。

「だから、傷つくな。……お前が傷つくと、俺が痛いんだ」

「え……?」

 リリの動きが止まった。 俺としては「俺の所有物(リリ)が傷つく=俺の損害(痛み)」という意味で言ったつもりだった。 効率と利益を最優先する俺にとって、彼女の負傷は許容しがたい損失だ。だから、痛い。比喩ではなく、実利としての痛みだ。

 だが。 リリの受け取り方は、少し違ったようだった。

「…………へ?」

 彼女の顔色が、みるみるうちに変化していく。 蒼白だった頬に赤みが差し、それが耳まで広がり、やがて首筋まで真っ赤に染まった。 彼女の瞳が潤み、口がパクパクと開閉する。

「そ、それって……つまり……私が傷つくと、ジン様の心が……痛む……?」 

「心というか、懐事情と作戦立案に支障が出る」 

「ああ、なんてこと……! ジン様はそこまで私のことを……!」

 聞いていない。 リリは両手で顔を覆い、小刻みに震え始めた。 指の隙間から見える瞳は、喜びと羞恥で蕩けきっている。

「うぅ……嬉しいです……。ジン様に手当てしてもらえるなら、怪我も悪くないと思ってましたけど……撤回します。これからは、ジン様を痛がらせないために、絶対に傷つきません!」

 まあ、結果としてモチベーションが上がったならいいか。 俺が手を離そうとすると、リリがその手を掴み、自分の頬に押し付けた。

「もう少しだけ……このままで……」

 甘えるような上目遣い。 その雰囲気に、流石の俺も少し居心地が悪くなりかけた時だった。

「みゅ~」

 俺とリリの間に、むにゅっと白い毛玉が割り込んできた。 ラクだ。 こいつも戦闘の興奮が冷めたのか、甘えモードに入っているらしい。 リリの膝の上を占領し、俺の手の下に頭を潜り込ませてくる。

「こら、ラクちゃん! 今はいいところなんですよ!」 

「みゅッ!(おれもなでろ!)」

 リリが文句を言うが、ラクは譲らない。 結局、俺たちはソファの上で、一人の少女と一匹の毛玉を交互に撫で回すという、奇妙な団欒の時間を過ごすことになった。

「……平和ボケしそうだ」

 俺は苦笑し、窓の外を見た。 東の空が白み始めている。 長い夜が終わった。 だが、これは始まりに過ぎない。アルスは逃げた。奴は必ず、より大きな力を得て戻ってくるだろう。 その時までに、俺たちはもっと強くならなければならない。

 俺の掌にあるリリの体温と、ラクの柔らかい毛並み。 この温もりを守るためなら、俺は何度でも悪魔にだってなってやる。 そう、静かに決意を新たにした夜明けだった。
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